+)20日目:付喪神と一緒!
「ほわー・・・」
「何を見ているの、りんどう」
少しだけ早く帰った金曜日
洗い物を終えた俺は、とあるテレビ番組を熱心に見る彼女に声をかけた
「それと、テレビは離れて見ましょうね」
「ほわー・・・」
体を持ち上げて、それなりの距離を取らせる
されるがままの彼女を俺は初めて見た
いつもはここで、パタパタと両手両足を動かし少し抵抗するのだが・・・それすらしないほど熱中することは今までなかった
「え、ちょ、りんどう・・・!」
さらに、それなりの距離に彼女を置くと・・・先ほどの行動を一瞬のうちになかったことにされる
正座のまま、高速でテレビに近づき再び至近距離で熱心にテレビを見つめる
「もう一回・・・」
「ほわー?」
「ああ・・・」
何度も繰り返してみるが、すぐに元の場所に戻ってしまう
この足には滑車でも付いているのだろうか・・・
「むむむ・・・」
「ほわぁ、ほーわっわ」
テレビっ子なりんどう。今の時代珍しい存在だ
特殊な相槌をしつつ、彼女は至近距離で番組を見続ける
俺はもう無理だと悟り、その様子を隣で眺める
「・・・鳴き声みたいだな」
「ほわわわ・・・」
『さて、次の特集は・・・』
番組の中で一区切りついたようで、一度C Mが入る
「ふう、なるほどなるほど。そういう効果が・・・」
「りんどう」
「ひゃっ!?」
「そこまで驚く?」
「驚きますよ。急に声をかけられたら・・・洗い物、終わったんですか?」
「とうの昔にね。ところでりんどう、距離」
「距離?・・・あら」
驚く彼女が落ち着きを取り戻したあたりで、テレビの距離を指摘する
「これはこれは、健康に悪いですね。すみません」
「気を付けてね。しかし、そこまで熱中にみるのは初めてだよね。一体どんな・・・」
「・・・見ていたのは、お鍋特集だったんですよ。豆乳鍋、美味しそうでした」
「そっか」
やはり料理関係。彼女を夢中にさせてしまうのはいつだって料理の話題
・・・むしろそれ以外で彼女の関心を大きく引くものは存在するのだろうか
健康関連がいい線行くぐらいか?
「ところで、夏彦さん」
「何かな」
「一つ、我儘を言いたいことがありまして・・・その、買って欲しいものが」
「!」
まさか、彼女から我儘という言葉が出てくるとは・・・
一体何がくるのだろうか。内心ワクワクしながら待ってみる
「その、座椅子が欲しいのです!」
りんどうはどこからか雑誌を出し、それを見せてくれる
「雑誌は酉島さんから借りました。今後、本格的にこたつを出すことを話すと、セットであれば最高だと・・・聞いて、その・・・」
「いいよ。二つ買おうか。俺とりんどうの二つ」
「え、その・・・二つ返事でいいんですか!?」
そんなあっけなく意見が通るとは思っていなかったようで、彼女の動揺した声が部屋中に響く
まあ、前々から座椅子とか座布団とかあったほうがいいかもなあ・・・とは思っていたし、何よりも彼女の貴重な意見だ。聞かないわけはない
「うん。そういえばちゃんとした座布団とかもないし、今まできつかったでしょう?気がつかなくてごめんね?」
「いえ。私は慣れていますから・・・買うなら、いいものを買いましょう」
りんどうは床に雑誌を広げて、俺にも座椅子特集を見えるようにしてくれる
「座椅子にも色々あるんだな。あ、回転できるのもある」
「普通の座椅子しか見たことのない私には、全部新鮮に見えるんですよね。あ、この座椅子ボタン一つで角度が調整できるそうです」
「そこまでの機能は求めてないかな・・・」
「わかります。というか、倒す必要あります?」
「それは・・・座椅子のメイン部分じゃないかな?」
「そうですかね・・・?」
俺も座椅子は初めてなので、よくわからない
「・・・店に見に行ったほうがいいかもな」
「明日、買い物に行くんですよね。その時に見ますか?」
「いや、明日はりんどうの布団と服に絞ろう。あれもこれもだったらきっと大変だろうから」
明日はやっと約束していた買い物の日
大きなショッピングモールまで足を運んで、布団や服など彼女に必要なものを本格的に買い揃えるのがミッションだ
座椅子も一緒に見たほうが効率はいいだろうが・・・今回は目的のものだけに集中したい
「でも、酉島さんが行っていたのですが、家具屋さんは後日宅配をしてくれるらしいですね。それを利用するというのは・・・」
「多分その時、俺は家にいないよ。りんどうが受け取らないと。受け取り方わかる?」
「・・・わかりません」
よくよく思えば、彼女がきてからまだ一度も宅配を利用していない
少しでも現代暮らしに慣れてもらうために、今度俺がいる時に荷物が来るようにしてみようか
むしろネット通販の使い方も教えてみようか
彼女の性格上、無駄なものは買わない主義だし、変なものを買う可能性はないだろうから
それにどうやら彼女は節約も上手らしい
二十日間。家計簿を確認してみたら現時点で先月の食費の半分以下
これから増えるとしても、先月の半分以上になることはないだろう・・・色々と工夫してくれていることが伺える
「今度ネットで通販してみようよ。こっちじゃ売っていない物とか、買いにくいものとか」
「なるほど。確かにこの辺りでは買えないものとかありますよね」
物流がずいぶん発達したとはいえ、この神栄町は都市部に比べたら田舎の部類だ
買うものに選択肢が多いとはいえない
「通販サイトといえばこれ。「ストロンガードットコム」。大体のものはある。今度挑戦してみよう」
「わかりました。勝負です!」
「勝負・・・そこまで気構えなくていいと思うけど」
「それでもです!未知なのですから!」
若干興奮気味のりんどうの姿を眺めながら、次の約束をまた行う
一人で暮らしていた時はどうしていただろうか
そう考えるほど、長かったはずの一人暮らしの時代に関する記憶は薄れ、りんどうと過ごす濃い日々が記憶に上書きされていく
それほどまでに彼女と過ごす日々は楽しいのだ
けれど、また一人になるのではないかという不安もどこかに生まれ始める
彼女が持っている「俺の世話を焼く理由」はまだわからない
その理由がもし、期限つきの理由だったらと思うと、少し怖いのだ
俺はもう、一人にはなりたくない
置いて行かれたくない。寂しい思いをしたくない
もう、絶対に
「・・・ん?」
「どうしました、夏彦さん」
「いや・・・なんでもない」
頭の中で何か、おかしなことが浮かんだ気がした
・・・所詮おかしなことだ。すぐに忘れる
今まで通りに過ごしながら、明日や後の話をする
その日・・・心の中に生まれてしまった不安は、消えることはなかった
いいや、そう簡単には消えないだろう
なんせそれは、俺の中にずっと存在している鎖なのだから
「明日は楽しみですね」
「ああ、そうだな」
その後、他愛ない会話をしつつ夜の時間を過ごす
そしてその日はいつもより早く眠ることになった
明日に、備えるために




