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世話焼き神様と社畜の恩返し。  作者: 鳥路
序章:付喪神との遭遇
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4日目①:休日出勤と初めてのお弁当

「今日はお休みなのに、お仕事なのですか?」


朝食の時に、俺が休みのはずなのにスーツで出てきたものだから、りんどうは何事かと驚いていた


「ああ。取引相手とトラブったみたいでね・・・その後処理で行ってこなきゃ」

「トラブった、ああ・・・問題が起きたのですね。でも、なぜ夏彦さんが?」

「元々俺の仕事でね・・・。後輩に任せたんだけど、どうやら向こうで伝達ミスがあったみたいで・・・」


りんどうの疑問はもっともだ

元々、それは俺が担当していた仕事だった

祖父の逝去があり、取引先に出向くことができなくなったので、先方にも担当が変わることを伝えて、自分の代わりを務める後輩にもきちんとした引継ぎをした


しかし、なぜか俺の連絡がなかったことになっているらしい

向こうの担当者が不在だったから、電話口の確か樋口さん・・・だったかな。女性の方に用件を伝えてもらうように頼んだのだが・・・

いざ、当日を迎えた昨日。先方からなぜ俺ではないのかと文句を言われたそうだ


覚から昨晩届いたのはその案件のSOS

相当こっ酷くやられたそうで、代わりに任せた後輩の丑光さんは相当参ってしまったらしい

覚もサポートでついてもらっていたのだが、彼もかなりやられたようで、メッセージも誤字だらけ。大変だったことが文面からも伺えた


「それはそれは・・・大変ですね」

「ああ。だから少し出てくるよ。早ければ夕方には帰ってくるけど、何か買ってくるものある?」

「そうですね・・・後で買い物メモを書くので、それをお願いしても?」

「了解」

「とりあえず、価格重視です。家計に優しくでお願いします」


指定が細かいけど、家計の事も考えてくれるのか・・・家庭的な付喪神だ


「うん。どうせなら、うん・・・そうだな。五時、五時前には必ず切り上げるから、近所のスーパーに一緒に行く?」

「いいのですか?」

「うん。俺じゃあよくわからないし、それに、現代の買い物も気になるだろう?」

「はい!ぜひ、お願いします!」


本来なら、終わったら連絡するから・・・とか言いたかったのだが、彼女やこの家には通信端末がない

パソコンも仕事用だから触らせるわけにはいかないし・・・やはり買うべきか。彼女用に通信端末を

五時ぐらいなら店も開いているだろうし大丈夫だろう・・・十分行ける


そもそも五時まで仕事するつもりはない。休みなのだしなるべく早く切り上げよう

そう決意しながら俺は椅子に座る

目の前には今日も和食な朝食。ああ、今日も美味しそうだ


「では準備をしておかないといけませんね。楽しみです、あ」

「どうしたの?」


何かが閃いたのか、彼女は俺の方をじっと見て興奮気味に声を出す


「夏彦さん、まだお時間ありますか!」

「あるけど・・・」

「では朝食はお一人で!私は少しやることがありますので!」


そう言ってりんどうはパタパタと台所の中に戻っていく


「・・・では、いただきます」


台所から鳴り響く、彼女の作業音をBGMにしながら俺は彼女の作ってくれた朝食を頂く

うん。今日も美味しい


・・・・・


出勤時間になった


「夏彦さん、夏彦さん」


玄関先で靴を履いていると、りんどうは何か布に包まれたものを持ってきてくれる


「これ、お弁当です。お昼になったら食べてください!」

「いいの?」


誰かの手作り弁当を食べるのはこれで初めてだ。子供の頃は・・・どうしていたんだっけ

あの人は料理が下手だったから作ってくれるとは思わない・・・コンビニ弁当ならあり得るなと思うけれど

祖母とは関わりを絶っていたから、弁当を作ってもらっても俺自身が受け取らなかっただろう

本当に、俺は何をやっていたんだろうな・・・


「ありがとう、りんどう」

「いえ!お仕事の時は毎日作らせてください」

