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鬼退治 【男鹿】

途中から酒々井つゆりのおばあさんの若い頃の回想シーンとなります。




「なかなかやるじゃないか、上梨」

「はあ、ありがとうございます」


 上梨が乾麺で作ったラーメンんは好評だったようだ。もちろん少し手伝った私も美味しくいただいた。


「いい男を捕まえたねえ、つゆり」

「捕まえたとかおかしいし」


 洗い物を済ませると、おばあさんが話し始めてくれた。


 俺もつゆりもぶっちゃけ食いついている。


「あれはねえ。堂神と初めて会った時だねえ」


 意外な名前が出て来た。堂神さんは、呪いの力を使って祓う。そのやり方は賛否があって、否の方が多いようだが、祓う力はすごいとの評価だ。


「堂神、覚えているね?」


 俺とつゆりは神妙な顔で頷いた。







「困ったときには酒々井を頼れ、ですから」

「冗談じゃないわよ、加茂さん」


 私は加茂さんに少しむくれて答えた。


「いやあ、手に負えない案件らしいんだよ」

「だからって私に?加茂さんが行けば大丈夫じゃないんですか?」


 てっきりデートの誘いかと浮かれて来た自分が少し恥ずかしい。服を選ぶのにずいぶんと時間を掛けたのに。


「うーん、たぶんダメなんだよね」


 加茂さんが頭をぽりぽりとかく。好きになってしまうと、こういう仕草一つが何だか愛おしくなるから不思議だ。


 色恋沙汰に縁なく来た私は、この青年と何度か一緒に過ごすうちに心奪われていた。


「井出羽という一族がいます」

「はあ」

「山伏、分かりますよね?」

「はい。あの山で修業する山伏ですよね」

「そうです。山で修業することで自らの能力を研ぎ澄ませ、その力で魔を調伏する者たちのことです」


 なんとなくイメージは沸いている。なぜか頭に浮かぶのは大男だけれど。


「井出羽家が最初に関わりました。場所は秋田県」


 申し訳ないがきりたんぽくらいしか浮かばない。


「もしかしてきりたんぽを思い浮かべています」

「はい」


 思い切り言い当てられて顔が少し赤くなるのを感じた。


「今度、ぜひ食べましょう。私も大好きです」

「はい、ぜひ」


 にこりと笑う加茂さんの優しさが嬉しい。


「つてを辿って井出羽に来た依頼は「鬼を退治してほしい」というものでした」

「鬼ですか?鬼っているんですか?」


 祖母からはいくつか武勇伝のような話を聞き出してはいるが、そんな話は聞いていない。そもそも祖母は聞かれたことにしか答えてくれない性格だった。


「さすがに聞いたことがありません。井出羽家も鬼と表現しただけで、実際には別の怪異だと考えたようです」

「でしょうね」

「で、井出羽家から一人が現地へ向かいました」

「はあ」


 山伏の格好で行ったのかしら?だとしたら相当目立ってしまうと思うけれど。


「ところが現地で相当やっかいな相手だと分かって、その後井出羽からさらにエースが投入されました」

「エースとかいるんですか?」

「そうですね。いますね」


 山伏でエース。なんだかイメージがごちゃごちゃになってしまう。


「結局井出羽家ではこの案件を処理できないことになったので、私のところに連絡が来ました」

「加茂家を頼ったということなんですね」

「そうです。あちこちに連絡を取っているみたいですが」

「それがなぜ私にまで?」

「ですから、我が家に伝わる、困ったら酒々井を頼れ、ですよ」

「まだ、加茂さん困っていないじゃないですか」

「いえ、確実に困ることになります」


 じっと見つめられると照れてしまうが、その真剣な眼差しを私はしっかりと受け止めた。


「どうか、お願いします」


 私は頷くしかなかった。








 目的地は秋田県の男鹿おがという場所だった。


「もうすぐ紅葉ですね」


 車窓からの景色を見て加茂さんが言った。


 私達は特急電車に乗って目下秋田へ向けて北上中だ。


「こんな旅じゃなければもっと楽しめるのですけれど」


