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兜森邸の庭。
ハラハラと散る林檎の花。
黒スーツに白ネクタイ。
正眼の構えは世津に敗れた構え。
ひらりと舞う花びら一片、一閃。
上段から振り下ろされた刃が花びらを二枚に裂いた。
そのまま地に落ちる刃は大地に触れることなく跳ね返り、斜め下から四枚に裂く。
鞘に帰る白刃が、まだ気が収まらぬと再び奔る。
柄である。
柄の最後尾を『頭』と言う。
頭が四枚に散った花びらを次々と貫いて、漸く白刃が鞘に収まった。
この動作を瞬き一つの間に終わらせる技量。
メイド姿の真田が技の名を漏らす。
「と、兜森暫奸流奧伝。四尖竜尾!」
「お、お見事でございます若」
そっと涙を拭い、刀を受け取る真田。
「爺の必殺。兜森 勇里、確かに受け取った」
「若!!」
ちょくちょく兜森家ではこう言う時代がかったイベントが発生するのである。
葬式も終わり、今後の身の振り方を考えながら勇里はベッドで天井を見る。
「家を出るべきだな」
ポツリと漏らして目を閉じた。
兜森家の使用人達は当主の考えに一言も意を唱えること無く、勇里はさっさと手ごろなアパートを借り、高校3年間は何とか過ごすだけの学費を家から借り入れ、一人暮らしを始めた。
バイトと勉強と遊び。
比重として勉強時間が少なくなり、バイトに時間を取られる。
それでも、なるべく実入りの良い日給払いの肉体労働を選び、鍛錬と自由に使えるお金を両立した。
勿論、一人暮らしでしかできない事にも力を入れた。
主に、PS、Switch、にお金は消え、幼い時にできなかったゲームはSteamでカバーした。
覇権アニメの円盤をAmazonでポチるのを覚えたのもこの頃だ。
まるで水を得た魚である。
兜森家に伝わる異世界風に表現するならば。
『兜森 勇里はアニメイトにポータルを開いた』
『兜森 勇里はゲーマースキルがLvアップした』
『兜森 勇里のオタクスキルがLvアップした』
『兜森 勇里はVRセットをゲットした』
そう、必死にバイトして買ったのである。
『兜森 勇里は呪われたアイテム『VR爆乳彼女』をゲットした』
もし、中学時代の勇里を見て頬を赤らめていた女生徒が見れば絶望していたことだろう。
しかしである。
「すげー! VRすげー!! VRすげー!!!」
正確を記すならば『3Dの爆乳がすげー!!!』のである。
ベッドの上。HMDを被り悶える勇里。
テンションは振り切っていた。
初めて女子が家に来たのもこの頃である。
何といっても独り暮らしの男子高校生の部屋に女子が上がるのである。
兜森 勇里は抜かりの無い男であった。
前日までに家中の掃除をすませ、隅々まで体を洗い、コンドームは枕元にセットした。
因みに『VR爆乳彼女』は特典目的でパッケージを買ってしまった。
爆乳様の抱き枕である。
抜かりなく、ジャケットは『ピアノマン』と差し替えておいた。
頭の中で一瞬、3D爆乳美少女とビリー・ジョエルの顔がダブってしまう事を無かったことに出来る心の強さ。
鍛錬の賜物であった。
晩飯で釣ったのだ。
クラスメートと料理の話になった。
「え? 兜森君って料理上手いの?」
「あぁ、子供の頃から自分で作ってるからな」
勿論、食材から狩っていたとは話さない。
食べたいと言ってきた。
OKと言った。
『しずか』にすこし感じが似たクラスメートだった。
Fカップである。
呼び鈴が鳴った時、信じられないほど胸が高鳴ったのを勇里は覚えている。
そして、玄関先に男と女。
「兜森、悪いな! 晩飯食わせてくれるって?」
勇里と仲の良い男子生徒が、誘った女子生徒と肩を組んでいる。
一瞬で悟った。
『へ、へえええええ、お前ら付き合ってたの?? 知らなかったわ! 寝耳に水だわ!』
心の声である。
危うく言葉にしそうになった。
言葉にしていれば、女生徒だけを誘おうと目論んでいたのが露見する。
下心があって誘っていたのだから仕方ない。
しかしである。兜森家の長子たる意地がその言葉を飲みこませた。
一瞬の葛藤、ぎりぎりの選択、あたかも初めからそうであったかのように。
「神ってるな! 今丁度下ごしらえが終わったところだ!」
選択肢は完璧だった。
「えーー! すごい綺麗にしてるね! 兜森君のお家!」
『君の為にトイレの裏まで掃除したのだが』
「勇里ってさ。几帳面なのか?」
『全然違うな!! 普段は汚いぞ!』
「ここかなー? 兜森君の部屋?」
「勇里、入って良い?」
「待てえええええええええい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
勇里は全力だった。クラスメートを押しのけて、部屋に飛び込み枕元の薄いやつをポケットに突っ込む。
「エロ本かな? エロ本?」
「いや、今時エロ本って」
「せ、洗濯ものだ! い、今片付けるから待ってろ!!」
こうして、独り邪な思いを胸に秘め、カップルの仲睦まじい姿を見せつけられながら兜森 勇里はその日の晩飯を平らげた。
因みに、サーモンの香蒸し、じゃがいものポタージュ、甘エビのサラダである。
デザートに昨晩固めておいたレアチーズケーキ。イチゴベースのソースがかかっている。
夜も更け、二人を玄関まで見送った後。
泣いた。
ほどなくして、本当に何の気無しに宝くじを勇里は買った。
キャリーオーバー3億円!
