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大いなるサボタージュ


「よし、さぼろう」


9月の初めだというのに、今夜は少し肌寒かった。

長袖のカッターシャツを着るべきだった。でも、朝の時点では十分に暑かったから、これは仕方のないことだと思えた。

私は振り返る。

彼の視線の先は夜空の向こうにあった。目は細く、口元が綻んでる。スーツの上着ポッケに両手を突っ込み、佇む姿は哀愁に満ちていた。

私はこれを知っている。彼は、諦めたのだ。それは彼がさっき口にしたことからも明らかだった。

対する私は、ひどい倦怠に襲われていた。今までの努力が水泡と化す、そういった類のもので間違いはないだろう。


「それ、こっち貸して」


私は彼にそう言われて、ぐっと胸が詰まる思いだった。自然と右手に持ったアタッシュケースを脇に抱えた。これを渡す訳にはいかないのだ。

彼は私に向けて伸ばしていた手を、ゆっくりと降ろした。悲しそうな顔で、私を見ている。

私も彼の顔をじっと見つめる。

”さぼろう”だなんて唐突な言葉。途方もなく無責任で、逃避的。でも、不可解では無い。寧ろそう言いたい気持ちを私もずっと抱えてここまで来た。


アタッシュケースの中には、関東一帯を吹き飛ばすほどの威力を持った爆弾があった。

私たちはそれを、仲間のテロリスト達の手に渡そうとしているのだった。


”そんなの駄目に決まってるじゃないですか。さあ、いきますよ”


そんな台詞を考え付いて、口に出す前に表情をつくろうとしたのだが、どうにも上手くいかない。その代わりに涙が両目に溜まっていくものだから、私は自分が混乱しているんだなと気づいた。

今にも零れそうな涙が、頬を伝うのを見られたくなくて、私は彼に背を向けた。

背を向けた途端に堰を切ったように涙がぽろぽろと零れだして、抱えていた荷物が重たかったことを改めて知った。

不意に、彼は私を背中から抱きしめる。彼の熱に包まれて、私は張り詰めたものが更に加速してほどけていくのを感じた。


「だめです。。だめです。。だって、家族が人質になってるのに……」

「いいんだよ。いいんだって。正しいことをしよう。正しいことをしないと……」


彼はそう喋りながら、だんだんと涙声になっていった。

私たちはそうやっていつまでも、いつまでも泣きじゃくっていた。






大いなるサボタージュ -おしまいー









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