2人目 トキトウ・ウメモト Ⅱ
そして彼は引きこもった。
ザバファール大陸 ニドレス島
「つーわけで、こんな姿になったわけです」
トキトウは数週間前の話をしながら盤の駒を動かした。
「なるほどのう、そりゃ難儀じゃったな」
相手の老男も駒を動かしてトキトウの駒を取る。
「3階層13刻目じゃ、4階層を開門するぞ」
「なら俺は生贄を使って強欲の将を現界。更に2階層に魔獣兵を出陣させる」
対応した駒に取り換え盤面を揃えていく。
「ワシは怠惰の将を現界。4階層に飛龍を出陣」
「あー、怠惰か……。とりあえず1階層と3階層を選択。追加で合成して重装屍を現界」
駒を動かしまた取り換えた。
彼らがやっているのは『無限戦記盤』というチェスの様なボードゲームだ。
ターン経過で盤面が増え、様々な手段で駒を強化、増殖させ最終的にマスター駒を撃破した方が勝者となる。魔族領ではメジャーなボードゲームで、極めるのに100年は必要だと言われている。
まだまだ序盤だが、互いに淡々と駒を進めて展開していく。
「それで、お主はこれからどうするんじゃ?」
「この体じゃ仕事もままならないから温情で1年支援してくれるから、しばらくは自由にさせてもらうさ。まずはこの体に慣れる所からだけど」
「そうか。……しかし、このゲームのルールをたった1週間で理解し応用までできるとは、中々できるではないか」
「そりゃどうも。おかげで暇にならずに済んだよ」
駒を動かしあっという間に6階層まで開門する。
「今日1日で終わりませんよね、これ」
「今更じゃな。1週間は掛かると思え」
「爺さんも暇なのかよ」
老男はニカッと笑う。
「まあの、この別荘地の隣に住んどる隠居ジジイの暇っぷりを舐めるでないわい」
「自慢になってねえよ」
ニドレス島は魔族領で有数の別荘地であり、魔獣の出現率も低く、気温の上下も少ない快適な島だ。ただ、針山の様な島なので家を建てるのに莫大な金が必要になる。そのため別荘地と言っても別荘の数はそこまで多くない。
トキトウはその別荘の一つを借りて暮らしている。1階平屋で故郷の一軒家を思い出させる造りだ。
その縁側で2名は対局している。
「この後一緒に飯でもどうじゃ? おごるぞ?」
「肉ならいいぜ」
「年寄りにはちと重いのお。野菜じゃ駄目か?」
「この前もサラダだったじゃねえか。肉食動物の身体には合わねえよ」
「ハンバーグならあるぞ」
「大豆のミンチだろうが」
そんなやり取りをしながら駒を高速で交互に動かしている。両名中盤までは布陣を固めるため決まった動きしかしないのを知っているので手が早い。
「そろそろ頃合いかのお」
「だな」
コン、と序盤最後の一手を打ち、長い沈黙の中盤が始まった。
・・・・・
それから数時間後。
辺りは真っ暗になり、明かりを付ける事も忘れて打ち続ける。盤面は深淵に入り昇華と現界を繰り返して混沌とした戦況になっていた。
それに終止符を打ったのは、老男のグウという腹の音だった。
「……続きは明日でどうじゃ?」
「そうだな」
互いに身体を伸ばして凝り固まった身体を解した。
「ワシはこれで帰る。また来るぞ」
「おう、気を付けて帰れよ」
「トゥーデ爺さん」
トゥーデはニカッと笑いトキトウの家を出るのであった。
・・・・・
帰宅したトゥーデは書斎にある通信装置を起動する。
「お時間よろしいでしょうか、魔王様」
相手は魔王城にいる魔王だ。
『定時連絡にしては随分と遅かったな』
「いやはや、ついゲームに熱中してしまいまして」
『その様子だと監視は順調のようだな』
「ええまあ、彼もすっかりゲームに夢中になって外出は控えてくれてますよ」
『それは何よりだ』
トゥーデの口調は先程の老体口調からガラリと変わり、普通の口調になっていた。
「あのチーターの肉体、当事者は気付いてないようですが相当ポテンシャルが高いですね」
『誤って駆け出した拍子に激突した程度で魔王城の壁にヒビを入れたのだ。本気で暴れれば十二魔将を超えるだろう』
「とんだ化け物ですなチーターとは」
『異世界には我らの想像を超えた生物が山ほどいるという事だ。我の敵では無いがな』
「だから私に監視を?」
トゥーデは真剣な表情で問う。
『トゥーデの実力を信用して依頼したまでだ』
「そりゃ嬉しいですな。こんな引退した身には余る光栄です」
『勝手に引退したくせによく言う』
互いに微笑みながら談笑する。
『では引き続き監視を頼んだぞ』
「了解しました」
通信が終わり、魔王との連絡が切れる。トゥーデは窓から夜空を眺める。
「(これからまだ来るのか、本当に大丈夫なのだろうか……?)」
一抹の不安を覚えるトゥーデだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は3人目の転移者のお話になります。少々重い話になりますのでご容赦ください。
お楽しみに。
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