+)15日目:御曹司たちの昼食
「すみません」
「どうしま・・・あ」
「確か君は・・・巳芳くんだったかな。夏彦君のお友達の」
昼下がり。今日も付き合ってくれる夏彦がいないので、一人寂しく食事を摂っていると意外な人物から声をかけられる
日辻彰則さん。のほほんとした印象が強いが、仕事はかなりできる事務課長代理だ
それが、この会社内での話
「日辻さんでしたか・・・こんにちは」
「こんにちは。ご一緒してもいいですか?」
「勿論です。どうぞ」
「ありがとうございます」
空いていた正面の席に腰掛けて、彼は食事を摂り始める
その姿を眺めながら、俺もまた食事を再開する
今度は考え事付きで
実は彼、なんでこんなところにいるのかって聞きたいぐらいの人物だったりする。それは俺も当てはまることだと思うけれど
夕霧峡と呼ばれる、一定条件を満たさないと向かうことができない幻の温泉街が存在する
そこで最も大きな旅館グループである「日辻グループ」その大元「旅館夜想」のオーナー。彼はその長男だ
かつては長男が継ぐと言われていた夜想も、今は次男が継ぐと言われている
彼に問題がある素振りはないし、むしろ次男に比べたら遥かに有能そうなのだが・・・家の方針だし、詳しくは聞かないでおくべきだと感じた
俺だって、家のこと詮索されるの嫌だし
しかし、夕霧峡には一つキナ臭い噂がある。それは目の前にいる日辻彰則も関係ない話ではない
夜想と呼ばれる、夕霧峡を取り仕切る存在
誰が夜想なのかは把握できるのだが、それ以外の一切が全て謎に包まれている
今代の夜想は日辻公崇。そして次代の夜想は日辻彰則
それだけは、旅館の方とは違って変更はなかった
色々と気になるんだよな、夜想のことは
なんというか、俺の別部分がざわつくというかなんというか
「巳芳君」
「なんですか?」
急に話しかけられるとは思っていなかった
考えを悟られるわけには行かない。平常心を保って俺は日辻さんの方を向く
「夏彦君、具合大丈夫なのでしょうか?インフルエンザだと、良子ちゃんから聞いたのですが・・・」
「ええ。今はメッセージ返せる程度には回復してるみたいですよ」
事務課の役職三人組はとても仲がいい
夏彦に日辻さんに、沖島様
夏彦と沖島様は創業時代からの付き合いだ
東里に巻き込まれた夏彦と、東里に騙されて新卒をここで過ごすことになった沖島様
そして二人だけでは手が回らなくなった頃に、中途採用で入社した日辻さん
俺が学生時代に遊んでいる間、東里は勿論・・・この三人も残業残業と大変だったらしい
その為、固い結束が三人の間には存在している
「よかった。夏彦君、今は営業に行っていますよね?多忙なのか、なかなか連絡が取れていなくって心配していたのですよ」
「まあ、そんなこともありますよ」
「ですよね」
食べ方はやっぱり綺麗だ。俺みたいに放任主義の家ではないらしい
厳格なお家柄。その空気は彼の行動から感じさせられる
「巳芳君、僕の顔に何かついていますか?」
「いえ、なんでも。ただ人と話す時はちゃんと目を合わせましょう・・・ですからね」
「ああ。確か君はM Yホールディングス現社長のご長男でしたよね。やはり大変ですか?そちらも・・・」
「うちは放任主義なので自由にさせてもらっていますよ。逆に日辻さんところの方が大変なんじゃないですか?」
「そうですね。やはり、政府のお偉い様もご利用される旅館の息子として、それなりの教育をさせられました。自由なんて、とてもじゃないですけど。そう考えると、巳芳君が羨ましいですね」
「・・・自由、か。でも日辻さんって結婚されてますよね。親が決めたんですか?」
「いいえ。立夏・・・妻は僕がちゃんと決めた人です」
「なんと。東里みたいに政略結婚ルートかと。親から何か言われました?」
