おぶさる者
中は若かりし頃のおばあちゃん視点です。とうとう病院は全く出て来ません。ごめんなさい。
「神無し?神無月の?」
「うん、それ」
つゆりがおばあさんに石を使った時の話を聞いてくるついでに、以前俺の出身の話になったときに「ま、いいか」で切り上げた話を聞いてきてくれた。
実は結構気になっていたのだ。思わせぶりな話の切り方だったから。
「上梨が元は神無ってこと?」
「うん、可能性があるって」
「そりゃまあ母方の出身は島根だけどさあ」
「あ、おばあちゃんの言うとおりのこと言ってる」
「ん?」
つゆりがいたずらっぽく笑う。俺の言葉をおばあさんが予測してたって?
「うん、上梨、結構鋭いから島根県と神無月の関係を言うだろうって」
「しっかり言ってたな、俺」
「あれでしょ。神無月は島根の出雲大社に神様が集まるから、島根県は神在月ってやつでしょ」
「うん、それ。でもそれって実は後付けらしいぜ」
「あ、それも知ってるのかあ」
神無月が神様のいない月、というのは実は後からこじつけられたって説が濃厚らしい。
「あ、でも神無月が、神の無い月じゃないっていうのは?」
「それは知らないな。じゃあ神の?何?」
「神無月の「無」は、もともとは「の」って意味で使われてたんだって」
「え?じゃあ、神の月で神無月なの?」
「らしいよ。私もおばあちゃんの受け売りだから、詳しくは知らないけど」
「あ、でも水無月も梅雨時だから水の月か」
「へえー」
いや、つゆりが持ってきた話じゃんか。
「で、そんで、俺の名前が元々は神無だとして、何?」
「上梨の一族が元々祓う力に長けた一族である可能性があるってことらしいよ」
「マジか。でもじいちゃんもう亡くなってるから聞けないしなあ」
「うん、だから、気にしなくていいって言ってたよ。もう確かめることも出来ないだろうからって」
「ああ、まあ、そうだな」
皿に盛られた梨を爪楊枝で刺してもう一つ囓った。口の中に水気がじゅわっと広がった。
梨ってほとんど水分な気がするな。
実家に田舎から送られてきて、そこからまた俺に送られてきた梨である。品種は知らないけど、美味しい。
「で、石の話は聞けたわけ?」
「聞けたよー。ねー、だからさー」
「食事当番か?」
「正解っ」
やれやれ。俺は立ち上がって冷蔵庫の中身と晩御飯のメニューを相談した。
「おばあちゃんね。高卒で就職したんだって」
「へえ。でも昔は珍しくないだろ」
豚肉の残りを使うかなあ。ゴマ昆布も賞味期限が近いか。
「うん、で、運送会社の事務手伝いみたいな仕事を最初はしてたんだって」
豚しゃぶにゴマ昆布って合うかな?
「就職を機会に、おばあちゃんのおばあちゃんから石を受け継いだらしいんだけどさ。ねえ、上梨、聞いてる?」
ご飯にゴマ昆布を混ぜて、その上に甘辛味噌で痛めた豚を乗せても美味しいかもな。
「上梨ー。聞けー。寂しいぞー」
「あ、ごめん」
むくれるつゆりのご機嫌を直すには、甘辛味噌だな。
◇
「本当なんだって、酒々井さん」
「はあ」
お昼休みのお弁当を、女性社員三人でベンチに座って食べるのが習慣になっていた。
同僚からのいじわるもなく、とても仕事のしやすい環境だった。
「あの心霊写真は本物なんだから」
オカルト好きの彼女が熱心にそういう話をし始めると止まらないことを除けば。
「でもさ、ほら」
私は地面に足先で丸を二つ書いて、その下に横棒を引いた。
「何に見える?」
「顔」
もう一人の比較的無口な同僚が答えた。
「人って、いろんな物を顔に見立てちゃうから」
「んもう、それは分かってるって。前に教えてくれたじゃん。でも、あれは本当に心霊写真だって」
「うーん」
実は会社の社長は祖母と関りがあって、昔祓ったことがあるのだ。その恩義を感じていて、この会社にぜひと祖母が頼まれたこともあって、私はここに就職したのだ。
簿記の試験も受けるための勉強もさせてくれている、とても世話好きな社長さんだ。
ただし歓迎会でお酒が入ったら、私と祖母の名は出さないにしても、その祓ったときの話をするのだけは困った。
「そんなあいまいなのじゃなくてね、はっきり写ってるの。はっきり」
例えそうだとしても心霊写真かどうかは分からない。
「酒々井さんはそういうの信じないの?」
