+)16日目: 君に贈りたかったもの
終業時間がやって来た
やっと終わり。僕は家から指示された「もう一つ」の方を探りにかかる
元々、夏彦に関わるようになったのは家の指示がきっかけだ
彼に存在している特異な力と特殊な境遇
その二つを守り抜くために僕は彼の元へ派遣された
それがきっかけだとしても、夏彦は僕にとっての大事な友達だ
そして同じ境遇であり志を同じくする覚もまた・・・
まあ、今回はこの二人のことは置いておいて・・・今回の標的はこの子
「お疲れさま、丑光さん」
「あ、社長・・・お疲れ様です」
ひょこんと隠密を解いて彼女の前に現れる
丑光恵。今年、うちに入社した期待の新人さん
僕の奇行にもついていける寛容力を持ち合わせ、何事にも全力で取り組む姿勢は夏彦からも聞いている。好印象の方が強い女の子だ
「こういう時はご苦労様って声をかけてあげるべきなのかな。まあ、気を楽にしてよ」
「はい・・・あの、何か?」
やはり立場ということもあるし、
「世間話をしようかなって思ってね。社会に出て半年以上経ったけれど、何か困ったことかない?覚が仕事しないとか、覚がすぐに怠けるとか、覚がちょっかい出してくるとか」
「巳芳先輩ばかりですね・・・」
「覚だからね。あれでも夏彦の一つ下なんだよ。もうすぐ三十になるのに・・・頼りがいないでしょう?」
隣の席に腰掛ける。その席の主である覚は今日、外回り後に直帰予定だ。こちらに戻ることはないだろう
だから存分に、彼に邪魔されず丑光さんに探りを入れられる
まずは適当に世間話。本題に入るのはこの後にでも
「え。同い年だと思っていました。え、でも同級生だって・・・」
「僕は海外帰りで飛び級。夏彦は浪人。実は覚が普通だったりするんだよ。意外でしょ」
「社長の飛び級も凄いですが、先輩が、浪人・・・」
「夏彦は色々と複雑な事情があってね。詳しくは言えない。僕は元々海外生活だったんだ。色々な事情があって日本に来たんだよ」
「へえ。それで、社長は高校を経て学生起業・・・何ですか?」
「うん。卒業したての夏彦と良子を引っ張って、彰則を交えて・・・それからたくさんの人の手を借りながらここまで大きくしていった」
「なるほど・・・そんな過去が・・・」
やっと十年を超えたぐらいの会社
服飾会社なんて、我ながら「らしくない」ものを経営している
「でも、なぜ服飾会社なんですか?社長が裁縫得意なのは知っているのですが、いまいち理由がわからなくて」
「ああ、それはね・・・」
きっかけはやっぱり夏彦
あれは高校時代。あれは確か二年生に進級したあたりの話だ
・・・・・
「夏彦、また喧嘩帰り?」
「ああ」
ボロボロになった制服を窓辺でパタパタさせる夏彦は、適当に返事を返しつつ制服の補修作業をこなしていく
しかしまあ、不器用なものだから縫製の後は酷く雑だ
「ああじゃないよ・・・また服ボロボロにして。せめて制服は脱いでから喧嘩しなさいって一馬先輩も言っていたよね。ほら貸して。僕がやるから」
「あ。返せ東里。それ、俺の」
夏彦から制服を取り上げて、僕は裁縫道具片手に彼の制服を直していく
よく見れば服もボロボロだ。至るところにナイフで切ったような形跡がある
帰るまで持たせるために縫合した方がいいだろう
「直してから返すよ。ほら、大人しく座ってなさい」
「む。お前、最近一馬先輩みたいだ」
「入院中の一馬先輩に代わり、今は僕が夏彦の面倒を見ることになっているからね。当然だよ。ほら、下に着ていたTシャツも出しなさい。てか何その柄は・・・」
「海老だと一馬先輩が。妹さんが買って来てくれたらしい。いらないからあげると」
夏彦のTシャツは漢字で「海老」と書かれたかなりダサい一品。一馬先輩の妹さんもどこからこんなものを見つけてくるのやら
「はい、これも縫ってくれるんだろう?」
「勿論だよ・・・って何その傷」
「?」
夏彦は首を傾げるが、僕にとってその光景は酷く異様だった
身体中に存在するここ最近ついたとは思えない細かな古傷。火傷の跡だって点々とある
それに処置しないといけないような傷も、残り続けている
「ああ、これか?」
「それ・・・!」
縁遠いそれは、僕からしたら「あるわけがない」こと
作り話のような、嘘のような話で。特殊な家だが親の愛情は満足に貰えていると断言できる僕にとって、思考に浮き出た結論はとてもじゃないが・・・信じられなかった
