+)14日目②:忘れていた自分自身のこと
酉島さんと別れてから数分後
今、私はいつものスーパーへと足を踏み入れた
一人でここに来たのは初めて。なんだかワクワクします
いつも通り買い物カゴを手に取り、買い物をしようとする
しかし・・・これからたくさん物を買う予定だ。私ぐらいの身長の子が、いっぱいになったカゴを抱える様子は世間からはどういう視線で見られるだろうか
ふと、目に「それ」が入る
買い物カートという物だ。いつもは夏彦さんがカゴを持ってくれているから使う機会がなかったが・・・使ってみたくはあった
「では、これを使っていきましょう」
カートにカゴを乗せて、それを押しながら進んでいく
お野菜中心。きのこもあった方がいいだろう
肉や魚はまだきついだろう。今回は購入せずにしておく
私の分は釣りに行けば問題ありませんし・・・
しかし、最近風邪を引いた影響か、はたまた飛んでない影響か・・・翼の調子が悪くなっているのも事実
こんな調子で沖まで行けるのだろうか
最悪私のことは二の次でいい。今は買い足すべき物を買い足さなければ・・・
必要な物を、値段や量で見比べつつカゴに入れていく
お米のストックはまだあった。問題なく過ごせるだろう。それに馴染みの方からお米に関しては融通してもらえるし・・・
「後は、そうですね。食欲がない場合、こういうのが食べやすいのでしょうか・・・」
なかなか寄らないデザート売り場で、私はフルーツゼリーを手に取る
好き嫌いはお野菜以外ないと思うし、テレビでいっていたアレルギーというものがある素振りもなかった
本人が、知らないだけだと思うとゾッとするが
とりあえず、味違いのゼリーを三つほどカゴに入れてレジへと持っていく
うん。三千円ほど。割といい感じなのではないでしょうか
初めてのお使いにしては上出来な買い物ができたと思う。これは後で褒めてもらわねば
エコバッグに商品を積めた後、私は併設されているドラッグストアなるものへ足を向かわせる
夏彦さんが「薬とか洗剤とかはこっちの方が安い」と言っていた
今度は少量なのでカゴでも大丈夫だろう。ゆっくり見て回りながら目的の物を探す
「あの、拓真。入れすぎなんですけど」
「いいじゃないか。ここでチョコレートが安売りしているのは拓実だって言ったじゃないか。ほら、荷物持ち頼んだよ」
「こいつ・・・」
「足のこと、未だに忘れてないからな」
車椅子の男性が、その椅子を押す男性が持つカゴの中に大量のチョコレートを入れていく
二人の容姿はとてもそっくりで、違いといえば髪の短さぐらいだろうか
あれはいわゆる双子という存在なのではないかと思う。今まで見たことなかったが、大人になってもあんなに似るものなのか・・・
「まぁーたそれを引き合いに出す。彼女の前で和解したというのに、相変わらず器の小さい男ですね」
「表面上だけね。そうでもしなければ、彼方が安心できないだろう?」
「・・・執念深いのは相変わらずですね。その調子でいると彼女から早々に愛想を尽かされるのではないですか」
「大丈夫。愛想が尽きたら僕は死ぬって言ってるから」
「いつからこんなに重くなりやがったんですか。兄さん・・・はぁ」
拓実と呼ばれた男性は頭を抱えつつ、車椅子を押していく
彼らの間で何があっているのかは検討なんてつかないが・・・とにかく、彼が大変だということぐらいは理解した
「そこで聞いているのは誰かな?」
「っ!?」
突如、首元にナイフを当てられた感覚を覚えて、数歩後ろに下がった
よく見れば、車椅子の男性が視線をこちらに向けている
「・・・女の子?おかしいな、なんだか異形の気配がしたんだけど」
「いつもの感覚というやつですか?押さえて来ましょうか?」
「・・・いや、いいよ。僕の勘違いかもしれないから。ほら拓実、行こう」
