賢者の過去、永遠の憎悪
奪われた者は戻らず、残された者は憎むしかなかった。
エフォート大陸 ミズルガルズ地方 オルム海岸
エフォート大陸において最長の海岸で、どこまでも果ての無い白い砂浜が有名だ。今の季節だと海水温度が低いため、観光に来る者は少ない。
スマイルとダリダリは誰もいないオルム海岸を歩いていた。
「何もダリダリまで一緒に来なくて良かったんだよ?」
「悪いが今のお前を一人にさせるつもりは無い。理由を言ってやろうか?」
「遠慮しておきます。それより、目的地まで後少しですよ」
しばらく肩を並べて歩いていると、3つの影が見えた。
「先に言っておくが、先走るんじゃねえぞ」
「……ええ、分かっています」
ダリダリが視線を落とすと、スマイルは拳を強く握っていた。
「(これはダメそうだな)」
溜息をついている間に、影、人間と会話できる距離まで近付いていた。向こうもこちらに気付いて近寄ってくる。
中年と思わしきそこそこ筋肉が付いている男、全体的に細身だが背筋の伸びた凛々しい眼鏡をかけた男、赤い煌びやかなドレスを着た艶めかしい女
それぞれの雰囲気にあった服装をして、手ぶらだった。
「2人共、ここは俺に任せてくれ。何、すぐ終わるさ」
中年の男が頭を掻きながら、
「あんた、エルフってやつかい? 初めて見たな」
「そういう貴方達は? この辺りでは見ない方達ですね」
スマイルは真顔でやり取りする。
「おいおい、質問を質問で返すなよ。まあここら辺の奴じゃないのは確かだが」
「それは失礼。貴方が言うように、私はエルフです。それで、貴方達は一体何者ですか?」
「俺は『マッケン』。あんた達で言うと異世界から来た人間だ。あんた名前は?」
「スマイル、彼はダリダリです」
「よろしく」
ダリダリは手を振って挨拶する。
「うお?! 木が喋った!?」
「何だ、トレント族は知らないのか?」
「トレント、は知らないな。そういう種族もいるのか」
マッケンはダリダリをじっくりと見つめる。
「見た目、木なんだな」
「そういう種族だからな。……後ろの2名も自己紹介したらどうだ?」
ダリダリは視線をマッケンの後ろに向ける。後ろの2人はさっきから黙ってこっちを見ているだけだった。
「おいおいケルヴィムもルーテシアもこっち来て話そうぜ! エルフと、トレント? と喋れるなんて滅多にないぜ!」
ケルヴィムと呼ばれた眼鏡の男は、眼鏡の位置を直す。
「……そちらのエルフから出ている殺気さえなければそちらに行きますが?」
ルーテシアも髪をかきあげながら答えた
「私も同じ意見よ。どうして殺気を出している相手の傍に行かなきゃならないの?」
2人の言葉で、スマイルの表情が険しくなり始める。
『落ち着けスマイル。ここは冷静に対処するんだ』
ダリダリが【念話】でスマイルを落ち着かせる。スマイルは黙ったまま表情を直した。
「これは失礼。最近魔族領に人族から侵攻があったものでして、少々気が立ってしまいました」
「何だそういう事か! それは仕方ないな! ほら、お前らの思い過ごしみたいだぞ!」
マッケンが何故かスマイルをフォローする。
「マッケン、どういうつもりだ?」
「あなた、私達の目的を忘れた訳じゃないわよね?」
マッケンは呆れたという意味を示すジェスチャーをして2人と向き合う。
「前にも言ったが、俺は平和主義者なんだ。無駄な争いはしたくないし、争いが起きるのも好きじゃない。あの女神の言う事なんて聞く気は無いよ」
「つまり現時点を持って裏切ると?」
ケルヴィムが睨みつけた。
「そうなるな」
「ならば、ここで死んでもらう」
ケルヴィムは【収納空間】から指先に金属が付いた黒い革製の手袋を取り出し、素早く嵌める。
「死ぬほど痛いお仕置きよ」
ルーテシアが指を鳴らすと、周囲に紫の稲妻が走り、纏わりついている。
「へ、そうかい。スマイルさんとダリダリさん、悪いがちょっとばかし暴れるぜ」
「その必要はありません」