「あ、いえ。信じないことはないんですけど」
実をいえばこの会社の敷地でも「見える」のだ。
トラックの駐車場に立っているおじさんだ。どうも昔に事故で亡くなった方のようだ。
一度だけ姿を見せなくなったと思ったら、しばらくして北海道から戻ったトラックの助手席にちゃっかり座って帰って来た。
「社長は昔怖い目にあって、お祓いしてもらったって言ってたでしょ。やっぱりいるのよ。てっきり酒々井さんがそのお祓いした人の娘さんかなんかだと思ってたのに」
意外に鋭い。
「そんなんじゃありませんよ」
「でも、あの心霊写真は見た方いいわよ。あれぞ本物だから」
「ええ、そうね」
「そうだ、今度借りて来るわよ」
オカルト好きはおせっかいなのだろうか。
聞けば心霊写真の持ち主はライバル会社の事務員だと言う。郵便局で一緒になってそんな話になったらしい。
ライバルと言っても別にギスギスした関係でもない。お互いにお得意がいて、住みわけは出来ている。
「時間よ」
無口な同僚の一言で無駄話も終わりになった。
◇
「借りて来たわよー。もうドキドキ。こういうのって持ってるだけでも危ないって言うでしょ?」
「何を?」
すっかり忘れていた。
「心霊写真よ」
同僚がお弁当も開けずに二つに折りたたまれた封筒を出した。中には紙に包まれた写真が一葉。
「驚くわよ」
確かに驚いた。
社員旅行だろうか。ホテルの前で並ぶ社員達と思われる人々。
そのうちの一人の身体に後ろからおぶさるように敵意むき出しの女性が写っていた。
滅多に見ない本物だった。
「本物」
「う、うん。そうかもね」
「でしょ、でしょ。ほら、言ったじゃない。本物だって。これってお祓いとかした方がいいのかなって、持ち主が心配してるんだけどさあ」
やっとお弁当を開いた。私もお弁当を開く。
卵焼きを甘く作ったはずが、味がしない。
これほど敵意をむき出しにしている心霊写真は初めてだった。この抱きつかれている男性に、絶対に何かあったはずだ。
「持ち主ってこの男性じゃないの?」
「違うのよ。この女性」
端っこに立つ若い女性を同僚が指さした。
「撮影したのがこの人でね。現像したのはいんだけど、こんな写真だったから、焼き増しも出来ずに悩んでるわけ」
「なるほど」
「どう思う?これってお寺とか神社に持って行ってお祓いしてもらった方がいいと思わない?」
「うーん、どうかなあ」
写真は確かに衝撃的だが、この写真はただの写真でしかない。おばあちゃんによれば、写真そのものが悪さをすることも稀にあるらしいけど。
「呪われたりしないかなあ?私も持ってて怖いんだよね」
「たぶん、平気じゃないかな?」
「え?何を根拠に?」
「あ、いえ、ほら、この幽霊みたいなのはこの男性に用があるみたいだもん」
「ああ、まあ、それはそうね」
それよりもこの若い男性の方が気になる。
「この男性は?平気なのかな?」
「あー、なんか調子悪そうって言ってたよ」
やはり。どうやったら名前や住所が分かるだろうか。ここで聞いたら思い切り変だし。
「この人知ってる。うちの家の前のアパートに住んでる」
思わぬところから情報が入った。
◇
私は無口な同僚の住所へと寄り道した。確かに目の前にアパートがあった。
しかし肝心の名前が分からない。
アパートそのものにも特におかしなところはない。
となるとやはりあの男性に憑いているのだろう。
少し待ったが、よく考えればトラックの運転手だから、今日は帰宅しない可能性もある。
私は家に帰ることにした。
そして、そいつはいた。
疲れた表情の男性。その背中におぶさる女性。
その女性は男性の顔の横から睨みつけている。
強い。
強い悪意。
まさに呪い。
私は足が竦んでしまった。そんな立ちすくむ私を訝しんで、男性がちらっと私を見て通り過ぎる。
アパートの二階の一番奥の部屋へ入って行った。
私はゆっくりと一歩を踏み出した。背中が汗でびっしょりだった。
◇
家に帰って私は祖母から託された石を袋から出して転がしていた。
私が就職して、この石を託したら、すぐに死んでしまった祖母を思い出してた。
「見える」者の役目について語ってくれた祖母。
私にしか出来ないことがあると語ってくれた祖母。
「酒々井の血かあ」
