0日目③:道中は少し長く
東里が事情を把握しているので、後はそちらに任せて久々の家に帰宅する
「あら、巽さん?」
「酉島さん。おはようございます」
ちょうどゴミ捨てに来ていた酉島さんと鉢合わせ
彼女は酉島と苗字は使っているが、彰則さんの奥さん。夫婦別姓らしい
俺の住んでいる部屋の二つ下に三人家族で住んでいるが・・・プライベートではあまり関わりはなかったりする
「おはようございます。彰則、もう出社してました?」
「はい」
「そうですか・・・」
「奥さん的には心配、ですかね?」
「そうですね。今、彰則実家の事情で別のところに住んでいるので・・・ちゃんと食べているか、とか心配で」
彰則さんの実家はかなり大きいと聞く
それ故に、現在進行系でお家騒動中らしいのだが・・・彰則さんもだが彼女も結構疲れた顔をしている
大変、そうだな
「大変ですね・・・酉島さんも、大丈夫ですか?」
「へ?」
「少し前に、胃を壊して入院したと・・・」
「あー・・・そういうことにしたのか」
「?」
「今はもう大丈夫ですよ。ところで、こんな時間にどうされたんですか?朝にお会いするの凄く珍しい気がするので」
「実は身内に不幸がありまして・・・今から柳永方面に行かないといけないんです」
「あー・・・それは大変ですね。朝ご飯食べました?」
「はい。大丈夫ですよ」
「それはよかった。でも・・・」
酉島さんはゴミステーションにゴミを置いた後、俺をジロジロと見てくる
なんだろう。この舐め回すような視線は・・・東里みたいだ
「巽さんって成人男性にしては細身ですよね。ちゃんと食べてます?」
「少食なもので・・・」
「そうですか。ちょっとうらやましいなぁ・・・」
「そうですか?」
確かに、少食と細身な体型・・・理想とする女性は多そうだ
酉島さんもそうなのだろうか
話している手前、気にはなるけどこういう立ち入った話はしないほうがいいよな
「彰則も同じなんですよ。少食で細身。羨ましいったらありゃしません」
「確かに、彰則さん脂っこいのも苦手ですもんね」
のんびり歩きながら、アパートの敷地内に戻る
行き先は同じなんだ。話すぐらいの時間はある
・・・たまにはご近所付き合いもしておきたいし
「そうそう。草食なんです。お陰で絵未がお野菜食べてくれるから助かっているのですが、今はお肉食べさせるのに苦労しちゃって」
「大変ですね。普通、子供ってお肉大好きで野菜嫌い・・・逆なイメージですが」
「うちは逆になっちゃったみたいで。将来的に考えるとそっちが楽そうですけどね。巽さんは?」
「へ?」
「巽さんは子供の頃、どうだったんですか?」
「俺の子供時代か・・・」
正直言えば、覚えていない
両親と食べていたのかどころか、何を食べていたのか・・・何もわからない
まあ、まともな家庭環境ではなかったと思うけど
とりあえず、今の趣味趣向からそれなりに当たり障りのないような解答をしておこうか
「俺は野菜嫌いでしたよ。今も食べられないものが多くって」
「私もですよ。でも、小さい頃は野菜しか残っていなくって・・・嫌々食べてたなぁ。皆、兄貴達が食べちゃって」
階段を登って、それぞれのフロアに立つ
三階のフロアの角部屋が酉島さんの家。ここでお別れだ
けどその前に、少しだけあの部屋に関して情報を共有しておこうか
「そういえば、四階のあの部屋・・・動きありますか?地縛霊君が一ヶ月前に新しい人が入ったと言っていましたが・・・」
「その人、一昨日死にましたよ。いつもどおり首吊り」
「うわ、マジか・・・」
このアパートの四階角部屋はいわくつき。事故物件の中の事故物件
死者三桁のとんでもルームだ
俺たちの自宅はそれぞれ酉島さんたちが下の階。俺の部屋が上の階に相当する
