外法様 【対決】
夜の光景を目の当たりにして立ちすくむ彼の前に音もなく天狗が降りて来た。正に目と鼻の先。派手な音とセットばかりじゃないのか。
「報いろ」
ごくりと彼が唾を飲み込むのが分かった。
「い、妹を」
「報いろ」
「妹をやったじゃんか」
天狗が首を傾けた。
「下がれ」
加茂さんが小さな声で彼に呼び掛ける。そうだ、お堂の力はまだ残っている。出ていなければ、まだ。
そう思って彼の足元を見て、絶望した。彼はほんのつま先だが、お堂から出ていたのだ。
「加茂さん、彼、出てます」
「まったく」
加茂さんが立ち上がった。え?戦うの?
いつの間にかランタンが二つ点灯していた。入り口で向き合う彼と天狗に向かって、加茂さんが歩き出す。
「豪君、お香が焚けるか試して」
「はいっ」
豪君が香炉に火を灯そうとする。
「つゆり」
「うん」
立ち上がって引いた手にすんなりと従ってつゆりも立った。いつの間にか怯えの色が消えて、顔に覚悟が見て取れる。頼もしい。
「ちょっと失礼」
加茂さんが彼の背中にお札を貼った。その途端彼の身体がガクガクと揺れた。
「あう、ああああ」
涎を垂らして目が白目になっている。
「ダメか」
彼の背中に貼ったお札を剥がし、加茂さんは、今度はお札を持った手を天狗に伸ばした。
天狗がとんと距離を取ってお堂の前に着地して、首を傾げた。
「何の真似だ?」
「いやあ、乗り掛かった舟でして。目の前であまり見たくない光景じゃないですか」
「報いを寄越さぬそやつが悪い」
「まあ、それはそうなんですがね」
俺とつゆりも横に立つ。
「妹さんも返して欲しいんだけど」
そう言うつゆりの足元には彼がへなへなと崩れてほんやりとへたり込んでいる。本来彼が言うべき台詞なんだがな。
「娘はもらったものだ」
「本人の意志じゃないでしょうが。そんなの認められないってば」
怒りもあってか、なかなか強気のつゆりだ。
「お前が認めるかどうかは関係ない。その男が我に報いとして差し出したのだ」
「だーかーらー、彼女の意志じゃないってば。このわからずやっ」
つ、つゆり?さすがに言い過ぎかもしれないぞ。
「我に向かって大した物言いよ。それだけの覚悟があろうな?」
きぃんと空気が張り詰めた。天狗からすごい圧が寄せて来る。
「ほいほいほいっと」
加茂さんが何かを投げた。天狗の周り五カ所に落ちたのは丸い金属球。装飾が施されてその隙間からお香が立ち昇っている。
「上梨君、ちょっと力貸して」
加茂さんにぐいっと手を引っ張られて腕を握らされた。
「流し込んでみて」
「はい」
やはりつゆりのようには入って行かない。それでも少しは入る感じだ。
「おー。よし」
加茂さんはその手に鈴を持っていた。それを振る。
りいん
「加茂流五方陣護法」
え?ぱくった?
球形の香炉が光で結ばれる。
「ありがとう。ダメだったら後は頼むよ」
「え?」
加茂さんが杖を持って天狗へ走った。天狗は五方陣護法にも驚きもしていないが。
「魔を封じ、魔を滅す。守護封印札」
少し大きめの札を取り出すと、すぐにそれが光り始め、加茂さんをそれを空中に投げた。その札を杖の突きで先端に付け、そのままどんと踏み込んだ。
狙いは天狗の額か。
惚れ惚れするような腰の入ったいい突きだった。
しかし天狗はその札を人差し指一本で止めていた。
「ほう。これはなかなか」
天狗の指から一瞬煙が立ち上ったが、お札がぼろっと崩れ落ち、そのまま杖の先端をがしっと天狗が掴んだ。
「陰陽師か、お前?」
「違います」
加茂さんの声が苦し気だ。両手で持っている杖がじりじりと下がっている。それに伴って加茂さんの腰も落ちて行く。
「上梨っ」
「おう」
お堂から俺とつゆりも出て行く。
「まずはその手を離しなさい」
「こいつが先にやってきたんだぞ」
「この分からずやー」
つゆりが石を取り出す。威力最強の「破魔」の石だ。
「上梨、全力でっ」
「分かった」
後ろからつゆりの腕を掴み気を流し込む。加茂さんと違って、するすると抵抗もなく気が流れ込んでいく。
「覚悟しなさいよっ」
つゆりの手の平の上の石が光り始める。
「待て、お前」
「うるさいっ」
さらに光が増していく。
天狗が加茂さんの杖を離して、こちらへ向き直る。
「お前、酒々井の者か?」