本当の優しさ
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過去に戻れたら・・・なんて、以前なら馬鹿らしくて考えたこともなかった。ありえない空想とか創造とか生きてくうえで別に必要のないことだって、理解できてたし、俺自身、無意味なこととか嫌いなはずだった。だから、あの頃は楽しかったなとか、思い出にひたることも嫌いだった。過去を思い出すことに意味は無く、価値も無い。今でもそう思ってる。理解している。なのに俺はなんで無意味なことをしてんだろ・・・。
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◆1
だりぃ・・・。なんとなく、大学に入ってようやく二年が経った。卒業まであと二年もある。マジでだりぃ・・・。講義が始まる十五分前。教室はざわついている。単位の話、講義の話、テレビの話など教室内はさまざまな話題で賑わっている。俺はというとこの講義では知り合いもあまりいないため、窓際を陣取って、春の暖かで柔らかな日差しを受け、ほどよいまどろみに身を任せている。いつもなら、耳障りな教室内のざわめきも丁度よいBGMだ。ポンっと後ろから肩を叩かれて、まどろみから引きずり出される。
「あ?」
かなりの不機嫌面で後ろを振り向く。
「よ、カトゥー!」
振り向くとロン毛に中肉中背の男が一人立っている。
「さとうち里内か」
里内とは入学当初からの知り合い。なんか、メチャいい奴。ある意味健全なビデオとかよく貸してくれるし、女も結構紹介してくれる。
「なんだ?」
確かにいい奴なんだがまどろみを妨害された俺は機嫌が悪い。返す返事はそっけない。それでも、こいつは相変わらず笑顔のまま用件を話す。そんな感じだから俺はすっかり毒気を抜かれる。
「今、お前、フリーだったよな?」
「ああ・・・」
ちょうど一ヶ月くらい前に別れた。顔もスタイルも良かったけど、つきあっててうざかった。束縛するタイプで何かと一緒に付き合わせてくるし、一緒にいようとする。一日のメール量が百件って信じられるか?そんなの、いちいち返すのは面倒すぎる。どうも、重い付き合いってのは俺の性には合わない。でも、まあ、しょっちゅうヤらせてくれたから、その辺は付き合っててよかったのかもしれない。
「紹介したい人がいるんだけど・・・」
里内が紹介してくれる女はかなり期待が持てる。趣味においては似通っている部分が多いからだ。
「どんな人?」
「島原女子大の芸術んとこの三年、ほれ、写メ」
島原女子大学はここからバスで十五分くらいある女子大。里内の携帯のディスプレイを覗き込む。さらっと伸びた黒髪のロングヘアーにぱっちりとした瞳。見た目からの判断だからあてにはならないが結構純情そうな感じ。そうなると、ヤるまで時間がかかるかもしれない。とはいえ、今のところ付き合う女の予定はない。ま、付き合って、面倒な奴だったらさっさと別れればいいだけだし、付き合ってみるのもいいかもしれない。
「紹介してくれ」
「おう。んじゃ、アドレスと番号送るわ」
しばらくして、アドレスと番号が送られてくる。
「ゆずき柚木 かな可奈か」
俺はアドレスと番号を登録する。
「ありがとな」
俺が礼を言うと、軽く手を上げ微笑んで
「いいって、んじゃあな」
「おう」
鞄を肩に下げ、里内は出て行った。・・・あれ、あいつ、そういえば今日は三講目から講義じゃなかったか?わざわざ、紹介するためだけに来たのか?・・・そういや、彼女、早く欲しいとか俺、あいつにぼやきまくってたな。馬鹿としかいいようのないくらいいい奴だな。借り1だな。
◆2
夕焼けに染まる街中、登下校の小・中の生徒やら大学生やら買い物に来た主婦やらでごったがえした商店街に入る。この空間だけ人口密度が多く、空気が薄い。まったくもって、馬鹿だな。待ち合わせをこんな場所に決めた俺とその相手の柚木っていう子。三日前に紹介されてから、何回かメールを交換しつつ、互いに家も遠くないことからさっそく学校帰りにでも会おうということになった。商店街の中央の時計台広場で待ち合わせ。辺りを見回すと柚木らしき女を発見。写メで見るより全然、美人だ。白のブラウスにパステルピンクのロングスカート。上下ともに薄手の素材の布のため、体のラインが強調されてグッとくるものがある。胸も結構あって、スタイルもなかなかだ。身長は170くらいあるかな。女の子にしてはかなり高い方だな。この人を一言で例えると洋服を着た日本人形って感じ。しかも、妙に違和感がない。なぜか、似合っている。和と洋のコラボレーションとでもいえばしっくりくるだろうか。俺の視線に気づいたのか、彼女は俺の方を見て、にっこりと微笑む。