スマイルがマッケンの前に出る。
「お、おい。スマイルさん、悪い事は言わねえ。ステータスがそんなに高くないあんたじゃ荷が重すぎる」
「勝手に他者のステータスを見るのはマナー違反ですよ」
マッケンの方を少し見て、手の中に『収納空間』から種子を取り出す。ダリダリもスマイルの隣に並んで魔力を放出し、戦闘態勢に入る。
「ステータスの高さだけが強さではありませんよ。それに」
スマイルは眼鏡を外して『収納空間』にしまう。
「人間に借りを作るのは、私自身が許さない」
その表情には、憎悪と憤怒が浮かび上がっていた。
ケルヴィムとルーテシアが同時に仕掛ける。
『鋼線両断』
【雷光 -紫電一閃-】
目にも止まらぬ速度でスマイル達に襲い掛かる。あまりの威力で爆風が起き、砂が舞い上がる。
マッケンは咄嗟に【魔術盾】を展開し、爆風を防いだ。
「スマイルさん! ダリダリさん!」
舞い上がった砂で目の前が何も見えない。
「少々やり過ぎましたかな」
「塵も残ってないかも」
「そうでも無いですよ?」
2人は声がした方向に視線を向ける。さっき攻撃が直撃したと思われる場所だ。
すぐに跳んで後退し、距離を取る。そして、声のした方向に追撃する。
『鋼線流群』
【落雷 -電光石火-】
また目で捉えられない攻撃が放たれる。
今度は複数の攻撃が同時に発射され、辺り一帯が吹き飛んでいく。
マッケンは防ぐだけで、そこから動けないでいた。
「(ケルヴィムの『鋼糸』、ルーテシアの【雷魔法】、何度見ても速過ぎて目で追えない。これじゃあスマイルさんもダリダリさんも無傷じゃ済まないぞ)」
2名の無事を確認しようと『ステータス』のスキルを起動させる。
だが、目の前には既にいない。それどころか周囲にいる気配すら無い。
周りを見渡すが、スマイル達のステータスが表示されない。近くにいれば表示されるはずなのだ。しかし、表示される様子が一切無い。
「(どういう事だ? まさか【転移】したのか?)」
ケルヴィム達の方を見ると、ステータスはしっかりと表示されている。
「後ろを見るって発想は無いのか? じゃないと死ぬぜ?」
慌てて後ろを見ると、ダリダリが地面から顔を出していた。
「うおわあ!!? どうして地面に?!!」
「お邪魔してるぜ」
地面から出てきてマッケンの【魔術盾】の圏内に割り込む。
「流石異世界人。防御も立派だな」
「どうやって後ろに?」
「トレント族は木だからな、地面に潜るスキルだって持ってるんだぜ?」
「その理屈はおかしいだろ……。ところでスマイルさんは?」
「スマイルならもう向こうだぜ」
ダリダリが指を差した方向は、ケルヴィム達がいる場所だった。
・・・・・・
ケルヴィムは一時攻撃を止め、スマイル達の状態を確認する。
砂煙が上がり、視覚では確認しづらい状況だった。
「これは、やり過ぎましたか」
「全く見えないわね」
「これだけやって無傷なら、少々手を変えないといけませんね」
「そうですか、それは是非見てみたいな」
後ろから声が聞こえた。
すぐに振り向いて鋼糸を振るう。
「遅い」
『植物生誕』『浸食ノ赤詰草』
スマイルの掌から大量の花の蔦が生え始め、一瞬にして2人の周りを覆い、まるで牢獄のようにして逃げ場が無くなった。
そして、蔦のあちこちから鞠状の花が咲き乱れ、蜜を散布し始めた。
「何だこれは」
「不味い気がするわね」
【雷光 -紫電散開-】
ルーテシアの手から雷が放たれ、四方八方に飛んで行く。
しかし、途中で霧散し、消えてしまった。
「何ですって?」
「これは……」
その時、ケルヴィムは手元の妙な感覚に気付いた。
手を見ると、鋼糸を出している金属部分が溶け出していた。さらに、肌が徐々に焼けるような感覚もしてくる。
「っ!! 酸だ!!」
「まさか私達を溶かすつもり?!」
【火球】!
ケルヴィムは他の属性の魔法を試してみるが、途中で威力が急激に弱まり、当たる前に消えてしまう。
「魔法が、消滅するのか」
【魔力砲】!!
