出発、魔への谷へ
最初の目的地へ
5人が異世界に召喚されて1週間が経った。
人族領の情勢を講義してもらい、基本的な知識も教えて貰った。その間に王様が諸外国に召喚した事を報告し、円滑に魔族領へ行けるよう外交を進めてくれた。
そして今日、旅立ちの日となったのだ。
・・・・・・
王城前
「随分と突然っすね」
馬車へ荷造りを進める中、飛蓮は急に決まった事に疑問を抱いていた。
「皆様には申し訳ないと思っております。しかしながら、諸外国から急ぐよう要請がありまして……」
ゴンザレスは申し訳なさそうに頭を下げながら作業を進める。飛蓮はそれ以上責めても意味が無いと悟り、口をつぐんだ。
一方で、
「ファースト トリップ たのしみだなあ」
ペティはウキウキと楽しそうに準備を進めていた。
「……お前はいつも楽しそうだな」
飛蓮は嫌味っぽく言うが、育ってきた環境が環境だけに、あまり強くも言えない。しかしペティは
「うん! すっごくたのしい!」
満面の笑みで答える。
「あるくのも、たべるのも、おはなしするのも、本をよむのも、ぜんぶたのしい!!」
無邪気に全てを楽しんでいる様子は、飛蓮には眩しすぎた。
飛蓮は目を逸らしつつ、作業を進める。と言っても、鞄3つを馬車に載せるだけのため、5人の作業は1時間もしないで終わった。
5人の出迎えには王を含め、城に勤める多くの人達が集まってくれた。
「私達の勝手な都合で長い旅に向かわせることになってしまって、何度謝っても足りないくらいだ。後は、ここから君達を送り出す事しかできない」
「私もご同行したかったのですが。情勢問題が立て込んでおりまして……」
この1週間の講義で、ムウマ王国の事情も教えて貰った。
諸外国との関係は良くも悪くも無い。しかし、一歩間違えれば簡単に崩れてしまう関係でもある。それも要人の機嫌一つでだ。
そんな危うい情勢のため、緊張感が高まっている時は、気を張っていないといけないとのことだ。
それを理解した上で、5人は馬車の数だけの御者、それぞれに付くメイド1人ずつ、護衛の騎兵10名の最低限の人数で出発することになった。
「この1週間、色々とお世話になりました」
田畑中は代表として、出迎えに来てくれた人達に挨拶をする。
「皆さんのおもてなしの数々、一生忘れません。心より御礼申し上げます」
深々と礼をして、感謝の意を伝える。
「こちらこそ、過酷な旅をお任せするのに、快諾して頂き、感謝申し上げる。……どうか、気を付けて」
王も感謝の言葉と激励を送り、5人の安全を祈願した。
5人は馬車へ乗り込み、王達に見送られながら発進する。
「お気を付けてー!」
沢山の人に見送られながら、馬車はゆっくりと走っていく。
馬車が見えなくなり、ポイティ王は手を振る腕を下ろす。
「…………サランも行ったか?」
「はい。バレない様にコッソリと」
「うむ。私は動けないが、彼女なら問題無いじゃろう」
サランはこの国に住む魔女ではあるが、地位があるわけではない。なので、何か政治的な物で縛られることはない。その立場を利用して、今回5人の護衛として付いていくことにしたのだ。
「頼んだぞ、サラン」
王は静かに、異世界の使者を託すのだった。
・・・・・・
出発してから7日
5人と護衛達は休憩を挟みながら、順調に進んでいた。
いくつかの国を跨いだが、ポイティ王の外交のおかげで難なく通過した。今は進行ルートの近くにある湖畔で食事を取っていた。メニューはサンドイッチだ。
「ここまで順調すぎて逆に怖いわね」
青子は澄み渡る青空を見上げながら呟く。
「同意見だ。魔物も出るとか言ってたが、出て来るのは草食動物ばっかだ」
飛蓮も同じ意見だった。講義で教えてくれた内容より、あまりにも平穏だった。嵐の前の静けさなのか、単純に平和なのか、分からない位何も起きない。
「まあまあ、何も起きないならそれに越したことはないじゃないですか」
田畑中は2人を宥めながら、コーヒーをすする。
「確かに田畑中さんの言う通りです。災難は無い方がいいですから」
影宮もお茶を飲みながらのんびりするのだった。
そんな呑気な雰囲気でいると、