「負担になるでしょう?いいよ・・・毎日は」

「いえいえ。晩御飯の残り物を入れたりできるので、残り物の処理にお付き合いください」

「それなら、断れないね」


それらしい理由をつけられたら、断りにくくなる

渡された両手ほどの大きさの弁当を鞄の中にいれて、俺は玄関先に置いていたキーホルダーを手に取る

そして、ドアノブに手をかけようとした時・・・


「夏彦さん。待ってください」

「え」


彼女が背後から俺に声をかけて引き留める


「ネクタイ、歪んでいますよ。直しますからこちらへ近づいてください」

「ああ・・・わかった」


彼女は俺を手招いて、自分の方を向かせる

そして、少しだけ背伸びをしながら俺のネクタイの歪みを直してくれた


「はい、これで大丈夫です」

「あ、ありがとう・・・・りんどう。じゃあ、行ってくるよ。留守番よろしくね」

「はい。いってらっしゃい、夏彦さん。お仕事頑張ってくださいね!」


小さな付喪神の少女の予想外の行動に、なぜか動揺しつつ、俺は家を出る

アパートの廊下まで出て、彼女は俺の見送りをしてくれた

それに対して小さく手を振りながら、俺は会社へと向かった


・・・・・


「夏彦!」

「おはよう覚・・・・おい待て引っ張るな。皺になるだろう」

「そんなこと気にするな!とりあえず、昨日の引継ぎするから!」

「気にするよ。俺、後から会うようにセッティングされてるんだろう?皺のあるスーツで出るのは失礼だろう」


出勤した俺を即時に捕まえたのは、同僚の巳芳覚

高校時代から付き合いのある彼は、俺を椅子に座らせて昨日よりより多くの情報を俺に伝えてくれる

しかし何度聞いても、俺が伝え忘れているというのは引っかかる


「・・・やはり伝達ミスだと思う」

「俺もその電話隣で聞いてたからな。担当者の名前控えてるか?」

「勿論。それにうちの会社、電話内容録音しているだろう?」

「お前の電話だけな」

「・・・それ、初耳なんだが」

「東里がお前の声を録音するためだよ」

「相変わらず気持ち悪いが、今回は助かったな」


東里は一応、この会社の社長・・・経営者だ

高校の時の同級生で、海外で飛び級して大学まで卒業したらしい秀才なのだが、なんにせよ、俺への執着が異様で、隙あらばこんなことをしてくる


「呼んだかな、夏彦?」


・・・そう、隙あらば俺の声を聞いて、背後に忍び寄るそれが、卯月東里という人間だ


「呼んだ。十月二十一日の俺の電話記録を出してくれ」

「任せてよ」


今は良識的だが、手を付けられない変態さを発動する「発情モード」を備えている厄介な存在だ

・・・それさえなければ、まっとうな友人として付き合えると思うのだが

いや、それ以外も問題行動が多い。俺への執着さえなければまともな友人として関われると思う


「はい。夏彦。データで悪いけど、これで何をする気?」

「とりあえず、昨日の取引先の通話内容の確認だ。ありがとう、東里」

「ふふ、褒められるのは素直に嬉しいね。けれど、朝から「あれ」になるのは僕も嫌だから、ボディタッチは控えてくれると」

「ああ。すまない・・・癖でさりげなく頭を撫でようとしていた」

「お前の癖もかなり特殊だよな・・・」


覚の変なものを見るような視線を横に、俺は当時の会話を再生する

間違いない。きちんと俺から先方に担当が変わる旨の連絡は取っている・・・


「ああ、昨日の。夏彦が連絡を取っていないわけはないと思っていたから、なんだか違和感があったんだよね」

「ああ。こちらのミスの件で、向こうの有利な条件を飲まされるのは嫌だな。少し対策を練るよ・・・そう言えば、丑光さんは?」


昨日、俺の代わりを任せてしまったせいでこっ酷くやられた丑光恵さんの姿は、出社時刻になっても見当たらない


「・・・俺、昨日休んでいいからって伝えた。ものすごく落ち込んでたしね」

「じゃあ、もしかしたら今日は・・・」

「申し訳ありません!遅れました!」


扉が勢いよく開かれる

昨日の出来事を聞いていたから落ち込んでいると思っていたのだが、気持ちを切り替えて、いつも通り明るく振る舞う丑光恵さんは、俺の姿を視界にとらえると、申し訳なさそうに明るさを萎ませてしまった