私は石をぎゅっと握った。気持ちを込めるとうっすらと光を放ち始める。
やるしかないか。
◇
「えーっと、神楽さんか」
私は仕事の帰りにあのアパートへ行った。2階の奥の部屋のドアの横に「神楽」と名前があった。
その日はしばらく待っても彼は帰ってこなかった。
◇
「初めまして、酒々井と言います」
「この前アパートの前にいた人だよね」
「はい、お話ししたいことがあって来ました」
「セールスならお断りだよ」
神楽さんはやはり女性を背負ったまま、疲れた顔で帰宅した。
おぶさっている女性は、私が彼と話していてもまるで見向きもしない。
「最近、体調が優れない。違いますか?」
私の真剣な表情に、神楽さんは戸惑ったようだが、ため息をひとつついて、私を部屋に招き入れてくれた。
「お茶を飲む習慣がないんだ」
「あ、お構いなく」
お客用の座布団もなく、彼の座布団を差し出された。
彼はずっと女をおぶっている。
「で、俺の体調が何だって?」
「あの、神楽さん。憑りつかれてますよ」
神楽さんの目が大きく開かれる。
「な、何を」
「女性です。呪われてると言っていい」
「何だよ、急に、あんた」
「心当たりはありませんか?」
ぐっと神楽さんが息を飲む。
それにしても不可解だ。これだけ敵意をもっているのに、神楽さんは体調が悪くなる程度で済んでいる。目の前の女性も睨みつけているが危害を加えていない。
「女性の怨みを買うような心当たりはありませんか?」
「な、無い。なんだ、お前。もう帰ってくれ」
狼狽える神楽さんが怪しすぎる。
「神楽さん。本当に危険なんです」
「う、うるさいっ」
結局追い立てられるように部屋から出されてしまった。
帰り道にあの不可解な状況について考えたが、結論が出なかった。祖母が亡くなっているので、相談することも出来ない。
相談。
そうだ、祖母から相談先について教えられていた。今、思い出した。こんなことになるなんて思っていなかったので、すっかり忘れていた。
私は家路を急いだ。
戸棚に入れてあった、祖母の手帳を取り出す。住所録の名前のうち、困ったときに頼るように言われた人の欄には赤丸がつけてある。
一番先に出て来る赤丸のついた名前。そこに記された電話番号に私は電話した。
◇
『もしもし、加茂です』
「あ、あの、酒々井と言います」
『え?酒々井さん?』
「え?はい、酒々井です」
『ずいぶん声が若いけど』
きっと祖母のことを言っているのだと思って確認すると案の定だった。
『そうか、亡くなっていたんですね』
「ええ、すいません。ご連絡もせずに。家族だけの密葬を本人が望んでいたので」
『いえ、それは構いません。で、何か御用ですか?』
そう言われて思わず言いよどんでしまった。どこまでこの、加茂という人に話していいのだろうか。
『ひょっとして、「見える」話ですか?』
「はいっ」
加茂さんの言葉に思わず即答してしまった。
◇
「なるほど、男性の背に女性がね」
「そうなんです。敵意むき出して、怖いくらいなんです」
加茂さんは私が一通り話すとなんと直接会いに来てくれた。
駅で出迎えて喫茶店の奥の座席で声を潜めて事情を詳しく話した。
加茂さんは私と同い年くらいの青年だった。すごく筋肉質で、きっと武道か何かやっている気がする。身のこなしがなんだかかっこよかったから。
「お孫さんのあなたが「見える」のはいいとして、石は受け継ぎましたか?」
「はい」
「祝詞も教えてもらいましたか?」
「はい」
加茂さんはどこまで知っているのだろうか。
「今までに石で祓ったことは?」
「いえ、ありません。あの、手を叩くのは何度か」
「そうですか。実は、加茂家も「見える」家系です」
「え、えーっ?」
これには驚いた。
「残念ながら私はさほど見えませんがね。ぼやっとした影に見える感じです」
「あ、そうなんですか」
加茂さんが別の席を指さす。
「あそこ。あそこに影が見えます」
「います。おじいちゃんですね。コーヒーでも待っている感じです」
「へえ、ずいぶんはっきり見えるんですね」
「はあ」
注文したコーヒーと紅茶が来た。取り合えずそれを一口ずつ飲む。
「加茂家にはあまりはっきり「見える」者はこのところ出ていないようですが、祓う力はしっかりと受け継がれています」
