【閑話】「見える」お父さんと「ちょっと見える」喜多佳ちゃん 後編
前半鹿嶋のお父さん視点。後半その娘、鹿嶋喜多佳ちゃん視点です。
やはりまたあの少女がお遣いにコンビニへとやって来た。あの様子ならば、満足するお遣いが出来るまで何度も繰り返すだろうと思っていた通りだった。
「じゃあ、お父さんは行くから」
「分かった」
喜多佳がコンビニ真横にあるパーキングに停めた車から降りた。私も車を降りて、例の家へと向かった。少女は喜多佳が引き留めてる段取りになっている。
例のアパートの周囲に置き直した盛り塩は早くも黒ずんでいる。やはり例のやつは徐々に力をつけているようだ。
ドアチャイムを押すと中でそれが響いた。人の動く気配がする。
「どなた?」
インターフォンが無いので、ドアの向こうから声が聞こえた。母親の声だろうか。
「生活支援員です」
はったりをかます。ドアの向こうで気配が揺れる。
「お引き取りください」
「お子さんへの虐待の件で来ました」
さらに気配が揺れて遠ざかった。代わりに怒りの気配が近づいて来る。これが父親か。
ドアが乱暴に開かれて、父親が顔を出した。
「帰ってください。呼んでいません」
「お子さんへの虐待の件で来ました」
「名刺は?」
うさんくさそうに私の上から下まで舐めるように父親が見る。
「お子さんを虐待していますね?」
父親の言葉を無視して尋ねる。
「お前、誰だよ。支援員なんかじゃないだろ?この前見たぞ」
記憶力がいいんだな。
「虐待の現場を見た」
「虐待じゃない、あれはしつけだ」
「行き過ぎたしつけは虐待だ」
「人の家庭に口を出さないで頂きたい」
「虐待をやめていただきたい」
「おい、公佳。警察を呼べ」
父親の声に奥から母親らしき女が出て来る。
しまった。思い違いをしていた。
てっきりこの父親が虐待をして、それを支配されて止められない母親なのだと思っていた。
父親に憑いている愉快犯のような霊が、盛り塩を黒ずませているのだとばかり思っていた。
違うのだ。
この母親なのだ。
姿を現した母親が醜悪なまるで餓鬼のような霊を引き連れて来ていた。
父親は支配などしていないのだ。
この母親に仕向けられて虐待をしていたのだ。
俺は父親の腕を掴んだ。
「な?」
ポケットから塩を取り出して撒く。
「お、おいっ」
びくっと母親が塩に警戒して立ち止まった。
「奥さん、憑りつかれてますよ」
「な、なにを馬鹿な」
お前もだけどな。ここは荒療治が必要だ。準備をしてきて正解だった。
「暴れるな。見せてやる」
ペットボトルを取り出して蓋を手早く開ける。その中身の神水を父親に振りかけた。父親に憑いていた男の霊が一瞬にして男から離れて雲散霧消していく。
藻塩を混ぜた特別製の神水の効果は抜群だ。
「何をするっ」
ペットボトルを振り払われて、床に落ちる。
「見ろっ」
神水に濡れた父親の顔を母親に向ける。この効果は一時的だ。すぐに見せる必要がある。
「う、うわああ。公佳っ。な、なんだそれはっ」
父親が母親に憑りついた霊を見て腰を抜かしてドアに当たって尻もちをついた。
「祓わせてもらう」
こくこくと父親が頷く。
「な、何?け、警察を呼べばいいの?」
母親が怯えた表情で言う。とぼけても無駄だ。もうバレている。
「鹿嶋流、神水浄化」
今までは言っていなかった言葉を言う。これも前回の連合軍で学んだことだ。言葉にする重要さを教えてもらったことは、目からうろこだった。
言葉にしてわざわざ言う必要性を全く考えていなかったし、鹿嶋流ではそもそも名前のついていない技術がほとんどだった。
手にペットボトルから神水を取り、それを母親の周りに振りかける。
「やめろっ。てめえっ。やめろってっ」
母親の形相が鬼女のそれに変貌する。やはりこっちの方が相当深刻だ。霊の影響が母親そのものに大分浸潤しているのだ。
歯をガチガチと咬み合わせて私に掴みかかろうとする母親に塩をぶちまける。
「ひぎゃあああっ。このおおおおおおおっ」
さあ、いよいよ必殺技の出番だ。私は足元に降ろしたバッグから破魔矢を取り出す。神水に浸し、祝詞も十分に込めた破魔矢はしかも、神社の神木の枝から作ったものだ。
「鹿嶋流、破魔矢」
短い矢はしかし弓では射ない。手にしたまま投げるのだ。
この投げるのがなかなか難しくて結構練習した。娘の喜多佳の方が上手なくらいだったが、命中率は実戦で使える程度には高まっていると自負している。