「こんにちは。かとう加藤ゆういち雄一さんだよね?」
美人で大人びた声、なんだけど、キャラが微妙に見た目と合ってない気がする。おしとやかな人を想像してたんだけど、明るくて元気な感じ。
「そうだよ。それじゃあ、君は柚木可奈さんかな」
「あははは、雄一さんナイスボケ!可奈さん・・かなだって」
元気に笑う可奈さん。けっして、俺はボケたわけじゃない。っていうか、テンションが高すぎ。やばい、あんま好みじゃない。見た目で盛り上がってた気持ちが一気に冷めてきた・・・。
「元気な女の子は範囲外かな?」
じろっと可奈さんが俺の顔を見てくる。するどい・・・。
「いいや、ストレートど真ん中」
「本当に?」
「うそ」
「うそかい!」
トンッと胸の辺りにツッコミを入れられる。本当にこの人はテンションが高いな・・・。なんだか、俺までつられてテンションが上がって、ボケてしまったし。
「んで、これからどうする?」
「御飯を食べに行こう!おいしいラーメン屋が近くにあるんだよ」
だいたい、こういうときはファミレスとか行くもんだけどな、ま、別にどうでもいいか。腹減ったし
「可奈さん的にそこのラーメン屋はベスト何位入りする?」
「ちょっと、待った!」
片手をビッっと出されて制される。
「なんだよ、いきなり」
「可奈さんっていうのはこそばゆすぎて困るから、可奈って呼んで、私はカトゥーって呼ぶから」
「お前もか!」
里内に続き、可奈までカトゥーとか呼んでるし、なんかダサいし、カトゥーって・・・。
「まあ、それはどうでもいいとして」
「どうでもいいんかい!」
俺のツッコミは流され
「私的にそこのラーメン屋はなんとベスト3に入ります!」
と堂々発表。
「へえ、期待できそうだな」
「そこの角を左に曲がってすぐのところだよ」
角を曲がるとコンビニやらスーパーの明るさに明らかに負けているちっさいラーメン屋がポツンと寂しくたたずんでいる。店名、熊殺し・・・。名前負けしてるよ、確実に。しかし、ちらほら列ができはじめる。
「開店時間、一時間前だから少し待つよ」
「は?長すぎるだろ」
「空腹と我慢は最大の調味料っていうでしょ」
・・・言うのか?しかし、ラーメン一杯ごときで一時間は長すぎる気がする・・・。そこまでして、食べる価値はあるのだろうか。せっかちな俺としてはそこまでしてラーメンを食べたいとは思わないけどな・・・。まあ、こんなこと考えても仕方がない。
「カトゥーは普段何してるの?」
ふと、可奈が話しかけてくる。
「だいたい友達と他愛のないことを話したり、テレビ観たりとか本読んだりとか、特に特別なこととかはしてないな」
よくよく考えると俺って普段、ダラダラ過ごしてるな。
「可奈はやっぱり、普段は絵とか描いたりしてんの?」
「うん。三日前までコンクールに出すための絵を描いてたよ。締め切りぎりぎりで速達使って丁度ってところだったから危なかったよ」
「へぇ、一つの絵を描くのにどれくらいかかるんだ?」
「その都度、違うんだけど今回のは二ヶ月くらいかな」
「あ〜、俺は絶対無理だな。発狂しちまう」
「確かにカトゥーってじっとしてられないタイプでしょ?」
二ヶ月もじっとキャンバスなんか見つめてたら絶対筆をへし折って、ゲーセンとかカラオケに直行だろうな。っと、いつの間にか列が進み、店内に入る。店内はなんか古風な感じ、座るところはカウンター五席、お座敷が三つだ。しかも、敷いてあるのは縄を編んだような座布団。硬くて、座り心地が悪そう。メニューも崩し字みたいな感じで書かれている。まあ、俺にはミミズが蠢いてるような字にしか見えないけどな。それから、厨房を見ると黒ひげがモジャモジャっと生えていて、鋭い眼光を光らせ、半そでシャツから隆々と溢れる筋肉男が麺を打っている。なるほど、熊殺しも頷ける。