「わかりました・・・」
男性は車椅子を押しながら、私の前から消えていく
私も、何事もなかったかのように別の場所へ、物陰へと隠れて行った
今まで出会った人が友好的だったから忘れそうになっていた
たとえ、姿形が普通の人間と変わらないとしても私はこの世界には必要のない存在なのだ
あの時代で、終わっておかなければいけない存在なのだ
私は・・・
「忘れるところでした。私は、正真正銘の化物でしたね」
人智を超えた力を求めた結果、死ぬことを許されない体になった私は永遠にこの世界を彷徨う存在だ
そのお役目に終わりはない
必要な物をカゴに入れた後、私は急ぎ足で帰途へ着く
思い出してはいけないことを胸の中に押し込めながら
まだ、私の正体を知らずに、友好的にいてくれる人の元へ
「でも、このまま騙し続けるのは・・・どうなんでしょうね」
心の中にやっと芽生えた罪悪感は、なかなか拭うことができずにいた
今までは騙してでも、側にいて守り抜かなければと思っていたのに
それさえできればいいと思っていたのに
気がつけば存在していた別の思考に、私は戸惑いを隠せない
その思考の理由にも、まだ気がつかない
・・・・・
ふらつく体で廊下を歩く
喉が渇いたので水を飲みに行ったその帰りに、ドアの鍵が開く音がした
「あ」
「おかえり、りんどう。こう、君の帰りを出迎えるのは初めてだね。いつもの、逆だ」
「はい。そうですね・・・ただいまです、夏彦さん」
少し声のトーンが低い。表情だって、疲れているそれとは違う
何か、嫌なことでもあったのだろうか
「どうしたの?」
「え?」
「買い物中に、何かあった?何か、あった感じの表情だったから気になって」
人の顔色を伺うのは得意だ
なんせ小さい頃は、そんな生活をしていた・・・のだと俺は思う
記憶にはないけれど、人の顔色を常に伺わなければいけないような環境にいたのかもしれない。だからこうして、体に刻まれている。それが当たり前のことだったから
それに何度も助けられていると俺は思っている。仕事だって・・・今だってそう
「今は、お話しできません」
「そっか」
「でも、いつかちゃんとお話しさせてください。私のこと。全部」
「・・・わかった。いつかをちゃんと待ってるね」
今は話せないこと。きっと彼女自身のことだろう
でもいつか話す。そんな約束を彼女はしてくれた
今の俺にできることは、待つことだけだ
彼女の心が整い、話すべきだと決めたその瞬間まで
「はい。では夏彦さん、早く布団の中に戻ってください。少しでも休んで、早く元気になってくださいね」
少しだけ晴れた表情を浮かべた彼女は俺に戻るように促す
言っていることは真っ当だし、逆らうほどの体力はない
「わかってる」
「お昼ご飯作って来ます。食欲はありますか?」
「ごめん。まだ全然・・・」
「そうですか。あ、ゼリーはどうでしょう。通信端末で調べたら、風邪を引いた時食べやすいと言っていたので買って来たんですよ」
りんどうはそう言いながら、袋の中からゼリーを取り出す
「・・・ゼリーか。食べたことないんだよな」
「食べたことないんですか?」
「うん。でも、それぐらいなら行けるかも」
「わかりました。じゃあ食べられるところまで。それから薬を飲んでまたゆっくりしましょう」
「わかった。じゃあ、部屋で待っているね。後はお願い」
「はい!」
健康を守りたい系付喪神 (自称疑惑あり)の彼女はわりと看病の手際がいい
じいちゃんと一緒にいたなら、介護の手伝いでもしていたのだろうか
でも、どちらかと言えば介護じゃなくて看病の方が納得いく
そんな彼女にどんな過去があるのか、きっと俺はいつか知ることになるだろう
その時を待ちながら、りんどうが再びこの部屋に来てくれるのを静かに待った




