6日目①:巳芳覚と気の抜けた会話と約束を
昼休み
覚に誘われて、俺は共に社員食堂へと向かっていた
そこはつい先日まで俺も利用していたのだが、りんどうのお手製弁当があるので今は利用していない
彼女に何かあれば、また利用することもあるかもしれないが
「いいなあ、夏彦」
「この弁当か?」
彼女の髪色と同じ、青緑色の布に包まれたそれを掲げてみる
そして、今日から追加で深い青色のスープジャーもついている
一昨日、彼女がさりげなく購入していたものだ
りんどう曰く「あったかいスープもご一緒に!」らしい
今日は今朝作ったであろう具沢山の味噌汁が入っている
豆腐にわかめ、玉ねぎと味噌汁と言えばこれだと言える具材が中に入った味噌汁だ
「ああ。昨日も一昨日も見たけどさ、凄くおいしそうだったじゃん?一口くれよ」
「やなこった」
「お前そんな食い意地張った奴だっけ・・・」
「それほどまでに、彼女のご飯は美味しい」
「・・・お前、餌付けされてね?」
なんとなく図星をつかれた気がして、足を止めてしまう
うっかり弁当を落としそうになるが、その手だけはしっかりと力を籠めた
「・・・さあ、どうだろうな」
「今まで、料理上手の女はいなかったもんなぁ・・・」
「まあ、否定しない」
最後に誰かとそういう関係になったのはいつだったか
顔が好みだと向こうが言い寄ってきて、適当に付き合っていたら、俺自身に恋愛感情がないことに気が付いて、向こうは勝手に幻滅して振られる・・・繰り返しているうちに、誰も言い寄ってこなくなった
それに安堵を覚えたあたり、俺は本当に・・・面倒くさかったんだなと思う
そもそも、俺が誰かを好意を持ち、そして誰かに好意を持たれるなんて話は絶対にありえないだろう。それこそ、奇跡でも起きない限り
「夏彦、随分前に忠告したが・・・未成年と人妻はやめておけよ。未成年は親からボコられ、人妻は再婚要求がくる。そして両方慰謝料マシマシ案件だ」
「その言葉、しっかりそのままお前に返すよ」
俺の適当な遊び?癖は随分前に落ち着いたが、覚の遊び癖は今も治っていない
ちなみに、彼が慰謝料を払う事態になったのは大学生時代
俺がこの会社に雇われ、今の状態に持って行くまで四苦八苦している間、こいつは慰謝料の支払いに追われていたらしい
なんとも言えない残念なちゃらんぽらんである
しかも実家は金持ちときた。東里曰く「高名な政治家と大企業の社長の息子が「あれ」とか信じられませんよ」・・・と嘆くレベルの子息だそうだ
俺には、よくわからんが
ついでに言えば、親が覚に対してゲロ甘対応であり、怒られたことは一度もない
慰謝料と情報もみ消しは彼の親がやったらしい・・・聞いているだけで頭が痛くなる
あの高校にいたのも、彼が遊んでばかりだったから。勉強が嫌いらしい
しかし頭はいい・・・巳芳覚という男は色々と訳が分からない男なのだが、なんとなくウマが合うので十年ほど友達でいられている
俺の領域に深く入ってこないからか、今も悪友を続けられている貴重な存在だった
「お前も言うようになったねえ。書き取りができない巽君?」
「昔の話だ。そういえば、お前の慰謝料話で思い出したんだが、ご両親は元気か?」
「ん?ああ、ピンピンしてるぞ。二人揃って夏彦はいつ遊びに来るんだって言ってるけど、暇なときある?俺の代わりに親孝行してくれ」
「お前がしろよ・・・」
「酒だけでも付き合ってくれねえか?俺じゃ、加減できなくて」
覚は異様に酒が強い
何杯飲んでも酔わないし、むしろ元気になっている気さえする
缶ビール一本で出来上がる俺からしたら、凄く羨ましい。その要素の一欠片でもいいから欲しいぐらいだ
