外法様 【彼の妹】
「えっと、彼も三日籠りをしているってことなんですか?」
「いや、彼はそのつもりはなく、単純に怖くて立てこもっていたらしいね、最初は。私達の話を聞いて、三日籠りをするつもりになったみたいだ」
「じゃあ、彼もまだお礼をしていないってことですか」
「いや、どうもお礼はしたらしいんだ。俺は大丈夫なんだとぶつぶつ言っていた時があったから。そのくせ出て行く勇気は無いんだよ」
「何をお礼したかは?」
「教えてくれない」
お礼に差し出したものが分かれば、豪君のお礼もすることが出来るかもしれないのに。つくづく自分勝手な男なのだ。
「ねえ、あなた。天狗に何をお礼として渡したの?」
つゆりが遠慮なく聞いた。
男はちらっとつゆりを見て、無言でまた俯いた。
「嫌な感じ」
つゆりがぼそっと、しかし彼に聞こえるように言った。いいぞ、つゆり。とってもつゆりらしい。
「で、上梨君たちは、彼を探しに来たってことでいいのかな?」
俺とつゆりは頷いた。
「はい、実はつゆりのおばあさんが彼の妹と知り合いで」
「はは、顔が広いねえ」
「人脈の塊みたいな人ですね。で、その妹さんが兄である彼を心配していたんですが」
一応、つゆりに話してもいいかなという視線を送る。つゆりが小さく頷いた。
「妹さんのところに天狗が現れて、そして妹さんも行方不明に」
「なんだって?」
加茂さんの表情が急に険しくなった。
「妹さんは彼の撮影につきあったとか、ではないわけだよね?」
「はい、全く関わっていないと思います」
「なんてことを」
加茂さんが立ち上がった。怒ってる?
加茂さんがつかつかと俯いて膝を抱えている彼のところに歩み寄った。いきなり頭を掴んで顔を上げさせた。
「いてえなっ」
「おい、お前」
加茂さんの声が明らかに怒っている。こんな声、初めて聴いた。豪君も青ざめている。
「離せよっ」
「お前、妹を差し出したのか?」
え?
何だって?
思わずつゆりを見る。つゆりが何とも言えない表情になっている。たぶん、つゆりを見ている自分の顔もだ。
「は?知らねえし」
「嘘をつけ。お前、外法様にお礼を寄越せと迫られて、妹を差し出したんだろう」
「だったらどうした?お前に関係ないだろ。うるせえんだよ」
加茂さんが捨てるように彼の頭を離した。
「い、いんだよ。あいつは、お兄ちゃんの役に立ちたいって言ってたんだから。何でも相談してって、助けてあげるって言ってたんだから」
「上梨っ」
つゆりの手をすり抜けて、俺は杖の入った袋を手に立ち上がっていた。
袋から杖を出そうとする手を止めたのは加茂さんだった。
「上梨君」
「許せません」
「上梨君、落ち着いて。個人的な怒りの感情で振るうために、杖を教えたんじゃありません」
「しかし」
つゆりの手が腰に当たった。恐る恐る。
その手の触れ方に急に怒りの感情がしぼんだ。つゆりにこんな触れ方をさせてはいけない。そう思った。
「すいません」
「いや、それにまだ妹さんが亡くなったと決まったわけじゃないし」
「そうですね」
「上梨ぃ」
つゆりの声が少し震えていた。
ごめん、つゆり。
「ごめんよ。あいつの言い方にどうしても腹が立って」
「うん、分かるよ。私もだもん」
そうだ。そしてそれは加茂さんもなのだろう。彼を見る目が明らかに険しくなっている。
「あの電柱でたくさん首を吊った人がいることは知っていますか?」
「ああ、その辺の話は豪君から。豪君は彼から聞いたそうだがね」
「廃村の原因になったと思いますが、それも天狗が絡んでいるんでしょうか?」
「ああ、足場のないあの電柱に首を吊れる人はいないよ」
やはり加茂さんも同じ見立てになるか。
「妹さんを探すのが実は目的です。そのために彼を探していたわけなんです」
「ああ、そう言うことか。しかし彼がお礼として妹を差し出したとなると、彼女の身柄は外法様が預かっていることになる」
「その、食べられちゃったりするんですか?」
つゆりの質問が加茂さんの表情を和らげた。
「しないと思うな。外法様は人外の存在だけど、人を食べていたという記録は無いんじゃないかな。もちろん、私が知る限りでは、だけど」
「でも昔から人を、そういう人外の存在に捧げる話ってありますけど、食べられちゃうケース、多いですよね」
「ああ、そうだね。確かに数年に一度生贄を差し出すとか、日照りになったのは怒りを買ったからだと、それを鎮めるために人身御供を捧げたりしていたみたいだね」
「それとは違うんですか?」
「ここの外法様は違うと思う」
加茂さんがそう言うのならきっとそうなのだろう。少しだけ希望が見えたけれど。
「となると妹さんはどこにいるんでしょう?」
「身の回りの世話とか?」
加茂さんの代わりにつゆりが答えた。
「身の回りの世話?」
「うん、山姥の錦とかだと、そうじゃない?」
「それは創作の物語だろ?」
「あ、そうだっけ?」
「まあ、意外にそんなところに真実が書いてあることもある」
加茂さん、マジですか。妹さんが身の回りの世話をしているって?
「実は差し出した娘が孕んで戻って来たなんて話もあるんだよ」
「わあ」
つゆりが加茂さんの言葉にすごい拒否反応を示した。まあ、女性としたらそうだろう。
「ところで、加茂さん。この村から逃げ出すのはダメですか?」
別に籠らずに、自分のホームで迎えてもいいのではないかと考えての質問だった。
「ああ、君たちはもしかしたら出られるかもね」
「ということは、加茂さん達は出られない?」
「ははは、そうなんだよ。不思議なことが起きてね」
「不思議なこと?」
思わず聞き返したが、ニヤリと返された。
「そう、豪君を連れて出ようとすると、迷子になるんだ」
「迷子、ですか?」
迷子も何も、お堂を出て、草地を抜けて、あとは下るだけでいいはずなのだが。
「豪君は籠ってもらってるから外には出せない。もしかすると彼を追っていた君達にも不思議なことが起きるかもしれない。どうだい、ひとつ村を出てみては?」
「はあ、まあ、いいですけど」
「もちろん、天狗倒しが近づいてきたら、ここへ逃げ込むように」
「分かりました」
つゆりをちらっと見るが、あまり気が進まないようだ。
「つゆり、止めとく?」
「ううん、大丈夫。いざとなったら逃げ込む、だよね」
「うん、遠くにでも聞こえたらすぐに教えて」
「分かった。手、離さないでね」
無論だ。
たぶんインフルエンザにやられました。書き溜めた分だけ予約投稿します。回復が間に合わなかったら、そこで一度投稿が止まります。すいません。




