外法様 【村の入り口】
「気を付けるんだよ。これを持って行きな」
おばあさんは朝ごはんの後、私達に袋を渡してきた。
「これは?」
「煙草の葉だよ。お守り代わりさ」
煙草の葉は外法様への報酬として有効だったとかいう話だった。
「ありがとうございます」
「いいってことさ。くれぐれも気を付けてな。見つかるといいが、無理はするない」
「はい」
タクシーのおじいさんは約束の時間にきっちり来てくれていた。
「お待たせしました」
「いやあ、時間度通りだよ」
実際は15分くらい出るのが遅れたのに、これは時間通りに当てはまるらしい。
昨日の最初のように少々乱暴な運転で、タクシーは道を進んだ。
「どうだい?鍋だったろ?」
「ええ、美味しかったです」
「そりゃよかった。そんでいきなりだが、村に昨日人が入った」
「え?」
思わぬ展開につゆりと顔を見合わせた。まさか探している人物だろうか?
「男の二人組だってよ。うちの会社のもう一台のタクシーが乗せて行った。昨日の昼頃の話だ」
男二人組?となると探し人ではない。また誰か動画投稿者やオカルト好きが侵入したのだろうか。
「その二人は帰りはどうすると言っていたんですか?」
「朝に迎えに来てくれと言ってたんだと。今頃そいつが迎えに行ってるはずだよ」
ということは、一晩明かす覚悟で村に入ったと言うことになる。相応の覚悟をもっている二人組だ。
「山道、すれ違えますか?」
「ん?ああ、何とかなるだろ?」
何とかならなかった。
下ってくる空のタクシーとまんまと鉢合わせとなってしまい。そろそろとバックで下がることになってしまったのだ。
「少し待ったが、戻ってこなんかった」
「となると、また明日か?」
「そう言う約束だからな、明日までは」
どうやら二人組は戻ってこなかったようだ。運転席の窓を開けて、ドライバー同士で会話をしているところに割って入る。
「村の様子に変化は?」
「ん?ああ、入り口からは入っておらんからな。車では奥まで入りたくないもんで」
「二人組ってどんな二人組ですか?」
つゆりがさらに割って入る。
「あらまあ、可愛い子だ。おじさんと若者のコンビだよ。おじさんが師匠みたいだな」
「え?」
思わずつゆりが言う。もちろん、心当たりがあるからだ。
「ひょっとして」
「ああ、加茂さんじゃない?」
動き出したタクシーの中でつゆりと同じ直感を共有した。
「加茂さんが来るとなると、やっぱりオカルトハンター豪の動画絡みってことなのかな?」
「今のところそれしか考えられないね」
「まあ、加茂さんだと確定したわけじゃないしね」
「加茂さんが来ているとなれば心強いんだけどな」
「だねえ」
正直天狗なんてものを相手に俺とつゆりでどうこう出来る気がしない。普通の霊じゃないのだ。相手をしなくていいと言われていても、相手が見逃してくれない可能性だってある。
「あそこだ」
しばらく狭い道を進んだところで道が開けた。ここが村の入り口ということのようだ。
まだ車が入れる道は続いているが、おじいさんドライバーはこれ以上中に車を入れる気はないようだ。
「じゃあ夕方に。もし今日戻らなくても、明日までは来てもらえますか?」
「ああ、分かったよ。あんたら若いのに気風がいいからな。上客だ」
つゆりがきょとんとする。
「切符?」
「いや、気持ちに風と書いて気風。気風がいいっていうのは、気前がいいとか、支払いがいいとかってこと」
「あ、そうなんだ。まあ、そうだね」
金に糸目はつけないとまではいかないが、支払いは請求額以上に色をつけている。
「じゃあ、気を付けてな。無茶すんな」
「はい、ありがとうございます」
タクシーが展開して山道を降りて行った。
改めて振り返って村の入り口を見る。
道は伸びていて、すぐ先に一件目の民家が建っている。草が生い茂っているところは、たぶん元々畑だったのだろう。今では見る影もないが。
「上梨」
「ん?」
「あれ」
つゆりが指さすところに車があった。しかも打ち捨てられた車ではない。ぱっと見て分からないように茂みに突っ込んである。
つゆりと近づいてみると東京のナンバーだ。
「二人組はタクシーだから」
「探し人の車ってことだよね」
「そうなるな」
中を覗き込むが、フィルムが貼られている。
前に回り込んで見る。もちろん誰もいない。
「後部座席に三脚みたいなのがある。たぶん探し人で間違いないんじゃない?」
「ああ、あれは一脚だな」
彼がこの村にまた訪れているのは間違いないだろう。しかしそれはまた別の意味で不安材料でもあった。
「村で、何してんだろうね?」
それだ。
「昨日の昼から二人組も入っているのにな」
俺はそう言ったが、つゆりはそれを聞いていないようだ。
「どした?」
「ん?あ、今何か、音しなかった?」
「音?」
「うん、どーんってすごく遠くで?」
「いや、気付かなかったけど」
「そうか。じゃあ空耳かも」
空耳?つゆりに限って空耳なんてあるだろうか。




