テルモピラーの戦い:Ⅱ
レオールと転移者達が対峙する数分前
テルモピラーの中では各自が配置につき、いつでも作戦行動できるようになっていた。
魔への谷のゴーレムを操作している『クィントゥス』は周囲の監視を続けていた。
「こちらスキャン1。敵の大部分が『罠』で脱落したのを確認した」
『了解。引き続き監視を続行せよ』
「スキャン1了解」
作戦行動中での連絡の際はコードネームでやり取りする。名前だと長い者もいるので混合しないようにするためだ。
「(父さんは、転移者と接触したかな……)」
クィントゥスは兄弟の中でもかなりの心配性だ。以前勇者と1万の軍勢が押し寄せた時も作戦中ずっと落ち着かなかった。ソワソワして集中が欠けていたのだ。
「クィントゥス、大丈夫だ」
それを感じ取った同じ監視役の『マルクス』が横から声をかけた。
「マルクス兄さん……」
「確かに今回の勇者、転移者は脅威度が高い。一筋縄ではいかないだろう」
10段階に分けられている脅威度だが、分け方の目安は魔獣の等級と変わらない。これは魔獣との差別化を図るためだ。
1~2は下級未満、3は下級並み、4は中級並み、5は上級並み、6は超級並み、7~8災害級並み、9~10はそれ超えていると判断される。
7~8の相手が1人ならいいが、それを3人同時に相手にするとなれば善戦はできない。
「でも、父さんなら勝つさ。そのために僕らもいるんだから」
マルクスは笑顔と共にクィントゥスに答えた。
「……そうだね。全力でフォローしよう!」
「その意気だ」
互いに自信を持ち、指示を待つ態勢を整えた。
その数秒後、レオールと転移者達の戦いが始まった。
・・・・・・
『猛獣の咆哮』!!!
先に仕掛けたのはレオールだ。地面を抉る威力の厳つ声が転移者達に音速で向かう。
【防壁】
しかし、転移者達はこれを魔術一つで防いでしまった。防御から漏れた地面は抉られ、吹き飛んではいるが当人達は全くの無傷だ。
「下品な声だ。やはり魔族は知性の低い獣だな」
マルガリータが鼻で笑いながら貶した。
「そんな下等種族に本物の攻撃を見せてやる。有難く思え」
『大気に舞う水の魔力よ! 我が名に従い
ヒュン、と、マルガリータが詠唱を始めたのと同時に、テルモピラーから攻撃が飛んで来る。
だが、間一髪のところで防がれてしまった、
防いだのは銀色に輝く液体だった。飛んで来た弾丸を吐き出し、地面に転がす。転がった弾は3発だった。
「頭を一点集中か。魔族のくせに大した精度だ」
液体を操っていたのはバベッジだ。彼の周囲に徐々に溢れ始め、包むようにして形を変える。
「な、何を……!?」
「勘違いするなよ。同じ貴族のよしみで助けただけだ。隙を見せれば急所を撃たれるぞ」
こう話している間にも、音の無い攻撃が連続していた。
最初の実弾以降は【隠密】で隠された魔術弾だ。純粋な魔力だけの弾で、当たれば簡単に人間を貫通する。今はバベッジが展開している液体で防ぎきっている。防ぐ度に金属同士がぶつかる様な音が鳴り響く。
「(これは厄介だ……。物理的に頑丈な物でなければ防ぎきれない)」
何故【防壁】で守っていないのか。それは最初の弾丸が【防壁】をすり抜けてきたからだ。
バベッジが発動しているユニークスキル『流体金属』には、『自動防衛機能』が備わっている。これは【防壁】と言った【防御魔法】が破られた際に自動で発動する派生スキルだ。
さっきはマルガリータを守るために自動発動したのだ。つまり現在進行形で発動している【防壁】を無視して攻撃してきている事になる。
バベッジは他の2人を同時に守りながら、テルモピラーへの攻撃の算段を考える。
「(このままだと埒が明かない。どうにかして応戦しなければ)」
バベッジはスキル『透視』で流体金属の向こう側を確認する。
透視した直後、目に飛び込んできたのは、レオールが上から落ちてきて、金棒を目の前で薙ぎ払う直前の姿だった。
「あ?」
次の行動に移そうとしたが、既に手遅れだった。
『地獄堕』!!!
全力で薙ぎ払われた一撃で、バベッジの『流体金属』は全て吹き飛ばされ、衝撃波で爆発が起きた。大量の土煙が上がり、辺り一面が視界不良になった。
・・・・・・
土煙が上がり、何も見えなくなったクィントゥスとマルクスはゴーレムを全稼働させて状況を確認する。
『スキャン1! 確認できたか?!』
「こちらスキャン1! 視認できませんが、魔力反応は確認できます! 全員変化ありません!!」
『トドメにならなかったか! 引き続き監視を!』
「こちらスキャン2! 煙が晴れてきた! もう少しで視認できます!」
土煙が晴れ、徐々に状況が見えてきた。
「……え?」
『スキャン2、状況を報告せよ!』
「え、あ、そんな」
『どうしたマルクス!? 状況報告!!』
マルクスの眼に映ったのは、信じられない光景だった。
・・・・・・
「ぐ、あ」
レオールの放った一撃は確かに届いていた。
だが、それは余波でしかなかった。
「全く、いつまで私を待たせるつもり?」
金棒はたった一人の少女によって止められていた。しかも片手でだ。
「……申し訳ない、レディ・メリーゴーランド。貴方の手を煩わせてしまった」
バベッジが申し訳なさそうに謝罪した。マルガリータも苦い顔をしている。
「もういいわ。すぐに片を付けましょう」
そう言って片手に持っている紅い大剣は、レオールの腹を貫いていた。
生物めいたその大剣は、今までどこに隠していたのか分からない程巨大な物だった。それがいきなりレオールの目の前に現れ、腹部を貫いたのだ。
「(馬鹿な、この至近距離まで近付いて気付かなかっただと……! 俺とした事が、不覚を取ったか……!)」
何とか抜こうとするが、細かい返しが付いており、簡単に抜けない。
この隙がさらにレオールの状況を悪くした。
【水龍連射砲】!!!