「あれ? ペティは?」
ペティの姿が無かった。辺りを見渡すと、
「あ、いた」
ペティは湖の上をスキップしていた。
楽しそうに跳ね回り、跳ねる度に光の粒子と小さな星が周囲に飛び散っている。まさにファンタジーの様な光景だった。
4人はすぐ近くにいたことにホッとしながら、その様子を眺めていた。
「ああ、またスキルで飛び回っていたのか……」
飛蓮は半分呆れていたが、楽しそうにしている姿を見て、文句も言えなくなった。
「ペティ君のスキル『ワンダーギャラクシー』。星と光を発生させながら、飛んだり浮いたりすることができる能力、でしたか。王道なスキルでいいですね」
田畑中は親戚の子供を見るかの様な優しい目で見守る。
「私のスキルは戦闘向きですが、ああいうのも風情があって素晴らしい」
「田畑中さんは、巨大ロボットを呼び出す能力でしたっけ?」
影宮は1人早く食事を終え、口を拭いていた。
「私の『メイクアップ』もペティ君と同じ非戦闘系。戦闘系なのは田畑中さんと青子ちゃん、それに飛蓮君が持っていますよね」
「はい。私の『鋼の勇者』は昔見た巨大ロボを召喚するスキルですから、戦闘系で間違い無いかと」
「私の『カラーズ』は色を生み出し、色に合った現象を起こす能力だから、一応戦闘系ね」
「…………俺の『アキレス』も戦闘系だな。使用限界は早いけど」
それぞれのスキルの話をしているうちに、ペティが戻って来た。
「ただいまー。またせちゃった?」
「いえ、問題ありませんよ。楽しかったですか?」
影宮がそう尋ねると、ペティは満面の笑みで
「うん! 楽しかった!」
嬉しそうに答えた。
その笑顔に、3人の心は温かくなった。飛蓮だけは直視できず逸らしてしまったが。
「そろそろ出発します。馬車に乗って下さい」
兵士の1人が駆け寄り、5人に声を掛ける。5人は後片付けをして、馬車へと戻る。
「目的地まで後どれくらいなの?」
「えっとですね……」
青子の質問に、兵士は地図を開いて確認する。
「このまま順調に行けば、明日には到着します」
「そう。後もう少しなのね」
「確か、魔族領への入り口って言われている……」
影宮は以前教えて貰った地名を思い出す。
「『魔への谷』だったわ」
・・・・・・
翌日
昼前に魔への谷の入り口に到着した。
谷は山脈に切れ目を入れた様に存在し、谷の側面は果てしなく高い壁の様になっていた。その高さは、1000mは下らないだろう。
5人は馬車の窓から谷の外観を見て、そのスケールの大きさに驚くばかりだった。
飛蓮もまた、例外ではない。
(マジかよ……。こんなにデカいとは聞いて無いぞ……)
もう少し低いと思っていたので、想像以上の高さに驚きを隠せなかった。
しばらく振動が続く道を進むと、正面に巨大な要塞が見えてきた。
谷の出入りを阻む様に建つその要塞は、いつ攻撃して来てもおかしくない装いをしており、凄まじい威圧感を放っていた。
田畑中はその威圧感に、思わず息を飲んでしまう。影宮、青子、飛蓮も緊張が張り詰める。ペティは1人ワクワクしていた。
要塞の前で馬車が停まり、騎兵達の行進も止まる。その時、
「所属と用件を述べよ!!」
要塞の小窓から、誰かが大声で叫ぶ。先頭の騎兵が一歩前に出る。
「ムウマ王国所属!! 異世界人一行である!! テルモピラーの通過を許可願いたい!!」
大声で答えた。小窓からの声の主は、答えを聞いて奥に引っ込んだ。
(……? 何で普通に会話してるんだ? 確か魔族とは断交しているって……)
飛蓮は疑問と疑念を抱いたが、
「開門!!」
誰かに聞く暇もなく、門が開かれた。
そこで待ち構えていたのは、テルモピラーの戦士達と、テルモピラーを守護する十二魔将の一柱、『闘将』レオールである。
「待っていたぞ、異界の者達よ」
レオールは不敵な笑みを浮かべ、一行を歓迎した。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『黄金の海原を進む』
お楽しみに。
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