現状確認……など。
「美味しいなぁ……」
「お褒めに預かり光栄です」
紅茶の味を褒めれば、そう言って軽くお辞儀をする。
この世界でも紅茶は紅茶なんだなぁ……。
メイドさんは先程のむくれた顔はもう無く、すまし顔だ。
晩ごはんは済ませました、とても豪華で、食べきれないほど量があり、美味しかったです。
一人でモソモソ食うとそれも味気ない気がしたけど。あの量を一人で完食出来たのは多分スキルのおかげだろうなぁ。
「そうそう、陛下のお言葉の続きがありました。餞別は、貴賓室の中の持ち出せる物か、金貨の数枚か、好きな方にせよ、とのことですよ?」
「んー、それって結局金貨が最適解だよなぁ。売買出来るコネは無いし、俺に美術品の審美眼なんてもんは無いし、うっかり傷でもつけたら粗大ごみだ。売り飛ばせるコネがあるんなら、この部屋の物なんだろうけどなぁ」
「この部屋の物なら安くとも金貨数十枚はくだらないでしょうね。紅茶のおかわりはいかがです?」
「ん、アッチで飲む」
テラスへと移動し、テラスに設置された椅子に座る。そこからは城下町がよく見え、空には月が輝いている。
外は別段寒いわけでもなく、涼しくてちょうど過ごしやすい。
胸のポケットからタバコを取り出し、残りの本数が10本も無い事に気づいて顔をしかめる。
大事に吸わないとなぁ……、別にヘビースモーカーってわけでも無いからいいけど。
メイドさんがテラスに紅茶のセットを持って出てきたら、出入り口を閉じてもらい、それから100円ライターでタバコに火をつけてゆっくりと煙を吸い、吐き出す。
「それは?」
「薬みたいなもんだよ」
穏やかな風に体を預ける。ゆったりした時間が非常に心地よい。
「そう言えば名前は?」
「……、アリアと申します」
「アリアさん、ね。そういや、貴賓室にある物っていえば、アリアさんが欲しいって言ったらどーすんのかね?」
「さぁ? 確かに条件には一致しますけれど、それは分かりかねます」
「まぁくれないだろうなぁ、こんな無能相手じゃ。なんたって無芸大食だし」
自嘲気味に笑い、タバコの灰を携帯灰皿へと落とす。
しかしまぁ、本当に似合わねぇわ、工事現場からそのまんま出てきた格好で、西洋風の城のテラスで紅茶飲んでるんだから。
流石にヘルメットやら安全帯は外してるが、作業服姿だしなぁ。
「……」
一服を済ませ、紅茶を飲み切ってから部屋の中に戻ると、アリアさんもしずしずと後ろをついてくる。
テーブルを傷つけそうで嫌だったので地べたに置いていた工具箱を開き、中身を確認する。しかしまぁ、よく一緒に来たもんだ。
ちょうど移動するのに手に持ってたからかもな。学生さん達も手に持ってたもんは持ってきたみたいだし。
一つため息を付きながら、革手袋をはめて工具箱を開け、現在の持ち物を確認する。
ヘルメット、ヘッドライト、安全メガネ、安全靴、安全帯、革手袋と軍手が各一双、自動巻き腕時計、シノ付きラチェット、モンキーレンチ、釘抜き付きハンマー、スケール、スマホ、モバイルバッテリ、タバコ、ハンカチ、ボールペン、スケジュール帳、石筆(チョークに近い物だ)、充電式ハンドライト、100円ライター、耳栓、マスクは使い捨てだからもう使えん。
工具箱にはサシガネ(L字の定規)、小型の釘抜き、プライヤ、ペンチ、ラジペン、ニッパ、クリッパー、ケーブルカッター、ドライバー3本、カッターナイフと替刃4本、水平器、クギ、木工ビス、木工ドリル、鉄工ドリル、ハンドドリルチャック(ドリルを取り付けるヤツ)、結束バンド等等。
……ンン!?