下の階に間接的な被害はないが・・・上の階に住んでいると、ちょっとした被害はある
まあ、リビングで横になったら床下からギィギィと終始物音がする程度で、実害というものはないけれど
「帰ってきたの久々だからなぁ・・・」
「たまには帰ってこないと、新情報は得られませんよ?」
「確かに。部屋の清掃は?」
「いつもの通り。もうそろそろ新入居者の募集を始めると思いますよ」
いつもどおり過ぎて反吐が出る
事故物件のレッテルを剥がしたいが為に、新しい犠牲者という名の入居者を集うのだ
「・・・はぁ、なんでこうも変なものが視えるんでしょうね。これ、彰則さんには?」
「言えるわけがないじゃないですか。彰則怖いの苦手なんですから・・・全く。変な体質にお互い苦労させられますね」
「ですね」
俺と酉島さんは変なものが視える友達でもある
こうして四階に関する情報交換をたまにするような間柄、なのだが・・・
それ以外の関係性はかなり薄い。友達と言っていいのか怪しいぐらいだ
・・・彼女の下の名前すら知らないし
「それでは、私はここで。柳永、ここからだと少し遠いですし。車で行くなら絶対一園霊園沿いの道を走ることになりますから、気をつけてくださいね」
「ありがとうございます。それでは」
三階の踊り場で別れ、俺はそのまま五階に上り、角部屋へ
慣れた手付きで鍵を開けて、一人暮らしには広すぎる家へと入り込み・・・自室へ向かう
自室と言ったって、そこは必要最低限のものしかない空間だけど
クローゼットを開けて、仕事用のスーツを脱いでハンガーにかける
「・・・そういえば、風呂に入っていないな」
着替えと共に風呂場へ向かって、軽くシャワーを浴びてから髪を乾かそうとドライヤーに手を付ける
「あれ、電源がつかないな」
あまり使わないものだけど、どうやら肝心な時に壊れてしまったらしい
まあいいや。その間にできる準備をしておこう
しばらく向こうに泊まることになるだろうから、泊まれる準備を整える
髪が乾いた頃、クリーニング店の袋に入った礼服を取り出して、それを着込み、黒ネクタイを今は緩く締めておく
後でちゃんと締め直せばいいだろう。今は緩やかでも誰も咎めることはない
家の戸締まりや電気の点灯、そして最後にガスの栓を確認した後、車の鍵を持って出かけようとしたが、なんとなく思い留まった
「・・・なんか今日はバスで行くべきな気がする」
元々運転は好きではない
俺は酉島さんのように「薄らぼけ」ではなく「はっきり視える」
霊園の側を自分だけで通るのは、避けたい話だ。俺はそれらの区別がつかないから
「今回はバスで行こう。道中寝ておきたいし・・・」
車の鍵を玄関先に置いて、そのまま家を出る
鍵を閉めて、来た道を戻っていく
ちょうど、駐車場から車が出てくる
・・・高そうな車だな。確か、あの部屋の隣に住んでいる人のはずだ
まあ、そんなことを気にしても意味はない。先を急ごう
「あ、先輩!」
「丑光さん。おはよう」
会社の前を通る頃、今年の春から入社した丑光さんと道で出会う
彼女は俺の姿を見て嬉しそうに笑いながら駆け寄ってくれた
・・・そこまでしてもらう人間じゃないんだけどな
「おはようございます・・・あれ?その服」
「ああ。今日は・・・身内に不幸があってね。仕事はしばらく休むことになりそうなんだ」
「そうですか・・・ご愁傷さまです。今から、葬儀の準備へ?」
「そうなんだ。ごめんね。急な話だったから何も準備できていなくて。道中で覚に引き継ぎメールを送っておくから、しばらくは覚や網走さんに聞いてもらえるかな」
「は、はい!でも巳芳先輩ですか・・・大丈夫なんですか?いつも遊んでいるようにしか見えませんけど・・・」
