12日目:深夜の全力キャッチボール
仕事帰りに、少しずつ彼女の日用品を買い足していく
食器とか、こまごまとしたものだけだけど
買い出しの約束はしたけれど、一気に買う訳にはいかないし、少しずつ俺でも買えそうなものを買い揃えていった
「・・・ん?」
その中で、一つ興味を引くものがあった
玩具だけど、年齢的には不相応かと思うけど、なんとなく俺はそれに手を伸ばして、レジまで持って行った
・・・・・
夏彦さんの帰りは今日も遅いらしい
なんか、徐々に元の仕事に戻る為に色々としないといけないとか
私は家事を終え、彼の帰りを待つ
「しかし、いつ帰られるんでしょうか・・・」
時刻は夜の九時
退屈なので、とりあえずテレビをつけてみる
そこでは、沢山の人が映って何かをしていた
鉄の棒を持ったり、皮・・・だろうか、それでできた手袋を片手に付けていたり・・・しかし帽子と服は皆同じな九人の男の子が並んでいる
そして、椅子が並んでいる場所から、夏彦さんがかける眼鏡の、レンズ部分を黒く塗りつぶした眼鏡をかけた人が彼らに指示を出し・・・
唯一の女の子である人は、ノートに何か書き込んでいた
「どらま、やきゅう、きゃっちぼうる?」
初めて聞く単語に耳を傾けながら、私は退屈しのぎにそれを見ることにしてみた
・・・・・
「ただいま、りんどう」
「お帰りなさい、夏彦さん!」
夜十時、家に戻ると、彼女が出迎えてくれる
その表情に疲れはなかった。一昨日の事もあって心配だったが、元気そうで何よりだった
しかし、今日の彼女はいつもよりも、元気がいいような気がするのだが・・・?
「あの、あの、夏彦さん!」
「どうしたの、りんどう」
「キャッチボールというのをやってみたいのです!」
子供のように目を輝かせながら彼女は告げる
「・・・凄い偶然だ」
「え?」
彼女の口からその単語が出てくるとは思ってなくて、少し驚いてしまう
俺は、買ってきたものの中からそれを取り出す
「ボール。想定しているものより大きな気がするけどね」
「なんで!?」
「なんでって、言われたら・・・たまたま、目についたから買ってみたんだ。りんどうこそ、なんでキャッチボール?」
「実は、先ほどドラマで野球を知りまして」
なるほど。唐突にキャッチボールをしたいと言い出したのはドラマの影響のようだ
今まで野球とか、そういう玉遊びというか娯楽に疎かったのだろう。時代が時代だし
だからこそ、興味が出たのかもしれない
「まるで手毬ですね」
「手毬か・・・でも、あれは跳ねないような」
「私、手毬は下手くそで周囲から笑われたんですよね・・・それでもキャッチボールできますかね」
りんどうにも苦手なことがあるらしい
色々と完璧だから苦手なことがあるのがとても意外だった
でも、それにある意味人間らしさも覚えた
「根本的にルールが違うと思うから大丈夫だよ。キャッチボールって言っても、これだったら互いに投げ合うだけだからね」
「これでもキャッチボールはできるのですすね」
「うん。早速やってみる?」
「早速、ですか?できるのなら、やってみたいですけど・・・家の中で?」
「流石にそれは・・・」
流石に家の中でやるわけにはいかない
けど、明日は買い出しの予定だし・・・今日を逃せば時間がないような気がする
「そうだ。今から外に行こうか」
「今から、ですか?でも、騒いだりしたら迷惑では?」
「大丈夫な場所を知っているから。どうする?」
「そうなのですか?それなら・・・」
「早速行こう。出られる?」
「大丈夫です。あ、電気を消してきますね」
りんどうはパタパタとリビングに戻り、電気を消して戻ってくる
その間に俺は玄関先に荷物を置き、彼女が戻ってくるのを待つ
そして、一通りを終えたのを互いに確認した後、彼女の手を引いて再び外へ出かけていった
向かう先は、深夜になると人通りがなくなる川辺
十年以上前の情報だが、未だに人通りが無くなるのは変わらないらしい
昔はよくここで枯葉野郎・・・もとい、一葉拓実とよく殴り合っていた
見回りの警官どころか、近所の人間すら通らない。別空間に迷い込んだ気さえする場所だ
かつての俺からしたら凄く都合のいい空間だったりした
「近所にこんな場所があるとは。本当に、誰もいませんね」
「ここなら少し騒いでも問題ないと思うよ。りんどう、もしかして怖い?」
「いいえ。街灯の灯りもありますし、夏彦さんもいらっしゃるので。でも、唐突に、消えないでくださいよ?」
