外法様 【因果切り】
「動画に映ってほしいと希望していて、それを叶えたのにお礼を寄越さないと、天狗が怒ってるんですか?」
「そうだ。これはあの彼に話を聞いて分かったんだがね。彼もお礼を求められた。家に来たそうだよ。さっきの天狗倒しが」
「山限定じゃないんですか?」
「ああ、関係ないよ。住んでいるのが山だと言うだけさ」
山限定の超自然現象ってわけじゃないのか。上梨と山の神様とか精霊みたいなものだと認識していたけど、それは改めた方がよさそうだ。
「彼は家をさっきのように揺さぶられたことで、豪君に責任を押し付けた。自分より、豪君の方が後に行ったと」
「先とか後とか関係あるんですか?」
「いやあ、どっちもだよね。先も後も無い」
加茂さんの言う通りだろう。どちらの動画にも映っているんだから。
「懲りない彼はもう一度ここへ来た。また映すためにね。自分では映っているのが見えていないんだから何度来ても意味がないんだがね」
「え?でもまた映ったら、報酬を求められちゃいますよね?最初の分は豪君に押し付けられたとしても」
「その通り。まったく、困ったものだよ」
当の本人は膝を抱えて俯いたままだ。
「で、その押し付けられた因果を何とかしようとここへ来たんですか?」
「そう、我が家にも天狗倒しが来てね。私は心当たりがないので、豪君に聞いたら白状してね」
「白状って」
「だって、隠していただろう?」
「いや、でも、俺、映ってるの知らなかったし」
「こんな調子さ」
加茂さんがやれやれという顔をする。
「命に関わるかもしれないという自覚が無いんだよ」
しかしそこに関しては私も豪君に同情してしまう。現に因果は押し付けられた感じなんだし。
「あちら側の物をむやみに撮影して利用するのが悪いんだよ、そもそも」
「もう、その話は、師匠」
ほとほと困った顔で豪君が深々と頭を下げた。まだ動画投稿していたことをチクチクと説教されているようだ。意外に加茂さんもしつこいんだな。
「でも因果切りってどうやるんですか?」
「ああ、米とか味噌とか干物とか持って来たんだけど、まるで効果が無かった」
「最初はきちんとお礼をしようとしたんですか?」
「ああ、おにぎりで木を切る仕事を手伝ったなんて話も聞いていたから、何とかなるかと思っていたんだけど、甘かったよ。ということで、因果切りに切り替えた」
それだ。因果切りとはどうやるのだろう。
「因果切りってどうやるんですか?」
「それもいろいろ考えたんだがね。幸いこんな立派なお堂があったんので、三日籠りで行こうかと」
「三日籠り?」
「山籠りって聞いたことあるだろう?あれは別に山にこもるわけじゃなくて、山寺などに籠ることを言うんだ。基本的にはね」
「山伏とか修験僧の修行みたいなものですか?」
「そうそう、あの井出羽の連中もしてるはずだ」
ここで加茂さんがぐるっとお堂の中を見回した。
「御覧の通りがらんどうだ。何かを特に祀ってはいないようだ。今はね」
「廃屋みたいになっていないのはなぜですか?」
「お、さすが上梨君。いい視点だ。明らかにこのお堂そのものに不浄を祓い、魔を鎮める力がある。建設した時に相当力のある者がかかわったに違ないよ」
「お党に込められた念みたいなものが、腐食や腐敗からも守ったということですか?」
「そうだよ。すごいよね」
物理の法則にも干渉することが出来るのか。生きている人間じゃなくて、残された建物が。確かにすごい人が関わったに違いない。
「しかしねえ。その力も消えつつある」
「やはり年月が?」
「違うよ。あれ」
加茂さんが指さしたのは部屋の隅の糞尿だった。
「あ、神聖な場所を汚しちゃったと」
「思い切りね」
「すでに主のいなくなったこのお堂が、今の状態でいられたのは、ここが廃村になってずっとフラットな状態でいたからとも考えられる。そこにあの仕打ちだろう。このお堂の力が衰えて行くのは間違いないよ」
「力が三日間衰え切らずに残っていて、その三日間を籠っていられれば因果切りを出来るんですか?」
「うーん、こればっかりは保証できないんだよ。何しろ加茂家にも、口伝で昔、酒々井と関わったときに出会ったことがある、くらいしか外法様のことは分からないから」
「いえ、三日籠るのが効果あるっていうのは?」
「ああ、そっちか。それは三日だったり五日だったりひと月だったりいろいろさ。効果はもちろん見込めるんだけどねえ、籠れて三日と判断したから三日籠りに方針転換しただけの話だから」
加茂さんにしては行き当たりばったりな気もする。
「お礼がダメだったときの二の手、三の手を考えていなかったんですか?加茂さんともあろう方が」
「言うねえ、つゆりちゃん。もちろん考えてあるさ。でもね、出来ればやりたくない」
「やりたくない?」
「勝算が無いから」
ああ、加茂さんは天狗を倒すつもりなのだ。
おばあちゃんが手出しするなと言った天狗を、加茂さんは弟子に取った豪君のために倒そうとしているのだった。
私は思わず掴んでいた上梨の手に力を込めた。
因果を断つことについての名称は作中の加茂さんの家に伝わる呼び方であるとご理解ください。諸説あります、もちろん。