「あ、そうなんですね。その、加茂さんも?」
「ええ、私も祓う力はあります。ただし。今回の話を聞くと強力な呪いのようにも思えます。石の力を借りないと祓えないかもしれません」
ふと気になった。石がない人たちはどうやって祓っているのだろう。
「あの、加茂家には石は受け継がれてないんですよね?」
「ないですね」
「加茂家はどうやって、その、強力なのを祓っているんですか?」
上品に加茂さんが笑って紙を取り出して机に置いた。
「加茂家ではこういったものを使います」
「お札、ですか?」
「そうですね。他にもいろいろありますが、一番使うのはこれですね」
「へえ、こういうのでも祓えるんですね」
「石ほど強力ではありませんが」
石の方が強力なんだ。
「神楽という名前ですが」
「はい」
「もしかしたら、我々のような祓う力のある血筋なのかもしれません」
「そうなんですか?」
「ええ、神楽とは、元々神道の神事で奉納する舞いのことを指します」
「あ、御神楽とか?」
「そうです。その神楽です。神楽は穢れを祓う舞いでもあります」
納得できた。つまり神楽さんは元々そういう力のある血筋の人で、だからあの女性は手出しが出来ていないのだ。
「でも体調は悪そうでした」
「そうでしょうね。背負っているのですから」
「どうしましょう。私達で祓いますか?」
「ええ、場合によっては」
「はあ」
「まずは見てみましょう」
「はい」
◇
アパートの前で私と加茂さんは神楽さんの帰宅を待っていた。加茂さんは運送会社に電話して、神楽さんが今夜は勤務が無いことを聞き出していた。
よくもまあ、適当な言い訳ができるものだと、感心するやらあきれるやら。公衆電話から電話しながら、私にウインクなんてするから、なんだか頬が熱くなってしまった。
「あ、来ました」
「確かに黒い影を背負ってますね」
四つ角を曲がって歩いて来る神楽さんが見えた。私の姿を見つけて、すごく嫌そうな顔をする。
「では、祓います」
加茂さんの言葉に私は頷いた。
ぱあんっ
突然の拍手に神楽さんがびくっとなる。
「な、なんだ、お前らっ」
怒った神楽さんが小走りにアパートの階段へ向かう。
「どうでした?」
「祓えました。でも…」
「でも?」
私は祓われる瞬間の彼女の表情を思い出していた。
それまでの怒りの表情から、寂しそうな、そう泣き顔になったのだ。
「泣き顔?」
「そう見えました」
「悔しそうな泣き顔ですか?」
「いえ、悲しそうな、寂しそうな泣き顔です」
「ふむ」
加茂さんが思案顔になる。気が付いたら見とれている私がいた。
「明日の朝も張り込みましょう。私は駅前のホテルに泊まります」
「ええ?は、はい」
加茂さんの行動力に圧倒されてしまう。
「ところで、どこかおいしいご飯のお店を知りませんか?」
◇
翌朝、私達二人はまた例のアパートの前に立っていた。
「まずは祓った女性が復活しているか、です」
「可能性は高いと?」
「ええ、呪いとなっていると私の拍手だけではその場しのぎかと」
「分かりました。もし復活していたら、石で祓えばいいんですね」
「いえ、まずはその女性に話を聞きましょう」
「はあ、え?ええっ?」
驚く私に加茂さんは優しく微笑むのだった。
「これは依り代と呼ばれます」
加茂さんは木彫りの人形を取り出した。
「これにいったん女性を移す。そんなことが可能なんですね」
「ええ、酒々井さんの石の力を借りれば、ですけどね。私達だけでやろうとするといろいろともっと準備が必要になります」
「はあ、そうなんですか」
「あ、出て来ました」
「ああ、また黒い影を背負ってますね」
部屋のドアを閉める神楽さんの背に、やはりあの女性がいた。
階段の途中で私たちの姿を見つけて、すごく嫌そうな顔をして止まった。顔には怒りが浮かぶ。
「お前ら、警察呼ぶぞ。いい加減にしろ」
私達が無言でいると、あきらめて階段を下りて歩き始める。
「では、お願いします」
「はい」
私は手に石を握って、そこに力を流し込んだ。石が温かくなる。
手を開くと輝いている。
その石の上に加茂さんが依り代の人形を差し出す。
「転位」
おかしなことをしていると思ってか、神楽さんがダッシュして消えていく。
私たちは彼女の話を聞いた。
◇