ルーテシアも魔術攻撃をするが、魔法攻撃と同じように消えてしまう。
「魔術もダメなの?! ……まさか、魔力が分散している?!!」
「ならば物理攻撃で」
ケルヴィムは一気に近付いて拳で殴る。素早い動きから放たれたその一撃は、轟音と共に蔦の壁へ直撃する。
「やるじゃないケルヴィム」
ルーテシアがケルヴィムの傍に近付こうとする。
「来るな!!」
ケルヴィムが叫んだ。ルーテシアは急停止して動きを止める。
「ケルヴィム?」
「接近しては、ダメだ」
ケルヴィムが後退してさっきまでいた位置まで下がる。
「すぐに、溶かされるぞ」
ボトボトと、手だった物が液体の様に溶け、崩れ落ちていた。
ケルヴィムの手が、完全に溶けて無くなっていた。
それを見たルーテシアは、口を押さえて絶句した。
「大丈夫、これくらいならすぐに治せます」
液で阻害される可能性があるため、溶けた部分を切断し、【再生】をかける。手は植物が早回しで成長するように戻った。手を握って問題無いか確認し、打開策を考える。
「さて、鋼糸だと細すぎて溶けてしまうようですから、これを使いましょうか」
【収納空間】からボウリング球と同じくらいの大きさの鉄球を取り出す。それを軽々と片手で持ち、大きく振りかぶる。
『鋼球流星』
消えたように見えるほどの速さで振り下ろし、蔦の壁に直撃する。壁は吹き飛び、大きな穴が開いた。鋼球は液体に触れ過ぎて、穴を開けてから数秒で溶けてしまった。
「今です!!」
ケルヴィムの合図で一斉に外へ飛び出した。
無事に脱出し、晴天の砂浜へと足を付ける。周囲を確認し、スマイルがどこにいるかを探す。
「やはり突破してきますか。では、これならどうです?」
スマイルの姿を確認できなかったが、声はハッキリと聞こえた。
『植物生誕』『豪腕双天樹』
直後、地面から2人より遥かに大きい巨大な2つの腕が現れ、2人を鷲掴みにしようと襲い掛かる。
「っ!! 『回避』!!」
ケルヴィムは『回避』を使って捕まるのを避けた。しかし、
「きゃあ?!!」
ルーテシアは躱したものの、ドレスの裾が何かに引っ掛かり、宙を舞っていた。
「ルーテシアさん!?」
ケルヴィムは何に引っかかったのかすぐに分かった。
この腕は木が幾重にも絡まって作られた物だ。その木の枝に引っかかったのだ。
何とかルーテシアを助けようと体の向きを変える。
「余所見はいけませんよ?」
しかしスマイルがそれを許さない。
『植物生誕』『散弾種子』
既にすぐ傍まで近付いていたスマイルは、ケルヴィムに向けて手をかざし、散弾銃の様な弾丸を撃った。
ケルヴィムは防御が間に合わず、殆どの弾の直撃を許してしまう。
「ぐぅう!!?」
木の腕の上を転がるが、すぐに立ち上がってスマイルと対峙する。
「(怪我自体は大した事は無いが、想像以上に受けてしまった。早く治療したいところだが)」
目の前にいるスマイルは容赦無く追撃してくる。
『散弾種子』よりも大きな『種子弾』をケルヴィムに向けて連射する。
全て回避して距離を詰めようと近付くが、腕から木が高速で生え、ケルヴィムを襲う。
「(これは、迂闊に近づけないか)」
【収納空間】から武器を取り出したいが、『種子弾』で邪魔をしてくる。
「(思うように動けないとは、何とももどかしいな)」
こうしている間にも、木の腕は2名を乗せて天高く伸びていく。
・・・・・・
一方、ルーテシアは木の腕にしがみついていた。
ドレスが枝に引っ掛かり、その弾みで宙を舞い、落下すまいと咄嗟に木にしがみついた。その拍子にドレスは派手に破けていた。
「くぅ、私のお気に入りだったのに……!!」
『女神の加護』で強化された身体能力でよじ登り、座れる場所まで移動した。
「ケルヴィムは、あそこね」
見下ろすと、ケルヴィムがスマイルと戦闘しているのが良く見える。
「このまま狙い撃ちよ」
手に雷を集め、スマイルに狙いを定める。
「死になさい!」
大きく振り上げたその時、座っている場所から一斉に木が生え始め、ルーテシアを縛り上げた。
全身を隅から隅まで木が絡み、指一本動かす事ができない。
「な、に?!」
「悪いがここまでだ」
縛ってきた木から声が聞こえる。顔の横の太い枝がパキパキと音を立てて口と目になる。ダリダリだ。