「当たるもんだな」
さっぱりとした感想を呟く勇里。
クジを持つその手は震えていた。
それからが目まぐるしかった。
未成年の為、手続きが面倒で、最終的に兜森の家に頼った。
兜森 勇里は一夜で億万長者となったのである。
宝くじが当たったと云う訳でもないが、勇里は学校に行かなくなった。
気が向けば行くのだが、正直気づいてしまったのだ。
アニメでオールをしていた時に。
「アレ? オレ学校行く意味無くね?」
一字一句この通りに夜中の3時半に大画面でアニメを見、ポテチを箸で抓みながらつぶやいた。
ダメ人間になるのはかくも容易い。
勉学が大切なのは頭では判る。
そして、勇里は兜森家の当主でもある。
しかしである。当面3億を食いつぶして生きて行くとして、確実に数年は遊んで暮らせる。
寝て、食って、アニメ見て、ネトゲして、マンガ読んで、時折友達と楽しく遊ぶ。
そんな生活が3カ月続いた。
「若!」
ある日家に帰ると真田が居た。
HMDとVR爆乳彼女がベッドの上に規則正しく並べてあった。
「違うのです」
真顔でこのセリフを兜森家の当主は言うのである。
「何が違うのでしょうか? 若?」
「こ、これは、異世界に渡る際に参考にしなくてはならない教材だ!」
「よりにもよって、そのような言い訳を」
「嫁だぞ? 異世界に行って嫁を見つけるんだぞ? ギャルゲーがこれほど教材として生きる状況って他にないだろう!」
言い訳は心地よいのである
「ギャルゲーではなくエロゲーでございますね若」
たった一行で論破されたとしても心地よいのである。
「爆乳が好きなのですか?」
真田が蛆虫でも見るように勇里に聞いてきた。
健全なる思春期男子たるもの、一度や二度この様なイベントが人生の中で発生するのは無理もない。しかしである。
大体は母ちゃんに見つかり、何も言わずに机の上に置かれると云う、精神攻撃が主体のイベントであるはずだ。
兜森 勇里は、妙齢で美人のメイドさんに羞恥攻撃を食らわされると云う非常に攻撃力の高い痛撃を食らう羽目になった。
「爆乳が好きですいません」
因みに兜森家家訓は『嫁には取りあえず土下座しとけ』である。
異世界から嫁を娶る厳しさが垣間見える。
兜森家風に現状を伝えるならばこうであろう。
『勇里は土下座スキルのLvが上がった』
「確かに、異世界はゲームのような世界だと伝説にもあります。更に異世界に行くために絶対条件の一つがニートであること。兜森家の財力で若にはニートになってもらう予定でしたが、自力でニート化するとは真田、思ってもおりませんでした」
「なぁ、真田」
「何でございましょう? 若」
「『ニートがトラックに弾かれる』これが異世界に行く前提条件っておかしいだろ?」
「古文書にもそう書かれております」
「古文書にニートとかトラックの時点でおかしいだろ!!」
「『異世界に転生したらハーレム野郎で爆乳三昧』江戸中期の名著にございます」
「待て」
「『異界転移絵巻下巻―色彩爆乳天女恋寝刃―』の現代語訳でございます」
「くそ! なんかそれっぽい! それっぽい!!」
「チート能力駆使してハーレム野郎」
ぼそりと勇里の耳元で妖しく囁く真田。
この短いセンテンスに勇里は、否、男という生き物は抗うことができるのだろうか?
兜森 勇里は思うのである。
トラックに弾かれる価値はあるのでは無かろうか?
2020/09/03
ルビ変更。一部修正。