『鉄槍』!!!
マルガリータの強力な水の連撃と、バベッジの金属の大量の槍がレオールの身体を更に傷付ける。
【身体強化】で強固な肉体に仕上げていてもなお深く突き刺さるその威力は、レオールに深手を負わせた。しかも、声を使って攻撃する事も考慮して喉を潰してきた。金棒を持っている右腕にも相当の数の攻撃が入る。
「ッッッ!!?」
「ふははははは!! どうした魔族!? 無様に鳴いて見せろ!!」
マルガリータの汚い声がレオールを嘲笑う。
レオールは脱出しようと後退するが、大剣が中々抜けない。金棒も掴まれてビクともしなかった。
その間にも、攻撃が続行される。
攻撃を受ける度に傷が増え、血が噴き出し、力を奪われる。
『猛獣の咆哮』、『蛮族の祀り火』は口から吐き出して使う技だ。喉を潰された今、それらに類する技は使えない。金棒を掴まれて『地獄堕』、『灼熱堕』も使えない。抗う術が無いのだ。後方支援を頼もうにも、レオール自身が邪魔になって転移者達に攻撃できない。完全に打つ手無しの状況になっているのだ。
「(ま、ずい。このままでは、負けて、しまう……!)」
攻撃が遂に内臓に達し、吐血してしまう。
足元には大量の血が溜まっていた。かなりの量が出ていて、いつ失血死してもおかしくない量に見える。
「(すまん、我が子達よ。俺が不覚を取ったばかりに……)」
遠くなり始める意識の中で、息子、娘達の顔が見え始める。
「(トーリ、クィントゥス、マルクス、リョーショー、シィカ、クセル、クセス……。ああ、ダメだ……。意識が、遠く……)」
暗くなる意識の中で、最後に見えたのは、バエリアだった。
「(バエリア……。すまない。俺は、お前と……)」
その時、脳裏で閃きが起こった。
「(……血?)」
自分の血を改めて見た。
「(水、流体、魔力)」
点が、一つの解に繋がろうと結ばれ始めた。
「(バエリアの、技は)」
そして、閃きと解が合わさった時、レオールに新たな力を呼び覚ました。
「……?」
メリーゴーランドは抵抗が無くなってきたレオールから、妙な魔力を感じた。というより、『溢れ出している』のを感じた。
「(何かしら? この感じ?)」
疑問に感じていると、大剣から伝ってきたレオールの血が手に流れてきた。
「……汚い血」
早々に拭き取ろうと魔法で洗い流そうとする。
その時、手に付いた血から強烈な殺気を感じた。
「ッ!!!!!」
殺気に気付いたメリーゴーランドは、咄嗟に距離を取ろうと金棒から手を離し、大剣を抜こうとする。しかし、大剣はそう簡単に抜けそうに無い。自分がそう刺さるようにしたからだ。
「2人共!! 離れなさい!!!」
「え?」
「は」
間抜けな声を出して、動作が一つ遅れる。
その隙を、さっきの仕返しと言わんばかりに突いた。
『衆合地獄・鉄血山』!!!
レオールの足元にできた血溜から大量の針が一瞬にして飛び出した。
バベッジとマルガリータは【防壁】で防ぐが、すぐに割れ始め、後退せざるを得なかった。
「くっそ!!」
「ちい! しぶとい!!」
メリーゴーランドはどうにか大剣を抜き、距離を取っていた。
針の長さは20mにもなり、一本一本が【防壁】を簡単に破ってしまうほどの威力がある事が分かる。
「(どういう事?! さっきまで瀕死のはずでは……?!!)」
狼狽していると、上から大量の矢が弧を描いて飛んで来た。
「ちい!」
咄嗟に【防壁】で守り、全ての矢を弾く。
その間に針山に隠れていたレオールはテルモピラーに向かって後退していた。
『レオール様! そこで止まって下さい!!』
【念話】で聞こえた声に従い急停止する。
そこへ立て続けに魔術弾が何十発も撃ち込まれた。
【回復弾】
魔術弾は攻撃だけでは無い。弾に込めた魔術によって遠距離からの治療、強化も可能だ。
レオールの傷は徐々に癒えていき、出血も収まった。潰れた喉も治っていく。
「あー、あー、あー」
声帯の状態を確認し、問題無く声が出せる状態になった。
「(さて、どうするか)」
今はテルモピラーからの攻撃で足止めできているが、弾も矢も無限では無い。その内尽きるのは目に見えている。
転移者達の能力を見誤ったことを反省し、ここからどうするかを考える。
「(接近戦はあの少女で止められてしまう。遠距離攻撃は液体みたいな金属で止められてしまう。そして中距離だと水鉄砲が飛んで来る)」
状況を整理し、相手の良い所を洗い出す。そこから悪い所も見つけていく。そして、改めて策を練る。
この間、僅か10秒。
レオールの戦場における思考の速さは十二魔将の中でトップだ。
故に、『闘将』。
深呼吸をし、金棒を構え直す。【念話】でテルモピラーにいる兵士全員と繋いだ。
『……これより作戦を伝える。一度しか伝えん。聞き漏らすなよ』
お読みいただきありがとうございました。
次回、反撃開始。
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