「『同族同化』。俺は木だからこんな風に同化する事もできる。他の奴はできないみたいだが?」
「こ、の……! 離し、なさい!」
「言っただろ? ここまでだって」
細い枝がルーテシアの耳へ侵入する。肌には根を張るようにして極めて細い枝が張り付いていく。
「ひい!!?」
「それじゃあ脳を貰うぜ?」
『植林寄生』
耳から入った枝は脳への最短ルートを突き破って進み、脳へ到達する。脳へ到達した枝は脳を隅々まで侵食し、意識も、思考も、記憶も、全てを掌握した。
体を張っていた枝も、毛穴から侵入し、神経を蝕み、あっという間に全神経を制圧した。
この間、ルーテシアは激しい痙攣を起こしていたが、全てが終わった頃には、動かなくなっていた。
「……ん」
次にルーテシアが動いた時には、全てがダリダリへと変わっていた。
拘束していた木が離れ、まるで繊細な装飾を施したような木の線が全身に張り巡らされていた。軽く動作を確認して、ゆっくりと立ち上がる。
「さて、あっちはどうかな?」
ダリダリはルーテシアの体で、決着を見下ろす事にした。
・・・・・・
ケルヴィムとスマイルは一種の膠着状態だった。
ケルヴィムはスマイルの攻撃を躱しつつ接近するが、下から生えてくる木で邪魔される。
「(鋼糸も使えず、鋼球も出せない。かと言って接近戦もできない。状況を打破するにはどうすれば……)」
スマイルの攻撃を躱しながら考えている最中、それは起こった。
全身に激痛が走り、呼吸ができなくなったのだ。
呼吸をしようと藻掻くが、いくら深く呼吸しても、空気を取り込むことができない。
「ッ!? ッ!!?」
声も出せず、前のめりになりながら悶絶する。その悶絶が仇となり、木から足を滑らせた。
そのまま砂浜へ落下し、全身を強く打ってしまった。
全身の激痛は収まる所を知らず、その場でもんどりを打つしかなかった。
「さっき当てた『散弾種子』、正体は『鱗粉花』という花の種です」
スマイルは【浮遊】でゆっくりと降り、ケルヴィムの前に立つ。
「その名の通り、この花の種子は鱗粉の様に小さいのです。貴方に撃ち込まれた後、血管を通って全身に回り、時間経過で急成長、今は貴方の全身から咲き乱れる事でしょう」
スマイルは、見下すような目でケルヴィムを見ていた。
「お前ら人間は、花の養分になる事すらおこがましい。だから、苦しんで苦しみぬいてから、死ね」
『植物生誕』『木剣』
木の剣を手に取り、ケルヴィムに突き刺した。
「ッッッッッ!!!!!」
激痛に追い打ちをかけ、ケルヴィムの目から涙がこぼれていた。
それを無視して何度も、何度も剣を突き刺す。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね」
その表情に慈悲は無く、あったのは、激しい憎悪だけだった。
「ッ!! ッ!! ッ!!!」
ケルヴィムは急所を外され死ぬに死ねず、拷問の様に痛みつけられるだけだった。
とうとう耐え切れず、失神してしまう。
それでも突き刺すことを止めず、スマイルは大量の返り血を浴びていた。
もう一度刺そうとした時、その手を止められた。
止めたのは、ルーテシアの体を乗っ取ったダリダリだった。
「そこまでだスマイル。そいつはお前の家族を奪った人間じゃないだろ?」
「………………」
沈黙の後、剣を持つ手が緩み、砂の上に落ちる。
「……見苦しい物を見せたね」
「構わねえよ。先に戻ってな、後始末は俺がやっとく」
「でも、もう一人異世界人が……」
「あいつはもう無力だぜ? ほれ」
ダリダリが指を差した方向に、マッケンが眠って倒れていた。
「睡眠香で眠らせたのさ。魔術に耐性ありそうだったから、物理で眠らせた」
「そうか、じゃあ、頼むよ」
力無く返答し、その場を後にする。
ダリダリはその後ろ姿を見届けていた。
「……しばらくは、有給休暇使わせるか」
それから、ダリダリがマッケンを回収して撤退し、スマイルの植物は全て枯れ、崩れ落ちていった。
枯れ落ちた植物達の灰は、海風に飛ばされ、儚い幻の様に消え去った。
お読みいただきありがとうございました。
次回もまだまだ十二魔将達の戦いは続きます。
お楽しみに。
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