「げっ」
メニューを見て俺は呆然とする。品書きは何故か全部プロレス技ばっか・・・っていうかこんなの食ったらノックアウトしそうだ。
「ご注文はお決まりですかい?」
これまた、ガタイがよくて、イカつい店員が来た。
「バックブレイカーとんこつお願いします」
笑顔でメニューを決める可奈。笑顔で頼むメニュー名じゃない。
「・・・俺も同じので」
「かしこまりやした。バックブレイカー豚を二発!!」
イカつい男がこれまた、イカつい声で厨房に叫ぶ。
数十分待ってから中華風の丼に白濁のスープに三枚のチャーシュー、紅生姜で彩を加えられた案外普通の豚骨ラーメンがくる。
「それじゃ、食べよっか」
「そうだな」
俺はまず、チャーシューに手をつける。口に運んだ瞬間に溶け出し、濃厚な味わいと肉汁が口に広がる・・・うまい。
「おいしいよね〜」
「ああ、驚いた」
行列ができるのも頷ける。スープはものすごいコクがあるのにそれを飽きさせずに食べさせられる。麺は幅の広い麺でコシが強く食べ応えがある。俺は女の子と食事だというのについ夢中で食べてしまった。そんな様子を見て
「女の子と食事なのに食べることに夢中なんだ〜」
ジト目で見られる。うぅっ、返す言葉がない。
「すいません」
素直に謝ることにした。そんな俺を見て堪えきれないといった感じで可奈は吹き出した。
「あははは、うそうそ。かく言う私も夢中で食べてました〜」
可奈の丼を見てみると既に空っぽだった。俺もつられて笑ってしまう。そんなこんなで俺たちは店を後にした。
既に日は落ち、暗闇で覆われ、月がぼんやりと光っている。時間は七時を過ぎたところだった。商店街は相変わらずの賑やかさを奏でている。
「さて、どうする?」
メールでは会って、飯を食べることくらいしか決めていない。最初はこんな感じでいいだろ。
「うーん、今日はこれでお開きにする?」
「そうだな。また、近いうちに遊ぼうか?」
「うん」
俺は可奈をバス停まで送ってから家路に着いた。
◆3
それから、俺と可奈は頻繁に遊ぶようになった。相変わらずのハイテンションに俺も毒されて、何をするにしてもいつも以上に楽しめていた。こんな女の人は初めてだった。今まで付き合ってきた子は俺に外見や甘えるためだけのあり方を求めてきたと思う。でも、可奈は一緒に楽しむということを望んでいるようだった。
「海に行こう〜」
いつものように明るく可奈は提案する。日はとっくに暮れていて、空は星がキラキラと自己主張している。どうも、可奈と行く夜の海は良い雰囲気が想像つかないな。思わず心の中で笑いつつ
「ロマンティックで青臭い青春でもしに行きますか」
「私を捕まえてごらんみたいなやつ?」
俺たちは顔を見合わせて笑いあった。それから、歩いて海に向かう。海に面するこの町は夏になると他の地方からも海水浴者がくる。砂浜はさらさらだし、環境団体が活発なこの町の海にはゴミも少ない。数十分歩いた後に防波堤に着き、砂浜に下りる。
「じゃ、さっそく、私を捕まえてごらん〜」
笑いながら走り出す可奈。
「待て〜」
それにノって、俺も追いかける。
既に、砂浜を走るカップルではなく、100m走の地区予選みたいな感じになってくる。しばらく走った後に呼吸を整えながら砂浜に腰掛ける。春の海は少しだけ肌寒い。
「私ね、カトゥーのこと好き〜」
なんでもないことを言うかのように自然にあっさりと可奈は言った。可奈らしくていいと思った。だから、俺も一言なんでもないように
「俺も」
と言った。
「星きれいだねぇ」
ふと、空を見上げて可奈が呟く。俺もそれにつられて空を見る。さざ波の音と星の煌きはなんだかとてもマッチしていて普段は読みもしないファンタジーの世界を連想させる。
「可奈の方がきれいだよ」
かなりくさめのセリフを吐いてみると
「だよねー」
「おいおい」
否定もツッコミもしない可奈に俺がツッコミをいれつつ、星空から可奈へ視線を移すと目の前には可奈の顔があり、唇を重ねられた。柔らかくて暖かい感触を唇で感じる。本当に何気ないキス。ただ、そばにいるからする当たり前のようなキス。揺れ動く波とは裏腹に気持ちは波紋一つ立てない静かな気持ちだった。スッと可奈が立ち上がり、靴を脱ぐ。そして、波打ち際に走っていく。