「俺だって一口飲めば意識が飛ぶんだが・・・」
「いいって。お前がいることが親父たちの心の癒しなの。ノンアルでいいじゃん。俺は誰かが酒飲んでたら酒飲みたくなるからノンアルダメなんだよ」
「まあ、それでいいなら付き合うけどさ・・・」
「やった。そうだ、養子の子も連れてきたらどうだ?」
「いいのか?」
「事情は話しておくからさ。その代わり・・・」
覚は俺の弁当の包みを指さす
どんな手段を使ってでも、りんどうが作ったご飯を食べたいらしい
「わかったよ。全部一口ずつやるから、その代わり、今度いい飯奢れよ。この弁当を作った彼女にも」
「ありがとうございまーす!飯奢る程度でいいなら奢るぞ。高級フレンチでも連れて行ってやろうか」
「テーブルマナーなんてわからない一般庶民に恥をかかす気か・・・?」
「そんなの気にしない場所で尚且つ個室で箸も用意してくれる店探すからさ・・・」
覚の謎の交渉を横に、俺たちは目的地へと辿り着く
社員食堂。丁度昼時ということもあり、結構混んでいる
俺たちは空いている席に座り、覚はお気に入りのとんかつ定食を、俺は弁当を前に広げる
「とんかつ一切れ寄越せ」
「あいよ。特別にでかいのをやろう。お前を餌付けした飯を堪能できるんだからな」
互いに弁当の中身と、定食のおかずを交換する
俺の弁当箱にはとんかつが、覚の皿の上には俺の弁当のおかずが置かれる
「味噌汁さっさと飲め。その器に中身を入れてやる」
「うっそスープまでくれるのかよ。夏彦今日優しくない?」
「いつも優しいだろ。ほら」
覚は湯気が立っていた味噌汁を飲み干し、その器を俺の前に出す
そして俺はその中にスープジャーの中身を半分分け与えた
中身は朝温めただけはずだが、まだ湯気が立っていた
「保温力高いな」
「・・・そうだな。まだ暖かい。最近のは凄いんだな」
俺はいただきます、と呟いてからそれを口につける
適度に暖かい味噌汁が、喉を通っていく
今朝飲んだ味噌汁と全く変わらない。とても美味しい
「・・・これが巽家の味噌汁。家庭の味がする」
「なんだよ家庭の味って」
「わかんねえけど、手作りの味だよ。店で出される事務的な味噌汁の味じゃなくて、誰かの為に作った、親身的な味噌汁だよ。御袋の味ともいう」
「お前、お袋の味なんて知っているのか」
「知らん」
「だろうな。俺も知らない」
俺の母親は料理下手だった記憶しかない。というかどんな人だったかすら覚えていない
ただ、そんな人なのだから味噌汁を作りそうとは到底思うことはない
覚の母親は大手企業の社長だ。子供のために味噌汁を作るぐらいなら、一流の料理人を雇うような人なのだ
その為、俺も覚も家庭の味どころかお袋の味なんて全く知らない
「けど、もう少しスパイスが欲しい」
「味噌汁にスパイスなんて入れたら味崩壊するだろうに」
「のんのん。わかってないな、夏彦。スパイスっていうか隠し味だよ。俺だけに向けられる愛情という名の隠し味、それでこの味噌汁は至高の味噌汁となる!」
ドヤ顔で告げるが、何を言っているか俺には全く、さっぱりわからない
まあ、美味いのだろう。覚がこんなにも饒舌に語るのだから・・・
なんだかんだでも御曹司。いいものを食べている彼がおいしいというのなら、かなりのものと言ってもいいはずだ
それを作れるりんどうって、付喪神としてはかなり異質のような気がする
俺がこれまで出会ってきた付喪神は、その憑いている物ができること以上の事はできなかったはずだ
しかし彼女はその枠にはまらず、ガラスの置物以上のことを成している
彼女が例外なだけか、それとも彼女は付喪神ではないのだろうか