 私の言葉に加茂さん少し変な顔をした。


「私は酒々井さんとこうして旅が出来るだけでも嬉しいですが」

「え?」


 突然何を言い出すのだろう。まあ、確かに車中はずっとおしゃべりが出来るくらい相性はいいと思うし、実際私も目的を忘れて楽しいと思った場面もあった。


「私達は一般の人と違います」

「はい」

「日頃から「見える」ということだけでも一般人と同じ平穏は望めません」

「確かにそうですね」


 なまじ「見える」から、気が休まらなかったり、驚いたり、不安になったりすることがあるのだ。


「でも、だからこそ楽しめる時には人一倍楽しまないとと思っています。ああ、人一倍ってそう言えば変な言葉ですね」

「一倍だと大きさ変わりませんね」

「その顔は知っている顔ですね」

「ええ、実は。昔は一倍を二倍と同じ意味で使っていたことがあるようです」

「へえ、博学ですね」

「いえ、そんな」


 祖母が話してくれたことをたまたま覚えていただけだ。


 確か一倍がねとかいう借金の仕組みがあったとか。借りたお金の二倍を返すと言うとんでもない借金だったらしい。


 借金に苦しんで自殺した人の霊を祓った時の話を聞いた時に出て来た言葉だった。


「とにかく、こうして鉄道旅をしている時にはそれを楽しみましょう。宿には温泉もあるそうです。食事も温泉もしっかり楽しみましょう」

「はい」

「それが私達の心を支えることになりますから」


 なんとなく漠然とした物言いで、私はあいまいに頷くだけだった。







「ようこそおいでくださいました」


 駅にはタクシーが待たされていて、私達は早速宿へと案内された。


 そこでは支配人ともう一人、依頼人が待っていた。


「加茂です」

「酒々井です」

「遠いところをご足労頂いてありがとうございます。今回の依頼をした赤上あかがみと言います」


 まずは部屋へと案内された。落ち着いた和室だったが、改めて二人で旅行に来たことに緊張した。これって同じ部屋で二人で泊まるということだ。


「井出羽様もおられますが、お話をされますか?」


 赤上さんが聞いてきた。


「まだ他にも人が来るのですか?」

「はい、今回井出羽様が依頼を出して加茂様を呼んだように、私達もつてを当たって別の方に依頼を出したのです」

「みんなが集まってからの方が話が一度で済みますよね」

「それは、まあ、そうですね。分かりました」


 そう言って赤上さんは部屋を出て行った。だが、お茶を入れておまんじゅうをほおばったところで部屋に来客があった。


「加茂」

「これは、井出羽さん」


 この人が井出羽さん。てっきり大男を想像していたのに、部屋を訪れたのは女性だった。そしてなぜかジャージ姿。


 私とほぼ同年代に見えるが物腰はずいぶんと落ち着いてる。たぶん、くぐった修羅場の数が違うのだろう。


「そちらは?」


 井出羽さんが加茂さんの後ろに立つ私を見て言った。


「酒々井さんです」

「あら?ああ、そうか、亡くなったんだったわね。後継者と言うこと?」

「未熟者ですが」


 一応、石を受け継いだ身としては肯定せざるを得ない。


「なかなかの素質のようね」


 井出羽さんが下から上までさっと私を見て言った。


「で、何か?お話は全員がそろってからがいいのではと先ほど赤上さんに話したんですが」

「先に聞いてよ」

「別にまあ、構いませんが」


 加茂さんが井出羽さんを部屋に招き入れた。井出羽さんは若い男性も連れていた。


 ああ、この人はすごいな。時々身体がふわっと光って見える。


「こいつが将。一番にここに来た男だよ」


 ぺこりと男性が頭を下げた。


「エースじゃないんですか?」

「はい?」


 しまった。口が滑ってしまった。


「はは、違いますよ、酒々井さん」


 事情を知る加茂さんが笑って言った。


「どういうこと?」

「いえ、井出羽さんのことを井出羽家のエースだと、私が表現したんです。で、今、酒々井さんは将君をエースだと勘違いしたわけです」