確かに遊んでいるんだけど・・・その合間に仕事はきちんとしている
普通、逆なんだけども
しかしその遊びだって、どこぞの企業の重鎮・・・しかも決定権を持つような人たちとの「お遊び」だ
俺や彼女や他の営業職の皆にも真似できない、彼だけの武器できちんと成績を収めている腕のいい男だ。尊敬はしていないけど信頼はしている
「ああ見えて実力は折り紙付きだよ。一応、営業成績トップだから」
「そうだったんですか!?巽先輩がてっきり一番かと・・・」
「俺は・・・あるところの専門窓口だから。覚と違って狭く深くなんだ」
「そうそう。それに夏彦は営業もどきだからね。本職は敵わないっていうか」
ふと肩に重みがのしかかる
噂をしたらなんとやら。そこには話題の覚が立っていた
「覚か。おはよう」
「はよ。丑光ちゃんもおはよー
「お、おはようございます。巳芳先輩」
「お前、いつも車だよな。今日は徒歩か?」
「愚問だね。さっき会社の駐車場に置いてきたに決まってんじゃん」
「わざわざこっちに来たのかよ・・・」
「なにやら面白そうな話をしていたようなのできちゃった!で、お前どうしたんだよその服。何、爺ちゃん亡くなったの?」
「なんでわかった」
「だってお前の身内もう爺ちゃんしかいねえじゃん」
「そうか。そうだったな・・・」
父方の祖父母の話は聞いたことがない
母方の祖母は俺が社会人になってから亡くなった
父親と母親は行方不明で・・・爺ちゃんは今朝亡くなった
父方の親戚も、母方の親戚も存在する聞いたことがない
思えば、もう一人なのだ
家族も身内もいない。一人に、なってしまっていた
「遂に天涯孤独か・・・そろそろ彼女見つければ?丑光ちゃんとかおすすめだよ!」
「なっ・・・巳芳先輩。何を言っているんですか。巽先輩だって彼女の一人」
「いないんだなぁ。これが」
「・・・そうなんですか?」
いや、覚さんや・・・丑光さんみたいないい子に彼氏がいないわけがないだろ。ちょっとは考えろ
別に隠す話でもないしと思い、現状の事実を彼女に伝えてみる
「うん。学生時代はいたけど、就職してからは全然・・・そういう暇もなかったから」
「「確かにあの話を聞いたらそんな暇もないよな・・・」」
「東里から聞いたのか?」
「はい・・・社長から創業時代のお話は軽く。あんな地獄に耐えきった巽先輩と沖島次長はとんでもないなと新卒組では話題なんですよ・・・」
「俺もなかなか黒いところに勤めていたけど、創業時代の話には敵わねえんだわ・・・」
「覚のところはまた別の方向性でヤバいところじゃないか・・・あ、そろそろバス来るから。続きはメールで送る。それじゃあ二人共、頑張って」
「おう。こっちは任せとけ」
「気をつけてくださいね、先輩!」
二人の見送りを受けて、俺は道の先にあるバス停に向かっていく
「・・・今は彼女いないんだ。頑張って、みようかな」
「・・・丑光ちゃん。そろそろ仕事の時間だよ」
「あっ!はい。そうですよね。先輩の分まで頑張らないと!」
柳永への道のりは結構長い
たしかまずは・・・この近くのバス停から玖清駅行きのバスに乗ればいいんだよな
それからターミナルに移動して、柳永行きのバスに乗る・・・たしかそんな感じ
道中の経路を思い返しながら、バスに揺られていると外で鈍い音がする
・・・あの高そうな車ともう一台、車がぶつかった形跡がある道
事故が、あったらしい
もしも車で行っていたら・・・
いや、まさかな
外で起きている喧騒なんて露知らず
イヤホンを両耳に入れ込んで、ゆっくりと目を閉じた
これからやるべきことは沢山だ
終点につくまででも、少しは休んでおこう
そんな考えを抱きつつ再生した曲もまた、俺を眠りへと誘ってくれる
道中の道のりは、まだ始まったばかりだ