まさか、現実にそんなことをする人がいるとは思いたくなかったから
だからどうか、君の口で言って欲しい
これは、昔の喧嘩でできた傷だって・・・
「これは、俺が出来損ないだったから」
「っ・・・!」
その言葉を聞いた瞬間、僕は持っていた道具を放り投げて彼に抱きつく
六歳年上の友達はわけのわからなそうな表情のまま、僕の動きをのんびり眺める
「なんでそんな傷をつけられて笑っていられるんですか」
「わからないから」
「・・・は?」
「出来損ないって理由で傷がついたり、殴られたり蹴られたりされたのは覚えているんだ。でも、それ以外は覚えていない」
彼の目はいつだって真っ直ぐに僕へと向けられている
子供である僕よりも、子供のように純粋で。嘘をつく器用さすらどこにも感じさせない
「・・・そっか。じゃあ、深くは聞けないね。でも」
腕まで伸びる傷の跡。古傷は綺麗に消えていない
夏服を着ない理由はこれがあるから。隠そうとする気持ちがあることはいいことかもしれない
一馬先輩が、そう指示しただけかもしれないけれど
「夏彦」
「なんだ?」
「傷、隠したい?」
「別に。でも、見せるべきものじゃないことは、一馬先輩にも、拓実先輩にも言われている」
「そっか。じゃあ、僕にお手伝いさせてよ」
「お手伝い?」
「君に似合う服を贈るよ。僕も一馬先輩並みとは言えないけれど、裁縫上手だからさ」
始まりは友人の傷から
きっと、彼のように夏でも長袖を着ないといけない人がいるだろう。傷があったり、日焼けが酷くて半袖が切れないような人が少なからず存在する
そんな少数でも、様々なニーズに合わせた服を作りたい
それが、僕がこの会社を起業した理由
流石にその理由を表に出すことはできない。夏彦本人にすら言えない
もちろん、この話をしている丑光さんにも
だからこそ、表の理由を口に出してはぐらかす
「夏彦に似合う服を作りたかったから!なんでも似合うでしょう?」
「あー・・・社長、本当に巽先輩大好きですよね」
丑光さんの呆れを横に、僕は今は寝込んでいるであろう彼を想いながらはしゃいだふりを続ける
「うん。大事な友達だからね!それでそれで、最近は着ぐるみなるものを企画していてね!」
「それ、いいんですか。企画部の皆さん怒りません?」
「会社内の情報漏洩ぐらいいいじゃん。発表日まで黙っていたら撮影会の参加券をあげるからさ」
「撮影会?」
彼女は小さく首を傾げる
おかしいな。会社案内で紹介しているし、面接の時にも話したはずだけど・・・就活大変だったって言っていたし、他のところと混ざって忘れているのかも
せっかくだから改めて
「うん。モデルを雇うお金があるのなら素材をさらに拘りたいっていうのがうちの方針でね。新作宣伝用の写真はいつも社員の誰かに着てもらっているんだ」
「そうだったんですか・・・」
「うん。僕は撮影係だから着ないけど、写真N Gの彰則と覚以外は皆一通りね。面接の時に言ったんだけど覚えていない?」
「すみません。覚えていません・・・」
「まあ、就活大変だったみたいだし、忘れていても仕方ないよ。ええっとね」
僕は端末を操作して今まで撮って来た写真を丑光さんに見せる
「基本は企画に任せているから僕からは月並みな言葉でしか表せないけれど、シンプルで、尚且つスタイリッシュな服は良子がよく着ているね」
「事務の沖島さんですね。確かに、あの方は凄くかっこいいですよね。なんかできる女みたいな感じで!」
「良子が聞いたら喜ぶよ。若い子向けのカジュアルな服装は猿渡くん。大人の良さを引き立てるシンプルな服装は亥狩さんが結構出てくるね。二人ともノリノリで。他にも色々あるよ」
「わあ・・・」
僕のコレクションを見せながら、今までのことを振り返る
色々なことがあったけど、ここまでくるのに力を借りた人たちと作った記録の数々
その中に、スーツでならと許可を貰った覚と彰則の写真もある
二人とも大きな家の御曹司だから、仕方のない部分の方が大きいだろう
「そしてこれが、僕と夏彦の最高傑作」
「これ・・・!」
「そう、うちの名前を世間に出すきっかけになった服だよ」
丑光さんでも知っている、うちの会社で開発した夏用の長袖服
長袖なのに半袖のように涼しい
心地いい着心地を持ったその服は、この会社の名前を売るのに大きな功績をもたらしてくれた
今でも看板商品として毎年改良を重ねている品でもある