「丑光さん。おはよう」

「先輩、おはようございます・・・昨日は」

「昨日はよく頑張ったね。大丈夫?体調悪かったら早退していいからね?」

「先輩・・・いえ!今日は頑張ります。先輩は、お休みのところ・・・」

「いいよ。葬儀も遺品整理も一通り終わったし、気にしないで」


「恵ちゃん。俺が昨日の事、もう夏彦に伝えてるから・・・今日はいつも通りのお仕事。後は夏彦に任せな」

「はい。先輩・・・後は、お願いしてもいいでしょうか」

「うん。後は任せて。ごめんね、初めてだったのに・・・」

「いえ。少しだけ弛んでいた意識を叩き直されました」

「・・・無理したらダメだからね」

「はい。気を付けます」


彼女に声をかけながら、俺は昨日の案件を引き継いで仕事を始める

さて、どう動こうか


・・・・・


「ふう、やっと終わった」


午後二時。昨日の取引先とのやり取りも終わり、俺は自分の机で一息つく


「どうだった?」

「・・・ごめん、覚。丑光さん」

「え・・・どうして、先輩が謝るのですか」

「お前が謝ることはないだろう。取引、取りやめになったのか?」

「いや。取引自体は続行だよ。先方は確かに伝達ミスだったし、その件の謝罪は貰った。けれど、担当の馬場さんは・・・」

「馬場さん。女性の方でしたよね・・・確か先方の社長さん。あの方がどうされました?」


丑光さんと覚の不安そうな視線が刺さる

言いたくないけれど、言わなければ・・・


「どうやら、担当が俺じゃないと嫌らしい・・・・」

「・・・・我儘だ」

「・・・・ああ、そういう」

「お前、あの人に気にいられてるんだな。でも、人妻はやめておけよ。慰謝料問題はとんでもないからな!」

「するわけないだろう・・・全く」


まるで、人妻に手を出して慰謝料を払うことになったかの如く・・・覚は笑顔でそう告げた

この男はそんな奴だ。一晩ごとに別の女性を寝歩く奴だった・・・

まあ、この男の事は放っておいていいだろう


次の話を、彼女としよう

こんな特殊案件が気を引っ張っていては、彼女にも悪影響だと思うし


「丑光さん。次、新規の案件が来たら、君がメインで進めてみよう。まともな案件持ってくるから」

「え・・・でも、私じゃ・・・」

「今回は特殊だっただけだろ。次は夏彦がまともな案件持ってくるんだ。それに、最後までサブで付き合ってくれるだろうし」

「夏彦は僕と二人三脚な創業時代から、今の状態まで持って行ってくれた存在だしね。実力はお墨付き。今度はちゃんとしたところを持ってきてくれるよ」


にゅ、と再び東里が現れる

今回の取引がどうなったか気になるのもあるだろうけど、おそらく彼自身も貴重な新人の事を気にしているのだろう

覚に続いてフォローを入れてくれる


歴史が浅いし、人数も少ないこともあって、うちの会社は距離感が基本的に近い

年齢も若いのが多いし、上も部下を気にかけてくれる理想的な環境

俺以外にとって、この会社はホワイトだろう。羨ましいほどホワイト


しかし俺にとってはブラック以上の企業だ。漆黒と言っても過言ではない

なんせ相手は卯月東里。俺が大好きだと公言する男だ

俺と一緒にいたいからという理由だけで休日出勤と深夜残業をさせるためだけに仕事を山盛り与えてくる

お陰で色々なものを失った気がするが・・・気にしない方がいいだろう


「ビジネスマナーはやっぱり甘かったから叩き込んだけど、彼の観察眼と状況にあった言葉選びは彼自身のものだから、勉強がてら近くで見ておいで、丑光さん」

「社長・・・」

「褒められるのは恥ずかしいけど、俺もサポートするから」

「先輩・・・はい。その時はお願いします!隣で勉強させてください!」

「ん。任されました。じゃあ、俺はそろそろ昼ご飯を」

「あ、はい!行ってらっしゃい」

「いや。今日はここで・・・」


彼女の元気のいい返事を聞いてから、俺は取りそびれていた昼食を取るために、鞄からりんどうから渡された弁当を取り出す


「・・・ん、夏彦?食堂いかねえのか?」

「弁当あるから」

「・・・夏彦が、弁当。一体誰に・・・」

「食堂派の先輩が、お弁当・・・!?」


全員の顔が驚きに溢れている。なぜそこまで驚くのだろうか・・・?

それに、俺は一つ東里に伝えておかなければいけない

今後、彼女が家にいるのだからなるべく早く帰ってあげるべきだろう

心配もかけないで済むだろうし・・・


「東里。俺、爺ちゃんが引き取っていた養子を引き取ることになったから。今度から深夜残業なしで頼む。休日出勤も」

「いいよ。ついでに土日休みもしっかり取るようにしなよ。仕事、他に振るから」

「そう言って俺の方を見るのはやめてくれませんかね東里」


我ながらすらすらと嘘を言えるなと思った

付喪神なんせ説明できるわけがないから、とりあえず人に説明する設定がいると思い元々考えていた設定だ

引っかからずに言えてよかった


「そのお弁当は、養子の子に?」

「うん。女の子。家事が好きな子」

「夏彦、流石に子供に手を出すなよ・・・?」

「お前じゃあるまいし・・・手を出すわけないだろう」


丑光さんの興味と、覚のクズ発言にそれぞれ対応しながら、俺は手を合わせていただきますと呟く

そして、弁当に詰め込まれた昼ご飯を口に運ぶ

うん。冷めていてもしっかり柔らかくて、それでいて味が染み込んでいて美味しい

意外と早く、この弁当を作ってくれた彼女と出歩けそうで安堵しながら、初めての手作り弁当を堪能していった

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