「将がエース?笑っちゃうわ」


 井出羽さんが言うと将君は少し小さくなった。


「でも、なんだかすごい力がありそうに感じられますけれど」


 私は実際に彼の身体から放たれる力を見たのだ。


「これはね、漏れちゃってるのよ」

「漏れてる?」

「そう。あなたも漏れ気味よ」

「え?私も、ですか?」


 思わず加茂さんを見ると、彼は苦笑しつつ頷いた。


 漏れてるんだ、私。自分では分からないものなのか。


「いいわよ、それは。とにかくあなたもしっかり「見える」ことは分かったし」


 後でどんな風に漏れているのか加茂さんに聞いておこう。


「私達のところに依頼が来たのは実は約1か月前。桐野家から回って来たの」

「九州の?」

「そう。最初は桐野家に助けを求める依頼が行ったんだけど、筆頭が怪我をしてね」

「ああ、それは聞いています。なんでも付き人をしていた幼い姉妹が結局祓うことになったとか」

「それよ」


 私には全然分からない話だが、大筋は理解できるので黙って聞いておく。


「後で詳しく教えますからね、酒々井さん」


 私を見て加茂さんが言ってくれた。気付いてくれる優しさが嬉しい。


「うちにお鉢が回って来た時に、私も別件を抱えていた。でまあ、この将はまだ未熟なところもあるけれど、才能はある」

「まずは彼だけ派遣されたというわけですね」

「そう。ほら、将」


 井出羽さんに促されて将君が後を引き継いだ。


「先ほどお会いしたと思いますが、怪異は赤上さんのお宅で起きました」


 私は人数分のお茶を入れなおした。お話、長くなりそうだから。


「赤上さんの息子さんには結婚の約束をした恋人がいます。交際して長いのだそうですが、その彼女に付きまとってくる男がいました。名前は岩黒いわぐろと言います」


 横恋慕ってやつだわ。


「当然女性は赤上さんがいるので、丁重に断ったそうなのですが、岩黒はあきらめきれなかったようで、その後も度々自宅に来たり、職場からの帰り道で待ち伏せしたりを繰り返しました」


 うわあ。怖い。警察に頼んだ方がいいと思う。


「とうとう彼女は警察に相談して、警察も岩黒に厳重注意をしてくれたそうです」

「民事不介入ではなく?」

「この辺りは警察も親身になって対応してくれるみたいです」


 民事不介入。これも後で加茂さんに聞いておかなくちゃ。


「ところが岩黒は姿を見せなくなった代わりに、彼女の家で不可解なことが起きるようになりました。夜になると物音がしたり、家具が勝手に動いたり」


 これは分かる。いわゆる霊障と呼ばれる現象だ。


「呪ったのかな」

「おそらく」


 加茂さんの言葉に将君が頷いた。霊障よりももっとやっかいな呪いだったか。


「気味が悪くなった彼女は赤上さんに相談しました。その結果しばらく彼女を赤上さんの家にかくまうことにしました。家族とも面識があった彼女は赤上家に快く迎え入れられました」

「そこでも起き始めたわけですね」

「そうです。霊媒師にも頼んだそうですが何も解決できなくて、赤上さんのおばあさんが九州の出身ということで桐野家のことを知っていて、頼ったというわけです」


 なるほど。一連の流れは分かった。


「でも、その、将君ならば、祓える気がしますけれど」


 私の感想に加茂さんも頷いてくれた。現象を聞く限り、それほど強い相手ではない気がする。


「実は俺が呼ばれてから警察に確認したもらったのですが、岩黒は死体で発見されました。自殺とされました」

「まさか、自分を贄にしたのか?」

「可能性が大きいと思いました」


 そう言って将君は井出羽さんを見た。


「正真正銘、呪いだよ」


 井出羽さんが厳しい表情で言った。


「それも、とびきりのね」


 しんっと部屋が静かになり、まるで少し温度が下がったように感じた。





回想シーンを始めのはいいけれど、意外と回想シーンが長くなりそうで困っています。

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