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世話焼き神様と社畜の恩返し。  作者: 鳥路
第一章:日常が壊れる予兆
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+)17日目:それが僕たちのお役目だから

僕たちは、化物だ

この家で生を受けた瞬間から、僕たちは「龍のお気に入り」を殺す為だけに育てられた


僕たちのお父さんも、悲願の為に先代の「龍のお気に入り」を殺している

先代はとても愛らしい少女だったそうだ。草花に囲まれた家で裕福に過ごす少女

尊き神語りの生まれ変わりとは思えないぐらい活発な少女の隣には、使用人として一人の化物が控えていた

僕たちが龍のお気に入りを殺す理由は・・・その化け物の方にある


僕たちの悲願はただ一つ

尊き神語りの生まれ変わりである「龍のお気に入り」を彼女の目の前で殺し、辰の憑者神である少女を本物の神へと至らせることだ

それが僕たち一族の悲願

今回もまた龍のお気に入りを殺す為に、僕たちは標的がいる神栄市までやって来ていた


「ねえねえ、聡子」

「何、涼香」


僕に話しかけてきた夕焼け色の髪を持つ少女「袮子涼香ねこりょうか

僕とは正反対で、明るい性格

最初はやりにくさも覚えたけれども、今は立派な相棒だ

彼女なしでは、僕は上手く戦えないと言えるようになるぐらいに・・・彼女の撹乱には常に助けられている


そんな彼女もまた、何か不安げな表情を浮かべていた

相棒の不安は、私の不安

その不安を拭うのも、私の仕事だ


「本当にいると思う?」

「いるって、何が?」

「治癒能力を持った不老不死の辰と、そのお気に入り」

「いるから僕たちはここにきたんじゃないの?」

「だよね。聡子はさ、抵抗とか・・・ある?実際手にかけるのは、聡子なわけじゃん?」


今更な質問

昔の僕なら呆れていただろう。けれど、涼香も涼香なりに僕のことを心配してくれていることはその問いから少しだけ伝わってきた

親の前では出せない感情だって、今は二人きりなのだから出してもいいだろう


「少し、怖い。お役目って言ったって、やることは人殺しなんだから。罪悪感がないわけでもない」


口元に手を当てて、その時のことを思い描く

かつて父が先代を手にかけた時と同じ手段を私はとることになるだろう

なんせ父も僕も・・・唯一与えられた武器はこの犬歯だけなのだから


「けれど、それが僕たちのお役目だから。やらなきゃ、やりきらなきゃいけないんだよ。おばあちゃんも、それを望んでる」

「やりきれないと・・・私たちに居場所はない。今代のお気に入りには悪いけどね」

「うん。だから、涼香」


震える彼女の手を握りしめる

自分の震えを覆い隠すように、強く、離さないように


「やるよ。僕たちだったら、やり遂げられる」

「そうだね・・・その罪も、お役目も・・・一緒に背負うって誓い合ったもんね。悩んでいる場合じゃないよね」

「うん。涼香」

「何?」

「力を貸して。私も、全力でやるから」

「そう言われたら・・・」


やっと、涼香の手に力が込められる

もう迷いはないというように、共に進んでくれると行動で示してくれる


「やるしかないよねぇ」

「そうこなくっちゃ」


気合が乗ったところで、僕は一つ、彼女に聞いておかなければいけないことがある

これからに関わる、すごく大事なことだ


「ところで、僕たちこの先どこで生活したらいいの?」

「・・・聡子も聞いてない感じ?」

「お金は?僕、電車賃しか渡されてないんだけど」

「それ私もなんだけど・・・」


二人して、お役目より大事な課題が飛んできて顔を見合わせる

これは現実?と思うぐらいに、とんでもない出来事

僕も、涼香も口元を震わせながら、同時に叫ぶ


「「どうしたらいいの・・・!」」


お気に入りを探す云々の前に、これから先の生活の方が危ない

僕たちは駅の前に茫然と立ち尽くす前に思考を切り替えて、働き口を探しに前へ進みだす

この調子で、お役目は無事に果たすことができるのだろうか・・・

そんな不安もまた、僕たちと一緒に


・・・・・


一方、乾家

聡子の生家である、大きな日本屋敷の中で一人の女性はのんびりお茶を飲んでいた


この家の特殊な事情はわかりきっていたが、まさか娘に人殺しの教育を施し、人を殺してこいと送り出すことになるとは・・・昔の自分が聞いたら酷く驚くだろう

けれど、夫であり聡子の父親を選んだのは紛れもなく自分

彼だって、家のお役目に縛られて自由はない。果たさなければ消される。逆らえば消されるそんな日々と隣り合わせ。ここまで生きれたこと自体が奇跡だと、彼は言っていた

義父が死んでからはだいぶ落ち着いた。聡子に対する教育も、表面的なものでそれ以外は普通同然に過ごさせた・・・と思っている

・・・義母がいなければ、お役目の教育も取りやめて普通の子供として育てることもできたのだろうが


