外法様 【近づく音】
「足元気を付けて」
上梨がエスコートしてくれるので、なんとか荒れた道も歩けた。さすがの体幹だ。私も結構鍛えているつもりだけど、上梨には敵わないなあと思ってしまう。
草が生い茂っていて、そこが平らなのか、段があるのか、石があるのか。そう言うことが分からないのだが、上梨は結構すいすいと歩いて行く。不思議だなあ。
ふとまた音が聞こえた気がして立ち止まってしまった。
どこかすごくとおくで、どーんという音だ。
「どうした?また音?」
上梨が察してくれる。私は少し首をかしげながら、取り敢えず頷いた。空耳と言われれば空耳。そのくらい不明瞭な音だった。
「すごく遠くだから。全然分からない」
「なんだろうね」
「どーんて言う地響きみたいな?」
「工事で発破でもかけているのかなあ?」
「葉っぱ?」
「いや、ダイナマイトみたいな爆発物のことを、発破を仕掛けるって言うんだよ」
「へーえ」
そう言うことなら気にすること無いか。私は気を取り直して上梨の手を握り直した。
「行こうか」
「うん」
廃屋が散見されるが、どれも廃村に相応しい風情で、すっかり朽ち果てている。屋根が落ちちゃってる廃屋は、家の中にも草が生えている。
「足跡あるな」
上梨の言葉に見て見れば、確かに草を踏んだ足跡があった。
「大人サイズ。えーっとこっちにも別のがあるな。取り敢えず二人分と」
「加茂さん達かな」
「どうかな。不明瞭な足跡もあるからなあ」
そして私はまた音を聞いた。
上梨も立ち止まった。何かを探すように首を巡らせている。
「聞こえた?」
「聞こえた。どーんだった」
よかった。空耳じゃなかったんだ。しかもさっきよりも少し近づいた気がする。
「ひょっとしてさっきつゆりが聞いた時より、近づいているとか?」
「うん。なんか怖いな」
「外法様の仕業ってことなのかな?」
「天狗がダイナマイト?」
「いや、発破じゃなくて」
上梨が笑った。別に受けを狙ったわけじゃないんだけど。私、天然なのかな?
「先を急いだほうがいい?」
「かもしれないな。でも足元が悪いから、走ると転ぶぞ」
「上梨が手を繋いでてくれれば平気かも」
「じゃあ、そうするか」
さっきまでよりも少し歩く速度を速める。
あ、こっちの方が性にあってるかも。けっこう軽快に歩けるぞ。
どーん
「おっと、また近づいた」
上梨が険しい顔で言った。近づいて来るのは、悪い予感しかしない。早く、目的の男性を見つけたいところだ。
「あ」
二人して思わず立ち止まった。少し開けた場所にすっくと突然電柱が立っていたのだ。
「これだ」
二人して上を見上げる。取り敢えず誰も首を吊っていなかったので一安心する。
どーん
「木が倒れる音?」
また音が近づいた。確かに上梨が言うように木が倒れる音に聞こえなくもない。
「近づいて来るよ。どうする?」
「建物に逃げ込もうにも廃屋だからなあ。もう少し奥まで行こう。近づいてきているけど、まだ距離はある気がする」
「分かった」
私は上梨を信じて、さらに廃村を進んだ。
どーん
上梨に言われたので、何となく倒れる木の音に聞こえて来た。天狗が木を倒しながら近づいているのだろうか?
「ねえ、上梨」
「ん?」
「あの茂み、誰かが分け入った感じしない?」
私は茂みが不自然に倒れているところを指さした。
「あ、ほんとだ。行ってみよう。どうもこの先も隠れられそうなところはなさそうだ」
「うん」
私と上梨は茂みに近づいた。近づいてみると、足跡がはっきり残っているのが見えた。私と上梨もその茂みに入った。
どーん
どうしよう、上梨。どんどん音が近づいて来るよ。山の向こうで響いている感じだったのが、もう見晴らせる範囲で鳴っているように聞こえる。
「つゆり、「開眼」してもらっていいか?」
「う、うん」
気持ちは急いているけれど、私は立ち止まって石を取り出した。
「開眼」
ぐるっと上梨が周囲を見渡す。何も「見えないよ」上梨。
「いないか、やっぱり」
「いたら私、言ってるし」
「だな」
上梨が私の手を取り、また足早に歩き出した。
どーん
近い。
どうしよう。言い得ぬ怖さで脚がふわふわする。
「上梨ぃ」
「大丈夫」
恐らく何の根拠もない「大丈夫」だけど、私は上梨がそう言ってくれるのが嬉しい。いきなり殺されたりはしないと信じたい。いや、きっとそんなことはしない。
「あ」
突然人に出くわした。
「加茂さん」
「よお」
加茂さんがまるで散歩の途中のような仕草で手を挙げた。