アンシェヌ、四度目の人生 Ⅱ
彼女の本音は
月が上がり始めた夜
アンシェヌは自宅のある孤島へと帰ってきた。
飛行艇で近くの着陸できる島で降りた後、【飛行】でこの島まで帰って来る。飛んで20分かからない距離にあるので、そこまで遠くない。
部屋の灯りをつけ、帰宅して早々に鎧を脱ぎ、ラフな格好になる。家は一階平屋で一人暮らしをするには狭くも広すぎも無い丁度いい感じの広さだ。
台所の冷蔵庫を開けて瓶に入ったビールを開ける。ソファにドカッと座りながらビールを飲み始めた。
「んぐ、んぐ、んぐ……、ああ」
ある程度の量を飲んで口から離し、瓶をテーブルの上に置く。時間を確認して通信用魔道具を作動させた。
『やあアンシェヌ、元気そうだね』
相手は同時にこちらへ来た博士だ。
「そっちこそねー。皆は元気でやってる?」
『何とかな。人族の里に来た当初よりは安定している』
人族の里
異種族での諍いは時代が変わっても少なからず存在する。特に人族に対しては極端に嫌う者が多い。
諍いによる問題の取り組みの一環として、魔族領に人族専用の街がある。魔族領に入ってきた人族は馴染めなかったなどの理由でこの街に住まいを置いたり、余生をここだけで過ごす者も珍しくない。
転移転生した人族も大抵この街に住んでいる。特に問題を起こさなければ追放される事も無いし、魔王直属の部下がたまに視察に来るので無闇に力を振るう者もいない。犯罪率はとても少ないので住みやすいのだ。
女神が一斉転移転生させた者達はアンシェヌを除いた全員が人族の里にいる。
一斉に攻め込んだという悪評が立っているため、とてもじゃないが魔族の街で過ごす事は出来ない状況だ。人族に遺恨がある高齢のエルフ族を筆頭に様々な者が触れ回っているため、100年は無理だろうとのことだ。
アンシェヌはその悪評を少しでも払拭するために魔獣討伐の仕事をしている。
「元気そうなら良かったよ。こっちは大変だけど充実してる」
『3回も転生すれば多少は慣れるものではないのか?』
「そうでも無いよ。人生をやり直せるっていう響きはいいかもしれないけど、何度もやると感情が死んで来るんだよねー」
ビール瓶を揺らしながら外を眺める。
「大人の頭で子供からやり直すと何て言うのかな、ズレるんだよ。意識と感覚が繋がらない。そんな違和感を覚え始めて、前回はそれのせいで歩く事すらままならなかったね」
『まるでロボット操縦の様な話だな』
「まさにそれ。慣れるまで大変だったのは記憶に新しい」
またビールをグビグビと飲む。
「っはあ。……転生前はただの専業主婦、1回目の転生で勇者をやって、2回目で魔剣士で世界を救った。そして3回目の転生でここにいる。なんとまあ数奇な人生だこと」
『飲みすぎなんじゃないか? いつもの君らしくない』
「いつもねえ、私のいつもってどれなのかしら、ねえ……」
ウトウトし始め、空になった瓶を床に落としてしまった。
「ああ、ごめん。ちょっと眠いや……」
『疲れているのだろう。すぐにでも睡眠に入ると良い。通信を終了するぞ』
「そうする……」
博士との通信が切れ、アンシェヌは瓶を拾いテーブルに置いてソファに横になる。
「(本当の私って、何だろうね……)」
意識が遠くなり、ゆっくりと眠りについた。
・・・・・
次の日
アンシェヌは『魔獣先行監視隊』の飛行艇に乗り、報告のあった現場へ向かっていた。当人は出撃命令が無い限り仕事が無いので、甲板で風に当たりながら時間を潰している。
「アンシェヌさん」
後ろから声をかけてきたのはオーク族の男で隊員の『マンボ』だ。
「どうしたのマンボくん?」
「ここにいると冷えますよ。中に入ったらどうです?」
「私はここでいいよー。前に陰口聞いちゃったし」
マンボは気まずそうに顔を掻く。
「あの時の連中は別の部隊に異動になりましたよ。だから気にすることなんてないです」
アンシェヌは微笑んで、
「マンボくんは優しいね。でもそれが普通だよ。元々敵だったんだから」
「アンシェヌさん……」
マンボはどこか寂しそうな表情になる。
「そんな顔しないでよー。ほら、皆の所に戻りな」
「……寒くなったら入って来て下さいね」
少ししょぼくれながら、マンボは中へ戻って行った。アンシェヌはその背中を見送る。
「(ごめんね。でも、君まで嫌われたりしたら、私が嫌だから)」
心苦しさを感じながら、アンシェヌは空を見上げた。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『4人目 ガイア・ヤマダ Ⅰ』
お楽しみに。
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