彼女の手が強く握られる
お化けが怖いのだから、こういう静かで暗い空間も苦手なのかもしれない
「大丈夫。目に見える範囲にいるから」
「それなら大丈夫ですね。では、早速始めましょう!」
りんどうが嬉しそうに距離を取り、大体、いい感じの距離になったら手を振る
「では、行きますね!」
「うん。準備はいいよ。いつで―――――――――」
彼女が投げたゴムボールは、豪速で俺の元に届く
受け止めた手から少し煙が出ている。土埃もあるけど・・・何よりも手が熱い
「本気?」
「本気でないと、失礼かと。キャッチボールは本音の語り合いと言っていましたし」
何の影響かわからないけれど、本気で本音ということは・・・これからこれが普通に飛んでくるらしい
油断したら怪我をしてしまう・・・それなら、こちらもそれに応えるべきだ
「じゃあ、俺も本気でやらないとな!」
彼女にボールを投げ返す。彼女は足を踏ん張りながらその球を止めた
「っ・・・!いい球ですね!これはどうですか!」
「まだ受け止められる!どんな球でも受け止めて見せるから、全力でこい!」
「口調変わってますよ、夏彦さん!」
「元々こっちが素なんだよ!」
互いに、全力でボールを返し続ける
手が痛い。けれど、まだそれは続く
「では、これはどうでしょう!」
彼女が付喪神の姿になり、背中にある羽根を羽ばたかせる
彼女の身体が、宙に舞う
「空からは反則じゃ・・・!?」
「実はこの羽根、動かせ・・・あっ」
「あ」
急に、付喪神の姿から普通の人の姿に戻る
一昨日の事がまだ引いているのか。本調子ではなかったのだろう
自分では大丈夫だと思っていてもないのにそんなことをするから
彼女の落下地点はどうやら川
俺は夜の川、しかも秋というより冬の夜の川に入り込む
冷たいけれど、今はそんな場合じゃない
「りんどう!ここへ!」
「んぅ!」
落ちている間、少しだけりんどうは羽根を再展開し、落下の速度を緩める
しかし、その軌道はさらに川の中心部へと向かってしまう
「もう少し、左・・・じゃない!りんどうから見て右!」
「はい!」
少しずつ、軌道を調整しながら彼女は空を舞う
そして、俺の腕の中に舞い降りてくれた
「大丈夫、りんどう?」
「平気、です。あ、夏彦さん川に・・・」
「平気だよ。どこも濡れてない?」
「私は大丈夫です。夏彦さんは寒くないですか」
「実のところ・・・ごめん。もう帰っていい?」
水に触れないように彼女を抱きかかえたまま、俺は岸の方へ歩いていく
歩くたびに足元からどんどん冷えていく感覚を覚える
寒くて震えが止まらないけれど、それでもりんどうを落とさないように、腕の力だけは抜かないようにしながら歩いていった
そして、岸に上がり・・・少し離れた場所で彼女を下ろした
「ええ。もちろんです。帰ったらすぐにお風呂に入ってくださいね?」
彼女は遠くに落ちていたボールを拾って戻ってきてくれる
それを確認してから、俺とりんどうは家への帰路を歩いた
「へっくちょい!」
「・・・特徴的なくしゃみ」
「へくちょい、へくちょい、へくちょい!」
「今度は三連続。あ、夏彦さん、ティッシュをどうぞ」
「ありがと・・・」
鼻水が出ていた感じがしたので、ちょうどよかった
彼女がくれたティッシュで、鼻をかむ
「ぷぴー」
「・・・音も可愛いですね!」
「・・・言うな」
笑う彼女を横に、ゴミをポケットの中にいれながら、ついでに内心も押し殺す
実をいうと、俺も初めてのキャッチボールだったのだが・・・本当にこれで正解だったのだろうか
本来はもう少し、穏やかなものではないか・・・なんて、言っていいものなのだろうか
しかし、俺も十代の時に比べたら全然運動とかしていなかったけど、付喪神の彼女についていける身体能力が残っているとは思っていなかった
彼女もこう全力で動いたのは久々なのではないだろうか
時々、またこうやって運動を兼ねて遊ぶのもいいかもしれない
今度はキャッチボールじゃなくて、他の遊びも・・・試してみたいなと思う
二人、街灯だけが照らす静かな道を歩いていく
その日も、穏やかに暮れていった
「へっくちょい!」
「早く帰りましょう、夏彦さん。風邪引いちゃいます」
「そ、うだへっくちょ!」
「あああ・・・」
・・・どうやら、穏やかには終わってくれないらしい
くしゃみを連発しつつ、震える身体を抑えながら俺はそう、直感で感じた