彼女は一体、何者なのだろうか・・・
「お前の爺さんの養子、一体何者なんだよ」
「さあ、俺も知りたいよ」
流石に健康を守りたい系付喪神なんて言えるものか。それも本当か分からなくなってきてしまったが
ご飯を口に含んで沈黙を貫くと、覚もそれに倣って食事をとり始める
その間、俺たちに会話はない
二人して「食事中に喋るのはちょっと・・・」と思うタイプなので、食事が終わるまで全く会話はない
ひたすら無言でご飯を食べていたが、覚の手がふと止まる
視線の先には人混みだけだ
「・・・夏彦、ちょっと席立ってくる」
「水か?」
「そんな感じ。あ、お前の隣確保しておいてー」
「は?」
奇妙な事を言いながら人混みの中に入り、一応といった感じで水を持って帰ってくる
その背後にいたのは、日替わり定食が乗ったお盆を持つ丑光さん
長い間席を探していたのだろうか。彼女の表情はとても暗い
「せ、先輩も・・・いらっしゃったのですか?」
「大丈夫、丑光さん?体調悪い?」
「いえ。大丈夫です」
「夏彦の隣、空いてるから座って食べなよ。昼休み終わるよ」
「あ。ありがとうございます巳芳先輩。巽先輩、お隣いいですか?」
「うん。構わないよ」
俺の隣にある椅子を後ろに下げて、彼女が座りやすいようにする
覚の奴、彼女の姿が見えたのだろう。なんだかんだで教育係。気にかけてくれているようだった
「ありがとうございます。ふわぁ・・・・」
「どしたの恵ちゃん。寝不足?」
「あ、はい・・・ここ最近、変な夢を見ていて」
「変な夢?」
「はい。着物の女性が・・・力が欲しいかってずっと問いかけてくる変な夢なんです」
「何それ、アニメ?」
俺の問いに、丑光さんは無言で首を振る
「それから、私の親友を助けてって・・・私の主だった人を、守ってって・・・しかもそれが一度ならともかく、毎晩夢見て・・・」
「それは大変だね」
どう声をかけたらいいかわからなかったので、とりあえず彼女に労わりの言葉をかける
覚はそれを黙って聞いていた
「・・・色々と、始まった感じかね」
「覚?」
「いいや。なんでも。ご馳走様っと」
箸をおいて、覚はお盆を持って食器を返却しに行こうとする
「夏彦、うちの貴重な後輩ちゃんの悩みを聞いてあげなよ」
「俺、これから外回りの仕事あるから・・・覚は?」
「奇遇だな。俺もだ」
二人して互いの顔を見合わせる
肝心な時に役に立たねえな、と視線で語り合ったのちに、俺も席を立った
「ごめん丑光さん。その話、今度ゆっくり聞くね・・・また見るようだったら、対策考えてみよう」
「ごめんね恵ちゃん!俺、そういう系の話苦手なんだわ!ご両親にこんなことあったって相談してみたらいいんじゃね?いいこと教えてくれるかもよ!俺の勘だけどね!」
「あ、はい・・・ありがとうございます。先輩方、お仕事頑張ってくださいね」
後輩の困惑エールを受けながら、俺たちは食堂から出る道を歩き、一時からの外回りに向かう準備を始めるために、仕事場へと戻っていった
「あ、そういや夏彦」
「何さ?」
「今度の土曜・・・じゃなくて、その次の土曜」
「来週の土曜か?」
「そうそう。お前も俺も休みだから俺の実家行こうぜ」
「・・・わかったよ」
さりげなく、道中で覚の実家に行く約束が立てられる
りんどうにも話さないとな、と思い、通信端末のやることメモに、りんどうに覚の事を話す。実家に遊びに行くことも・・・と記入して保存する
「とりあえず、ちゃんと伝えるから」
「よろしく頼むよ」
それから俺たちは外に行く準備を済ませ、身なりを確認したのち、揃って外回りへと出かけていく
まだまだ、仕事は終わらない