「・・・本当に、早く死んでくれませんかねあのクソババア」

「母さん、お袋に聞かれたら大変なことになるからやめなさい」

「あら、お父さん。どうしたんですか?」


そこに、彼女の夫がやってきて当然のように隣へ腰を下ろす

彼女もまた、それが当然というように空の湯飲みへお茶を注いだ


「遂に来てしまったな」

「そうですね。教育の方はガバガバで送り出しましたか?」

「ああ。強いていうなら自衛程度にと。しかし袮子家は洗脳に近い教育を施しているようだから、そこに巻き込まれて本気を出さないことを祈るだけ・・・だ」


一口、お茶を飲んで息を吐く


「あなたこそ、お義母様に聞かれたらとんでもないワードの塊じゃないですか」

「俺は当時からお役目に疑問を持っていたからな。結局、手を汚してしまったが・・・」

「ねえ、お父さん。辰の女の子をなぜ神様に至らせようとしているの?」

「・・・蘇生能力が目覚める可能性があるらしい」

「たったそれだけ?」

「そう。たったそれだけ」

「そんな訳のわからない理由であなたも聡子も人殺しをさせられる訳?その子も大事な人を殺され続ける訳?」

「ああ」

「頭おかしいわね、この家」

「今更だ」


今度は二人揃ってお茶を飲む

そろそろ冷めてきたな・・・なんて、呑気なことを思いながら送り出すことになった娘のことを思う


「なあ、理穂子」

「珍しく名前で呼びましたね、良弥。どうしましたか」

「・・・人殺しは悪いことだと思うか?」

「さあ。必要な死はありますからね、一概に悪いことだとは言えません」


彼の、湯飲みについた赤い印

ああ、鼻腔に刺さっていたそれは・・・嘘ではないのか


「・・・お義母様、殺したんですね」

「ああ。邪魔だったからな。でも、もっと早く手にかければよかったって後悔したよ」

「そうですか」


彼女は何事もなかったかのように、再びお茶を飲む

湯呑みの中が空になる。もう、逃げられない


「まさか裏で聡子にお役目のことを言い聞かせているとはな」

「あら、なんで早く消してくれなかったんですか」

「あれでも一応親だからな・・・どこか、まだやり直せるかもなんて悠長なことを考えていた」


口元を拭いながら、彼は遠く景色を眺め続ける


「聡子を裏で呼び出して、きっちり教育を施していたよ。俺たちの考えを無視してな」

「頭錆びついてたから仕方ないわよ」

「さっきっからすごい勢いで貶してくるな」

「嫌いでしたもの。で、遺体はどうしました?」

「いつもの手筈で処分した・・・聡子には言わないでくれよ」

「言いませんよ」


彼にハンカチを差し出して、残りの血を拭うように勧める

それを受け取った彼は、残りの血を全部拭いきった


「血は拭えましたね」

「ああ。ありがとう」

「拭いきれなかったものは、一緒に背負いますからね」

「・・・すまない」

「謝ることはありませんよ。それをわかった上で、一緒になったんですから」

「・・・ああ、本当にありがとうな。で、ところで母さん」

「なんですか、お父さん」


いつもの調子に戻った二人は、再び湯呑みの中にお茶を注いでそれを飲む

今度はお煎餅付きだ


「・・・聡子の机の上に、渡したはずの旅費が置いてあったんだが・・・どうするべきだと思う?」

「あら」

「お役目に行かせた手前・・・届けに行くのもなんというか」

「あの子肝心なところでいつもおっちょこちょいなんですから。あなたにそっくり」

「・・・なんだって?」


「だって、あなたもよく肝心なところで忘れ物するし、失敗するし・・・ポンコツ駄犬ではありませんか」

「ぽ、ポンコツ駄犬・・・・」

「そう言うところも可愛いと思うんですけどね」

「・・・母さん!」

「その気分の移り変わりも犬のそれですからね。本当にちょろいんですから・・・」


犬のように戯れつつ、乾夫妻は普通に過ごす

消せない罪を抱えながら、思うのだ


本来なら得られるはずだった普通の日常はもう帰ってこない

お役目を失敗したらきっと、聡子は消されると思っているはずだ

袮子の家もそう言う方針だし、何よりも義母が聡子にそう言い聞かせたのだろうから

けれど、二人の考えは違う


「・・・聡子、帰ってきたらちゃんと出迎えてやろう。お役目を果たそうとも」

「失敗しても、成功しても家族。娘の罪も背負って・・・今更ですが、普通の家族らしく過ごしましょうよ」

「そうだな・・・」


その後のことを話すのは久しぶり

今までは、そんなことを許されなかったから


「まあ、貴方のポンコツ加減を遺伝してくれていたらいいのですけどね」

「そうだな。今回ばかりはそう思うよ」


二人は再び湯呑みの中のお茶を飲む

もう冷めているけれど・・・けどまだどこか温かい気がするそれを飲んで、今は遠い地にいる娘の無事を、静かに祈った

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