魔王、そして風と夢の少年
少年は、風に乗って、夢を乗せて
魔王城に到着した一行は、ラディオンに案内されて、応接室に通された。
通った廊下もそうだったが、応接室も立派で、華美過ぎない内装だが、隠しきれない荘厳さがあった。
「もう少ししたら魔王様との謁見だ。大人しく待っていろ」
ラディオンはそう言って部屋を後にし、5人は部屋に残された。
「………………凄かったな、都市」
「ええ…………」
飛蓮と青子はさっき見た都市の凄さが忘れられず、呆然としていた。影宮と田畑中はあまりの複雑さに酔ったのか、ぐったりしていた。
ソファにもたれかかって休んでいると
「……あれ? ペティはどこ行った?」
ペティがいないことに気付いた。
・・・・・・
ペティは1人、魔王城を飛び回っていた。
さっき見た都市の凄さに興奮し、その興奮が収まらず、魔王城を探検し始めたのだ。
『ワンダーギャラクシー』で光の粒子と星の尾を引かせながら低空飛行し、緩やかに回転してバランスを取り続ける。たまに波を打つように飛んだりして、抑揚をつけている。
ペティは満面の笑顔で飛び回り、魔王城のあらゆる物を見ようとしていた。
その途中
「貴様、何をしている?」
振り向くとそこには、褐色のエルフの女性がいた。
銀髪のロングテールに、琥珀色をした鋭い眼、全身引き締まったスレンダー体型の美女だ。
十二魔将の一柱『マリーナ』である。
ペティはマリーナを上空から見ていた。
「ハウ アー ユー?」
「それはこちらの台詞だ。降りて来い」
マリーナは睨みをきかせ、遠距離でもペティにプレッシャーをかける。ペティはマリーナの気迫にビビり、ついその場から飛んで逃げてしまった。
「あ! 待ちなさい!!」
マリーナはペティを追うが、魔王城は『城内飛行禁止』だ。
追跡のためだけにその規則を破るのは、マリーナとしてはよろしくない。なので、足を付けていい場所に足をかけながら、何度も跳躍してペティを追いかける。
ペティはマリーナの尋常ではない勢いに、慌てながら何度も柱を潜り抜け、複雑な道順でマリーナを撒こうとしていた。
(ええい! 何故追い付けない!?)
マリーナは全速力で追いかけるが、どうしても距離が詰まらない。いくら速さを上げて手を伸ばしても、寸でのところで離れてしまう。
そんな不可思議な現象に苦戦しながら、追跡を続ける。
その様子を、招集されていたクトゥルーとアギパンが見ていた。
互いにペティをジッと見ながら
「「あれは捕まらない」」
同じ結論を出していた。
「絶対に安全に飛行する能力って感じね~。だから接触事故も起きないようになってるわ~」
「あの少年だけしか飛ぶことを考慮していないのなら、マリーナの重さを足した場合に墜落するじゃろう。それを避けるために能力が寸での所で回避しておるんじゃろうな」
「ま、しばらくしたら諦めるだろうから、放っておきましょ」
そう言ってクトゥルー達は謁見の間へ向かう。
ペティとマリーナは追いかけ合い、中庭へと出る。
「うわわ!!? まだくる!?」
「いい加減止まりなさい!!」
壁が無いので、マリーナは一旦地面に降りて追跡を続ける。
マリーナが走り抜けた傍で、スマイルとティターニアが談笑していた。通り過ぎていくマリーナをつい目で追ってしまう。
「どうしたんでしょうか? 城内であれだけ走るなんて……」
「ふふ、ちょっとした追いかけっこをしてるのよ」
「はあ」
微笑むティターニアに小首を傾げるスマイルだった。
再び廊下へ戻り、ペティは柱を利用しながら追跡を振り切ろうと飛び回る。
「ん?」
ヴァンダルは後ろから迫る気配に気付き、咄嗟に振り向く。後ろからペティとマリーナが縦横無尽に追いかけ合いをしている真っ最中だった。
「おいおい、城内で暴れ回るんじゃないぞ」
「不審者の追跡です!!」
ヴァンダルの注意を言い訳で返し、マリーナはヴァンダルの上を飛び越えながらペティを追いかける。
「で、その少年を見失ったと」
「面目ない……」
レオールとラディオンはいなくなったペティを探していた。
レオールは先程転移装置でやってきたばかりだが、ラディオンがペティを探している所に遭遇し、今に至る。小走りで廊下を移動しながら、ペティを探し続ける。
「少年は130ない位だ。俺達の巨体だと見つけにくいかもな」
「踏み潰す事は無いが、見落とす可能性は高いか……」
そんな2名を横目に、吹き抜けを挟んだ反対側の廊下をペティとマリーナが駆け抜けていた。
ペティとマリーナは階を移動し、城壁の上にある通路に出る。
それを別の階の窓から、リリアーナとフェニーチェが見ていた。
「何か遊んでるわね、マリーナ♥」
「これから面倒な仕事が始まるというのに、面倒事を増やしてるのかあの女?」
「見た感じ、この間来た異世界の男の子を追いかけてるみたいね♥」
「ふん。無害なのは見て分かるのだから、放っておけば良いものを」
「それがマリーナらしいわ♥」