「カトゥーもおいでよ〜」
「おう」
俺たちは馬鹿みたいに波打ち際で水をかけあい、ずぶ濡れになるまで遊んだ。それから、砂浜を抜けて、防波堤に戻る。塗れた服から透ける可奈の下着を見て欲情する気持ちを殺そうと努力する。そんな気持ちを殺しかけた時
「さむ〜。なんか、冷えちゃったね〜。明日、休みだし、近くのホテルに泊まろっか」
なんてことを言い出すから殺しかけてた気持ちがムクムクと復活してしまう。結局、その夜、俺は可奈と肌を合わせた・・・。
◆4
付き合い始めてから、もう数ヶ月が経って、今は十二月の終わり。冬もクライマックスを迎えつつある。最近、可奈の様子がおかしかった。相変わらずのハイテンションは健在なもののどこかさみしそうな、なんとも表現しにくい感じがあった。本気で楽しんでいないというのがしっくりくるかもしれない。何かに気を取られているようなそんな感じ。どうかしたのか?と聞いても、何かと冗談を言ってはぐらかされてしまう。俺は嫌われてしまったのかと不安になる。
学校のことや絵についての話が以前に比べて減ってきていることにふと気づく。そこに何か原因がある気がする。だから、俺は里内に相談してみることにした。あいつが何も知らなかったとしても里内ネットワークは広い。誰かしら何か知っているだろう。
久しぶりに里内のマンションを訪れる。相変わらず狭い六畳一間は綺麗に整頓され、案外広く感じる。俺は土産のハーゲンダッツを冷凍庫に入れる。冬にアイスは嫌がらせかとも思うかもしれないが里内のアイス好きは年中無休だ。 里内は熱いコーヒーを入れ、カップに注ぎ、俺に手渡してくれる。俺はそれを受け取り、暖を取るように両手で掴み、話を切り出す。
「電話でも言ったけどさ、可奈のことで相談があるんだ」
それを聞き、里内は
「お前から電話あった後、島原女子の知り合いの子に電話して可奈さんと親しい子に何かあったか聞いてもらったんだが、可奈さんに海外留学の話をあがってるらしい。今は保留中だそうだ。その海外留学なんだけどな学校側が費用を全額負担で、その留学はなんか相当名誉なことらしいんだとさ」
原因はやっぱりそこにあったようだ。多分、ずっと考えてるんだと思う。俺は可奈が絵が大好きだということをよく知っている。絵を描くのに付き合ったこともあるけど、そのときの可奈はとても穏やかな表情をしていたし、目は可奈だけの世界を見ていた。この機会を機にもっとその世界を白いキャンバスという世界に具現化するための技術を学んでいかなきゃならない気がする。
・・・それだったら、答えは決まっている。可奈は絵を描くべきだ。一時の恋愛で無駄にするべきじゃない。俺が背を押してやらなきゃ、可奈は絶対に行かない。
俺は里内に礼を言って部屋を出る。そのとき、何も言わず俺の肩をポンと叩き力強く頷いた無言の激励がなんだか嬉しかった。
その後、俺は可奈に電話をする。できるだけ、いつものようにと勤めながら待ち合わせの約束をする。場所はバス停前の小さな公園。
一足先に俺が待ち合わせ場所の公園に着く。バスが来るまでの間、ブランコや滑り台ではしゃいだりしてた時を思い出し笑う。あのときはこの時間がもっと続くものだと思っていた。上を向く。空は曇り空、天気予報では雪と言っていた。この町にはめったに雪は降らない。可奈が知ったらはしゃぐかもしれないな・・・。ひたすらに上を向く。そうしないと涙が出そうだから。あと少しで潤んだ瞳が乾く。何気なく別れよう。そう、思った。付き合ったとき、付き合うのが当たり前な感じで付き合った。なら、別れるときもそうすればあっさりと別れられるかもしれない。
「おまたせ〜、どこ行こうか?まずはいけない汗から流す?なーんて、このスケベ〜」
変わらないハイテンションに俺は思わず笑う。それと同時に心に魔が差す。このままでいれば、別れずに済む・・・。
「海に行こう」
二人の恋人出発点だ。そして、終点・・・。
冷たい風が吹きぬく砂浜で相変わらずはしゃぎながら追いかけっこをする。しばらくしたあと、肩を並べて座る。曇り空はいっそう濃くなり、波の音はどこか物悲しい。
