9話.社会人になってからの遅刻は寿命が縮む
冬の夜明けは遅い。
空には月が顔を出し太陽は未だに顔を隠したままであった。
まだ街の皆が寝静まっている時間帯にもかかわらずグラース聖教会には人が集まっていた。
それもそのはず。
今日は神が降臨する日だ。
聖職者達は皆一様に浮き足だっており、オリヴァーまでもが少し落ち着きのない様子であった。
降臨の場に立ち会えない聖職者達もすでに起きて教会内にいた。直接拝見できなくても神が降臨する瞬間に立ち会いたい、と。
オリヴァー達はトマスに案内され神が顕現する場所に向かう。一旦教会から出て凍える寒さに耐えながら薄暗い外を歩く。案内されれた場所は敷地内に独立して建てられている礼拝堂であった。
そこは神が降臨する時のみ使用される礼拝堂でディーユという名が付けられていた。
礼拝堂は大きさは違えど全ての教会に用意されている。神がどの教会に降臨しても大丈夫なように。
何故皆が利用する礼拝堂でないのかというと、神託には機密も含まれる。不特定多数に聞かれいい内容ではないからだ。勿論、礼拝堂には盗聴防止の魔法もかかっていた。礼拝堂はそのような事情がある為独立して造られている。
そして神専用の礼拝堂と言われるだけあって外観・内観共にその名に相応しい造りをしていた。
今の時間帯は夜が明けていないので残念ながら分からないが日が昇ってるときに見れば美しさに息を飲むほとであった。
教会と同じく白と紫を基調とした外観に高い天井、大きなバラ窓そして美しく輝く沢山のステンドグラスと神の彫刻が礼拝堂内に飾られている。
礼拝堂の中に入るとそこは明るく、暖かい。魔道具を惜しげもなく使いとても過ごしやすい空間となっていた。
中には膝ほどの高さをした祭壇があり、その上には豪華で座り心地の良さそうな大きめの椅子が置いてある。そして周囲には色鮮やかな花がセンスよく飾り付けられていた。
オリヴァーはそれを暫く眺め共に連れていた護衛達に声をかける。
連れて入れるのは2人だが、国王が外出するのに護衛が2人ではさすがに少なすぎる。共に入る者とは別に護衛の騎士を10人程連れてきていた。
寒い中待たせる事を申し訳なく思いながらも従者と近衛騎士だけ残し他は外に出るよう告げる。
仕方がない。入れる人数は決まっているのだ。出て行く騎士を見送るとオリヴァーはこれからの事に頭を悩ませ小さく溜め息をつくのであった。
◇◇◇
トマスは高鳴る胸を落ち着かせながら深く深呼吸した。
この深呼吸で通算100回目である。
そう今の時刻は8時を過ぎ、礼拝堂に集まって既に4時間は経過していた。
薄暗かった外には日が昇りステンドグラスを暖かく照らしている。
さてここで両陣営の様子を見てみよう。
聖職者達は皆一様に緊張した面持ちで興奮を抑えられない様子である。そんな状態を4時間キープしていた。そこには待たされている不安や不満は一切ない。神が降りると仰ったのだ、神の言葉は絶対であるの精神で健気に待っていた。
そして国側の者は顔にこそ出してはいないが内心は不安であった。
いつまで待てばいいのだ?
降臨する日を間違えてないか?
そもそも本当に神は降りてくるのか?
と、余計なことばかり考えてしまう。
この疑問を聖職者達にぶつければいいのだが残念ながら気軽に話しかけれる雰囲気ではなかった。
それもそのはず、礼拝堂に入ってから聖職者達は無言なのだ。
一切口を開かずにただ一心に神の彫刻を眺めていた。
そんな者達に「神様まじでくるの?」なんて聞けるだろうか?
否、無理である。
王様にだってできる事とできない事があるんだ。
これを見て分かるようにお互いの状況には天と地ほどの差があった。
ある者は期待を胸に、ある者は不安を胸に待つことしばし、その時は唐突に訪れた。
祭壇に置かれた椅子がスポットライトを当てられたように輝きだしたのだ。
そして次の瞬間、礼拝堂内が神聖な空気に満たされた。
トマスの「御降臨なさいます」の一言で全員が膝をつき祈るように手を組み合わせ目を閉じた。
礼拝堂内は静寂に包まれていた。
互いの呼吸、そして心音さえ聞こえてきそうなほどに。
目を閉じどれくらい経っただろうか?
数分、いや数秒かもしれない。
今か今かと待ちわびる、その瞬間。
礼拝堂に玉音が響き神の訪れを知らす。
「目を開けて」
拝顔の許可が出たため、目を開ける。
そこには肌が栗立つほどの絶世の美貌をした男がいた。
すぐに理解する。
この御方こそが神なのだと。
魂が歓喜で震え全員の目から涙がこぼれた。
そんな人間達を気にする事なく神は用意された椅子へ腰かける。
そして脚を組むと、
「みんな揃ってる?」
と気さくに声をかけた。
外見は直視できないほど神秘的で美しいのに驚くほど普通。
まだ国王の方が威厳に満ちている。
そう、エルピスはそんじょそこらの神様とは違う。
神の威光や感動を無に帰す力があるのだ。
予想外な態度に場が少し混乱したが、ここにはこの状態の神に慣れている者がいた。
そう、トマスである
「御降臨、感謝致します。神がお望みの者は全て揃っております」
「じゃあ時間が勿体ないしさっそく話そうかな」
____いや、謝 れ よ!!
まず全員に謝罪しろ!!どんだけ待ったと思ってるんだ?ん?
時間決めてないから厳密には遅刻ではないけど 「待たせてごめんね?」くらい言え。時間が無限にある神様には理解できないだろうが朝の時間は人間にとって凄く貴重なんだからな。少しでも長く寝たいんだぞ!そもそも時間が勿体ないってトマス達の台詞だからな。
いや、トマス達は絶対怒らないよ?なんたって聖職者だからね。
でも、王様には一言謝ろうか?それから寒い中外で待ってる騎士達にも謝罪しろ。
「畏まりました。今回の神託についてお聞かせください」
____ほ~ら、トマス怒んないよ。
大丈夫だってトマス、一言文句いっても罰は当たんないって。ほら、言おう?「どんだけ待たせんだよ」って言ってみよう?
……いや、やっぱやめとこうか。よく考えたらマジの神だったわ。人の常識に囚われない御方でしたわ。ガチの天罰が当たるかもしんない。
い の ち だ い じ に。
場に集まっている者の全員に聞こえるよう少し声をはり神はついに今日の本題を告げる。
「今日、神子が生まれるから」
___場は騒然とした。