楽しそうに見つめるリリアーナと呆れた様子で見るフェニーチェは、早々に部屋へ戻った。
また城内に戻って来たペティとマリーナは、訓練場がある広いスペースに出た。
「もういい加減にしろ! さもなくば……!!」
逃げ続けるペティに業を煮やしたマリーナは、腰に吊っている剣に手を伸ばす。だが
「おっとそこまでだ!!」
突然割って入ってきたビクトールに邪魔される。巨体のせいで完全に攻撃範囲を防がれてしまった。
「退け! 不審者をこれ以上野放しにはできん!!」
「落ち着けマリーナ。彼は無害だ!」
互いに向き合ったまま止まり、硬直状態に入る。その隙にペティは訓練場から脱出する。
マリーナは剣に手を掛けたままビクトールを睨む。
「何故邪魔をした? 理由によっては……」
「俺の野生の勘が、敵では無いと言っている」
マリーナはビクトールの自身のある言い方に、剣の手を止める。
こう言い切るビクトールは、何よりも確信がある状態の時だ。それは何十回も共に戦った戦士だから知っている。
マリーナはソッと剣から手を離す。
「……分かった、信じよう。ただし、もしもの事があれば……」
「分かっている。責任は取る」
「ならいい」
そう言って剣から手を離し、追跡を止めた。
「もうお話終わり?」
突然横から大きな声がした。
マリーナは咄嗟に大きな声のした方を見ると、そこにはシヴァがいた。
「シヴァ?! どうして貴方が……!?」
「えへへ。がんばってスキルを抑えてみたの!」
『スキル『抑制』を手に入れましたので、試験的に活動の場を広げています』
シヴァとシステムトリムルティが嬉しそうに答える。どちらも前より表情が明るく見えた。マリーナは微笑んで
「そうか……、良かったな」
素直に喜んだ。
如何せん、シヴァはスキルのせいで不自由な生活をしていたため、その束縛から解放されるなら、それに越したことはない。
嬉しそうにニヘッと笑うシヴァに、マリーナとビクトールも笑顔になった。
そんな笑顔とは裏腹に、ビクトールは少年の飛び去った方を見る。
(さて、あの少年。どこへ行くつもりだ……?)
一方、魔王は異世界の者達と出会う前に、日課の塔の上での【魔法弾】の鍛錬をしていた。
こういった練習は欠かさずやるのが、強さの秘訣なのだ。
「……そうか、ご苦労だったな。サラン」
『いえいえ、これも『密偵』としてのお役目ですので』
魔王は鍛錬の最中、サランと【念話】で会話していた。
ムウマ王国のサランは、魔王が独自に人族領に潜伏させた『密偵』のメンバーだ。
人族領で密かに情報を集めるために、人に化けたり、影に隠れたり、擬態したり、はたまた姿を消して潜入する。
潜入した後は情報を集め、魔王に報告している。場合によっては、噂や情報を流して人族領の者達を操作する役目も担っている。だが、あくまで民衆の操作しかできないため、独裁国家等に関しては出来る事は限られている。
今回のムウマ王国は親魔族派のおかげもあって、割とすんなり上手くいった方だ。
「ご苦労だった。しばらく休むといい」
『仰せの通りに』
サランとの連絡が終わり、魔王は謁見の準備のために【魔法弾】を消滅させる。
「…………恐れずに近付いて来るか」
ゆっくりと振り向くと、ペティが宙に浮かびながら魔王を見ていた。
ペティは魔王の風貌に恐れを見せず、興味津々の様子だった。
「イッツ クール……!」
「英語……、日本語訛りか。異世界の言葉でよく聞く」
魔王は魔都が見える方を向いた。
「この魔都はどうだ?」
自身が創り上げた都市を見下ろしながら問う。ペティは少し考えて
「すごい! と思う!」
キラキラした目で答えた。魔王は少し微笑み。
「そうか。シンプルだがいい答えだ」
魔王はペティと向き合う。
「お主、名は何と言う?」
「ペティ!」
「ペティ、か。家名も教えてもらおうか」
「かめい?」
ペティは小首を傾げた。
「苗字、と言えば通じるか?」
「みょうじ、みょうじ……」
ペティは記憶を辿り、自身の苗字を思い出そうと頭を回す。
「うーん、みょうじ……」
父と母の会話の記憶を辿り、一度だけ、看護師に呼ばれたその名を思い出す。
「あ! あれだ!!」
「思い出したか」
「うん! ペティのみょうじはね!」
「ヴェンガドール! ペティ・秋桜・ヴェンガドール!」
その名を聞いて、魔王の眼が見開いた。
ずっと探していた、その名前を。
「そうか、お主が…………」
「?」
魔王はソッと、ペティを抱き寄せる。そして、優しく包み込んだ。
「ハグ?」
「ああ、そうなるな」
「ようこそ、我が父、ロンドベル・秋桜・ヴェンガドールの親族よ。歓迎するぞ」
魔王は、三千年以上も前から探していた手掛かりを、ようやく見つけた。
お読みいただきありがとうございました。
次回から最終章『Ruler』に入ります!
あともう少しで完結ですが、どうか応援よろしくお願いします!
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