「夏彦の為に作った、夏でも着られる長袖の服。僕の全てを注ぎ込んだ看板商品」
「先輩の為に?」
「うん。夏彦は夏でも半袖が着られないから」
モデルも絶対、夏彦と決めていた
目論見通りに売れてくれたのは・・・モデルのおかげか、はたまた商品の需要か
それとも、本当に運だったのかはわからない
「まあ、最近はアパレルじゃなくて企業制服の提供をメインにしているから、丑光さん的にはこっちの印象は薄いのかもしれないけれどね。今も売ってるよ」
「・・・へえ」
丑光さんの関心は、商品よりも夏彦に向けられている気がする
まあ新卒で右も左もわからなかった丑光さんのことをよく見てくれているのは夏彦だし、当然と言えば当然かもだけど
・・・でも、おすすめはできない
いい友人だし、本当なら背中を押してあげることもやぶさかではない
しかし、彼の持つそれが彼に普通の幸福を与えることを許さない
花籠雪霞の生まれ変わり。尊き神語りの生まれ変わり
そしてその才を受け継ぐことがなければ・・・夏彦は母親から愛されていたのかもしれない
僕らだってそう
元神様だった卯月俊至の血縁でなければ、神として死を遂げた巳芳智の子孫であり生まれ変わりでなければ
そして、僕と同じく元神様だった丑光祝の子孫でなければ・・・何か変わっていたかもしれない
僕が彼女に話を聞こうとしたのは、丑光祝のこと
覚と夏彦から、彼女が何やら変な夢を見て寝不足だということを聞いていた
夏彦からはその夢の詳細も・・・考えられるのは「覚醒の兆候」
彼女が目覚めるのは非常にまずい
・・・遺伝的に「呪詛」が確定で得られるだろう
もしも暴走状態にでもなってみろ。誰にも止められない、呪いを彼女は撒き散らす化物になるのだ
それを止める為にも、話を聞きたかったのだが・・・
時刻は六時。冬も近いし、この時間にはもう日は落ちてしまっている
遠方の実家から通勤している彼女をこれ以上引き止めるのは難しいだろう
仕方ない。また覚がいないタイミングで話を聞こう
・・・夏彦のことに対し、覚は味方だ
でも、丑光さんのことでは彼は味方どころか僕の行動を阻害してくる
まるで、丑光さんの覚醒を望むかのように
そしてその先に待ち受けている呪詛を、欲するように
「ごめんね、付き合わせて」
「いえ。貴重なお話ありがとうございます」
「どういたしまして。何かあったらまたね。夢のことも、二人から聞いているけれど、寝不足原因の夢。僕の実家がそういうの詳しいから」
「ありがとうございます。続くようなら、相談に乗っていただけると」
「うん。夏彦や覚みたいに大きく年が離れているわけでもないし、同年代だからね。話もわかると思うよ!」
「そう言えば、社長っておいくつなんですか?」
「二十五」
「へえ、二十五・・・私と二歳差ですか!?」
丑光さんの衝撃が、職場に響く
そんなに驚くことかなぁ・・・
「どうしたの、恵ちゃん」
「あばばば・・・網走部長!社長の年齢!」
丑光さんはまだ残っていた営業部長の網走さんに声をかける
彼女は僕と視線を軽く合わせた後、丑光さんの方に向き直した
「夏彦君と良子ちゃんから聞いた時は驚いたけど、もう今更って感じよね」
「ええっと、巽先輩が今年で三十一・・・まさか社長・・・十四の時に起業・・・」
「うん」
「うんって!サラリと言っていいことなんでしょうかそれ!」
「まあ、事実だし」
「なんだか頭が追いつかない・・・」
「私も最初そうだったよ・・・」
「ほら、二人とも。僕の年齢に驚くのはもういいじゃないか。明日に差し支えがあるし、早く帰った」
「ああ、そうね。社長命令なら聞かなきゃ。恵ちゃん、帰ろうか。社長、また明日」
「はい。それでは社長、お疲れ様です」
「お疲れ。明日もよろしくね」
帰る二人の背を見送りながら、誰もいなくなった部屋の中で息を吐く
「さて、僕はまだやることあるから頑張らないと」
気持ちを切り替えて、僕自身も帰宅準備を整える
戸締りをした後、僕は夜の街を駆けていく
まだまだ探らなければいけないことは多い。戌や子の動向も・・・その一つ
「今度はポンコツだのなんだの言われるわけにはいかないから」
次、失敗したその時
僕らは大事な友達を失うのだから
そうならない為にも、僕らは常に後ろで動き続けなければいけない
戦う力も何もないけれど、それでも・・・万全の状態で来るべき日を迎える為に