存在を完全に忘れてた、防災用の手回し充電器(ライト付き。むしろライトが本体)が入ってやがる……。これまだ使えるのかね? そもそも使う意味があるのかどうか。
電波がこんな所まで来てるわけないしなぁ……。あー、ハンドライトの充電には使えるか。
あとは……スプレー系が入ってないのが悔やまれるな、ライターとスプレーで火炎放射器とか出来たのに。
よくもまぁ、こんだけ凶器になりうるもん持ってるのに取り上げられなかったもんだ。しかし明日からこのクソ重い工具箱持ってうろつくのか、鬱になりそうだな……。
鉄工ドリルは……使い道がねぇ、手回しで鉄に穴開けるとか正気の沙汰じゃない。電動ドリルでもしんどいのに。
「これは……、暗殺者か拷問官を生業にされていたのですか? その手の事が得意なのでしたら、推薦いたしますよ?」
拷問官、ねぇ? まぁ、ペンチなんかは爪剥ぎに使いそうだし、ドライバーやらカッターの替刃は暗器に見えなくもないか。
「まさか、ただの……こっちだとなんていうんだ? 大工みたいなもんだよ。というか、どこの世界にガッチャガッチャ音を立てながらうろつく暗殺者が居るんだよ。暗殺者って言えば、アリアさんのほうがそうなんじゃないの?」
「……、そちらの心得があるとよくわかりましたね?」
「足音も衣擦れの音もしないから、そうじゃないかと思っただけなんだけど……。ってどっから出てきたのそのナイフ!?」
アリアさんがエプロンの裏に手を突っ込んだかと思えば抜身のナイフが出てきた。いや、ほんとにどっから出てきたのそれ。
「太腿にベルトで固定してますね。ポケットが貫通させてあり、取り出せるようにしてあります」
あー、トレンチコートみたいになってるのか。
……そのポケットから手ぇ突っ込んでまさぐりたいな。どこをとは言わんけど。
「っと、道具に触らないように。手が油で真っ黒になるぞ」
真っ黒けの革手袋を見せれば、ペンチを持とうと伸ばしていた手を引っ込める。
「道具の確認は終わったし寝るか……。やることも無いし。……着替えも無いし、服洗ってくれたりしないか? このまま寝たらベッドが大惨事になりそうなんだが」
「……そうでした、魔法も使えないのでしたね。失礼いたします。……クリーン」
一言二言つぶやいて、俺の肩に手を置くと、ホコリまみれで汚れていた俺の姿が一瞬できれいになる。
これが魔法ってヤツか……。
初体験だよ。
体もきれいになったのか、心持ちスッキリしたきがする。
「コレなら遠慮なく寝れそうだ」
それにしてもデカイベッドだなぁ……、キングサイズっていうのかね?
普段使ってたペラッペラの万年布団がゴミのようだ。
靴と靴下を脱いでベッドに飛び込む。うお、靴下の匂いも綺麗サッパリなくなってやがる。
「オヤスミナサイ」
なれないことで疲れていたのだろうか? 俺の意識はすぐに落ちた。
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<<学生さんの会話の一幕>>
「各地の魔王ってどういうことだ? いっぱい居るように聞こえるんだが?」
「RPGやらMMOで言うところのエリアボス的な感じであっちこっちに居るらしいぜ
いわゆる『魔王』ってのも居るらしいが、こっちは普通に為政者だから討伐対象じゃないらしい。
だから俺らは対魔物専門ってことになるなぁ」
「ほーん……。なんでそんな事知ってんの?」
「そりゃお前そこらの兵士に聞いたら教えてくれたからだよ」
「さすがファンタジー大好きにして、クラスにラノベ布教した張本人……」
「まぁ、俺らは脇役だな。間違いない」
「あのオッサンだけだもんなぁ、大ハズレ」
「絶対隠し効果あるって、あのスキル。そもそもウチのクラスの連中、御曹司やお嬢様も、底辺家庭も、いじめっ子もいじめられっ子も正義漢も、特筆事項のある家庭環境のやつや変な性格のやつ一人も居ないんだぜ?」
「ヲタクのお前ぐらいのもんか? 可能性ありそうなの」
「ウチのクラスだけは絶対無いと思ってたんだけどなぁ、転移とか」
「まぁなぁ。ま、程々に活躍して程々の地位でも目指しますかね」
「それでいいんじゃね。転移者っていっても、最初は新人兵士に混じって下積みからって言ってたしな。それこそ特別扱いされたいなら成果出すしか無いってよ」
「生産系スキルのヤツはソッチ関係に弟子入りだっけ?」
「だよ。地位や立場で増長してみろ、テンプレで行くならあのオッサンに叩き潰されるぞ」
「おおこわ。さて、俺らに出番はあるのかねぇ?」
「ハッハッハ。ちなみにくっそメタ的な事を言うと、ここはTIPSっていうか、設定の説明場っていうか各話最後のおまけスペースだから頻繁に出番はあるぞ?」
「おいやめろ」
最後までお読みいただきありがとうございます。