運送会社の駐車場。まだ朝発の便は出発していなかった。会社の人に気付かれないように駐車場に入るのは容易かった。
私達二人は一台のトラックの下を覗き込んでいた。
「ありましたね。これです」
加茂さんが指さす先には、髪の毛と肉片がこびりついていた。
◇
「な、なんだよ、これ」
私たちは数日後、運送会社の駐車場にいた。
警察に連れられて社長と神楽さんが立っている。
神楽さんのトラックの下を警察が調べている。ほどなく肉片と頭髪が発見される。
「神楽さん、あなたにはひき逃げの容疑がかかっています」
刑事さんに神楽さんがそう言われると、神楽さんはがっくりとうなだれた。
女性は彼にひき逃げされたのだった。
買い物の帰り道、横断歩道を渡っていた彼女は彼のトラックにひかれた。
彼は遺体を雑木林に捨てた。
彼女の帰りを待っていた赤ちゃんは餓死していた。
「じゃ、酒々井さん」
「はい」
警察に連れて行かれる神楽さんの背に向かって石を差し出す。
「破魔」
石が光った。
警察の人達が慌てた様子で周囲を見回した。
もちろん私と加茂さんは素知らぬ顔で通した。
◇
「赤ちゃんのところへ行けたのでしょうか?」
「分かりません。そうだといいですね」
「ええ、本当に」
駅の改札前に、私は加茂さんの見送りに来ていた。
彼女が神楽さんを呪った理由は大いに納得できるものだった。私は彼女を祓うことの是非を考えてしまったが、加茂さんからもしかすると関係ない人にも危害を及ぼし始める可能性があると説得されて祓った。
後悔していない。
祓った瞬間の彼女の顔が優しい顔になっていたから。
「彼も有罪になるでしょうし、亡くなった赤ちゃんも発見されて丁重に埋葬されたと聞きます」
「あの、本当にありがとうございました」
「いえ、酒々井の名を名乗る者には、最大限の便宜を計らえと言われていますから」
「そうなんですか。ぜひ、これからもよろしくお願いします」
私の差し出した手を握り返した手は厚くて力強かった。
◇
「え?それがおじいさんなの?」
「うん、それが縁で結婚したんだって」
「じゃあつゆりは酒々井家と加茂家の両方の力を継いでるってこと?あ、それはお母さんか」
つゆりは甘辛味噌の味付けが気に入ってくれたようで、実に美味しそうに豚肉を口に運んでいる。
「うん、まあ、そんなところみたい。自覚ないけどね」
「石の使い方については、あまり参考にならないね」
「要するにすっとぼけるって言うのが一番みたい。不可思議な現象が起きた時って、人間は「否認」っていう防衛本能が働くんだって」
「認めないってことか。受け入れがたい現象は、そもそもそんなことは起きていないって自分を納得させるんだ」
「うん、そうみたい。中にはそうじゃない人もいるみたいだけど」
確かに大人数の前で、さあご覧なさいって石を使う可能性は低い。少人数ならばすっとぼけるという対応も、悪くないかもしれない。
「加茂さんは、養子に入ったってこと?」
「うん、加茂さんは三男だったから、酒々井の名前を残すことに理解をしてくれたんだって。向こうの家も。まあ、酒々井家が、代々石を引き継いでいるって言うのも大きかったんじゃないかって」
「そういう血筋って言うか、家系って結構あるのかな?」
「たぶんね。でも話に出てきた神楽さんみたいに、自分がその血筋だってことを分かってない人も多いみたい」
つゆりが箸を止めてじっと俺を見つめる。
「あ、俺も?」
「うん、そう言うこと。でも上梨と出会ったことも運命的だよねえ」
「ああ、確かにな。あの駐車場での出来事が無かったら、こんな感じになってなかっただろうし」
食べ終わったつゆりが俺の分の食器も重ねてキッチンへ立った。今回も洗うのはやってくれるみたいだ。
俺は横に立って拭く作業を受け持った。
「俺達、運命の二人なのかもな」
「やだ、どうしたの、急に」
「つゆり、結婚しような」
「え?何?これ、プロポーズ?」
「いや、プロポーズの予約」
「予約制だっけ?プロポーズって?」
洗い終えたつゆりが手を拭いて抱きついてきた。
「予約は受け付けないのか?」
俺も拭く作業を終えてつゆりを抱いた。
「受け付けます」
二人のキスは少し甘辛だった。
だいたい「振り」の回収も終わったので、次くらいで終われれば。