「言われましたよ。お前は夜想を継ぐ者だからと・・・現を抜かすなと怒られました。それでもと説得して、三年だけ、自由を与えてもらいました」
「三年だけって・・・」
確か日辻さんが結婚したと言っていたのは三年前
じゃあ、今は・・・
「今は離婚しています。三年だけ結婚生活を許す。それから次のタイミングで夕霧峡に戻ってこいとも・・・逆らえば、どうなるか。言わなくてもなんとなくわかりますよね」
どの家でも、厄介なことは少なからず存在する
俺の後継問題も、東里の政略結婚も・・・彼の三年だけの自由も
全部大人に擦りつけられた、厄介な問題
夏彦みたいな生活を送りたかったかと言われたら、嫌だなあって言いたくなるけれど
そっちの方がマシなんじゃないかってレベルで、家は常に俺たちの足を引っ張ってくる
「しかし、夜想は旅館の方じゃないですよね」
「うん。旅館の方は弟が継ぐことになっていますから。僕が継ぐのは・・・」
日辻さんの口が止まる
目が少しだけ泳いでいる。言いにくいことか?それとも、今からいうことは「嘘」か
「あの、巳芳君」
「なんでしょうか」
「君なら理解してくれると思って、頼みたいことがあるんです。聞いてくれますか?」
「・・・いいですよ」
彼はゆっくり深呼吸をしてから、その頼みを口にする
「僕が消えたら、夕霧峡に向かって欲しいのです。最悪僕はどうなっても構いません」
「・・・」
「それから、猪紀のばらちゃん、馬越風花ちゃん、猿見遊ちゃんを連れて夕霧峡を出てほしいのです。あの子たちにはまだ未来があります。夜想に飲み込ませて死なせるわけには行きません」
夜想というものの存在を、やっと彼は口にする
しかし、話を聞く限り・・・まともなものではなさそうだ
それこそ、俺たちのような
「そしてそこで行われる神憑きの儀式を、阻止して頂きたい」
彼から出てくるとは思ってなかった単語が出て来て、俺は無意識に立ち上がってしまう
「・・・あんた、何を知っている。あの儀式は、柳永村の中で消し去った因習で・・・!」
「君は、いや東里君もですかね。知っているのですね。「憑者」の存在を」
「ああ、知ってるよ。東里は残りカス。俺は純正だけどな。じゃあ、夜想の正体って・・・」
「想像にお任せします。このこと、もしもの時はお願いします。それと・・・もう一つ」
食事を終えた日辻さんはお盆を持って席を立つ
そして去り際に、もう一つの頼み事を・・・いや、本命の頼み事を俺に告げる
「僕にもしものことがあれば妻子を、立夏と絵未を、日辻の家からどうか守ってあげてください。僕が二人を守れない事態になった時は、お願いします」
そう言って、彼はいつも通りの振る舞いに戻り、返却口へと足を進めていく
それからは何事もなかったかのように時間だけが過ぎ去っていった
俺は残った昼食を口に放り入れ、先ほど得た情報を東里に共有するために社長室で呑気に昼寝をしていると思われる彼のもとへ走る
結果的なことを告げておくと・・・この一年後、日辻さんは本人が告げた通り行方不明になる
ちょうど、夕霧峡への道が開いたぐらいのタイミングで
俺や東里はともかく、仲のいい夏彦と沖島様にも何も連絡をせずに、今まで存在しなかったかのように彼は消えてしまった
そんな彼を探す為、そして東里が得たある情報を確かめるために、夏彦が夕霧峡へ足を運ぶことになるのはまた、別の話となる
「おいこら東里!またお前機能してねえな!」
「なんだい唐突に来て!昼寝を邪魔した上に盛大なディスりは流石にないよ!で、何があったの?」
「その唐突に冷静になってくれるところお前のいいところだよな。で、お前、なんで夕霧峡のこと全然調べてないんだよバカウサギ!厄介なことたくさん起きてるぞ!」
「何がだよ!?」
そして、前回に引き続き・・・東里の調査が非常に甘すぎることに対して揉めるのもまた、別の話となる