「なあ、可奈・・・」
「ん?何」
できるだけいつもどおりに何気なく俺は
「別れようか」
と告げた。
「あ、あははは・・・もう、どうツッコミいれていいか分からないって、とりあえず、なんでやねーん・・・」
声は明らかにいつもと違って沈んでいる。
「留学しろよ・・・」
「・・・知ってたの?」
「ああ」
可奈は笑顔で
「あはは、もう、そんな留学するわけないって、絵ならどこででも描けるわけだしね」
その笑顔は無理してる。本当は行きたいんだ。もし、行かないことに迷いがなければとっくに留学の件を断っているはずだ。それを保留しているってことは行きたい気持ちがあるってことだ。それを言ったところで可奈は頷くとは思えない。俺は何も言えずに黙り込んでしまう。 しばらく、沈黙が続いた後、俯いて泣きながら、可奈は掠れるような悲しい声で
「・・・お願いだから、行くなって言ってよ。抱きしめて、離さないって言ってよ!!」
彼女は無理矢理に理由を作ろうとしている。行きたいという本当の気持ちを殺すための最大級の理由を・・・。
本当の優しさってなんだろう・・・。
それはここで彼女が行かないための理由になってやることか?
それは違うと思う。
本当の優しさは、可奈を思いやること。可奈のためになることをしてやることなんだろう。 もし、ここで俺が行くなって言えば、可奈は喜ぶ。でも、必ず後悔する。可奈が帰ってくるのを待つのは駄目だ。可奈は中途半端なことは選ばないだろうし、俺に気を遣って留学しない。
だから、俺は別れなきゃいけない。今は夢を、自分の可能性を信じて進むべきだと思う。恋は重荷になると思う。だから、だから・・・終わりにしよう。
「・・・まったく、もう、うんざりだ」
「えっ?」
俺の突然の言葉に驚く可奈。それに構わず俺は言葉を続ける。
「疲れたんだよ、俺は。いっつも、いっつも、馬鹿騒ぎしてさ。付き合わされる方の身になれって、行くなって言えだって?いやいや、どうぞ行ってください。お前から解放されると思うとせいせいするよ」
自分で言っていて辛かった。可奈はもっと辛いと思う。
「嘘だよ・・・カトゥーはいつも、一緒に笑ってくれたじゃん・・・」
俺はやれやれと言った感じでため息をつき。
「ヤるために合わせてただけに決まってるだろ?おめでたい奴だな。お前のそういう気持ちは俺にとってただの重荷なんだよ」
軽く笑って、俺は背を向けて歩き出した。
「あ、ああ、あああぁぁぁぁぁぁ〜〜」
可奈の悲痛な鳴き声が風に響く。その声が聞きたくなくて俺は足早にそこから立ち去った。これでよかった。もし、普通に別れて留学したら、可奈はきっと自分の可能性を選んだことに後悔する。表面は明るくて、馬鹿みたいに元気なアイツだけど、内面はものすごく純なやつだから・・・。だから、俺は別れて正解な奴にならなきゃいけなかった。だから、本当にこれでよかったんだ・・・。
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あれから、一年半経った今、俺はあのときの選択が正しかったのか思い悩んでしまう。可奈はその後、留学したらしい。多分、今も遠い異国の地で自分を磨いているんだろう。
俺はというと残りの大学生活を就職活動に充てている。この町から離れて就職すると思う。この町は今も色褪せない思い出で溢れている。ちょっとした通り道でもあの頃の笑いあった思い出が染み付いていて、それを思い出すだけで辛い。
それでも、俺はたまに二人で歩いた道を一人で歩いてしまう。今も懐かしい幻影を追い求めたいのか、俺は二人で走った浜辺を一人歩く。夕日が半分海に溶けながらも一日の余韻を残すかのように辺りを柔らかに照らす。
「カトゥー!!」
顔を見なくても声だけで笑顔だと分かる、そんな明るい声が聞こえる。俺はすぐさま振り返る。
満面の笑顔と相変わらずのハイテンションな彼女が浮かんで消えた。夕日が落とした俺の影と波の音だけしかここにはなかった・・・。
fin
本当の優しさってなんですかね。これは加藤なりに出した結論だけれども、正解はなんだったんでしょう。。。