狙うのは母親ではない。その背後で張り付くように怒りの形相を浮かべている霊だ。
私の手から放たれた破魔矢がどんぴしゃりで背後の霊に直撃する寸前。母親がそこへ自分の顔を差し出した。
「ぐぎゃ」
もちろん破魔矢は憑かれている本人に命中しても、一定の効果はある。しかし今回の霊が相手だと祓うまではいかない。
「あんたっ。こいつ止めなさいよっ」
「い、いや、しかし」
母親が破魔矢を蹴り飛ばして父親に叫ぶ。
「止めろって言ってんだろがあ」
「ひ、ひいっ」
逆に父親は転がるように玄関から出て行ってしまう。それもそうだろう。涎を垂らしながら鬼の形相で迫られれば、たいていの男は逃げ出すはずだ。
「あきらめるんだな」
今度は木札を取り出す。こっちはまだ試行錯誤中だが、一定の効果はあるはずだ。
「鹿嶋流、封印札」
名前はもう少し力のある言葉に変えたいところだ。急ぎだったので、まだ決めていないのだ。
その木札をがりがりと爪を剥がしながら床を引っかく母親の周囲にパンパンと置いて行く。
「いぐいいぐういぐいぎいいいい
母親が壁に引っ付いて小さくなる。十分な効果だ。満足しつつ二本目の破魔矢を取り出す。これが最後だ。封印札で動きをある程度封じてあるので、母親に近づく。
「鹿嶋流、破魔矢」
投げるのではなく、手に持ったまま破魔矢を振り下ろす。
「らぎゃ」
動けないはずの母親が動いた。
しまった。
私の腕は血にまみれた母親の両腕につかみ取られていた。爪の剥がれた指先からの血潮で神水の効果が減じられていたのだ。偶然かそれとも意図的か。
どちらにせよ、これはピンチかもしれない。
「死んじまえ」
ニタリと母親が笑った。
片手で取り出した塩を母親が私の腕を掴んでいるところにすり込む。まるで火傷をしたように母親の手に水膨れが出来るが、母親はその手を離さない。それどころか骨が軋むほどの力で握りしめて来る。
必死に破魔矢を取り落とさないようにするが、腕の痛みが半端ない。
こうなるとリスクを承知で奥の手を出すしかないか。
「お父さんっ」
「喜多佳」
玄関に飛び込んできたのは喜多佳だった。
「父親が飛び出してきたから」
「そうか。そこに転がってる破魔矢拾って投げてくれるか」
「これ?はい。行くよっ」
いや、喜多佳。投げてくれるかって言うのは、私に投げ渡してくれと言う意味だったんだがな。
「えいっ」
喜多佳の三つ編みが揺れた。
喜多佳の投げた破魔矢はまさに母親の背後に憑りついた霊に、どんぴしゃりで命中した。
私の腕を掴んでいたことで母親も防ぐことが出来ない。
「ぱぎい」
命中すると同時に母親が廊下を吹っ飛んで転がる。
封印札の結界の中には霊だけが残った。顔の半分以上が喜多佳が投じた破魔矢によって粉砕されている。
「悪しき者、灰燼へ帰すべし」
鹿嶋家に伝わる祝詞の一部を言い放ちながら、そこへ改めて握り直した破魔矢を振り下ろした。
◇
「母親の方だったんだね」
「ああ、すまないな。見立てが違っていたよ」
お父さんは反省しきりのようだが、結果的に無事に祓うこともできたのだからもう少し満足してもいいと思う。
「これで虐待も収まるかな?収まるよね?」
「ああ、父親には事情を話した。彼は理解してくれた、と思う」
「そうか。そうだよね。うん」
お父さんは例の家にお札を残してきたし、破魔矢も壁に飾らせた。さらに時々様子を見に行ってくれるとも言っていた。
「しかし喜多佳には助かったよ」
「ああ、破魔矢?でしょ?」
母親の背後に蠢く黒い塊に向かって思わず投げたけれど、それがバッチリ命中していたらしい。
「お父さんももっと練習するよ」
「教えてあげるよ。どうやら私の方が投げることには才能あるみたいだし」
「ああ、そうだなあ」
私は嬉しそうに笑うお父さんに聞きたいことがあるのだ。
「あのさ、お父さん」
「何だ?」
「父親に水掛けてたよね」
「ああ」
お父さんが少し困った顔をした。私がこれから何を聞こうとしているのか分かったのだろう。
「神水を振りかけると、霊がはっきり見えるようになるの?」
お父さんが嘆息する。図星なのだ。
「ああ、「見える」よ。短時間だけどね」
「それって私でも?」
「ある程度「見えている」喜多佳にはもっと少量でも効果があるよ」
お母さんほどの才能が無い私だったけど、神水の力を借りれば「見える」のか。
「ダメだよ」
お父さんが真剣な顔で私に告げる。
やはり私がこれから言おうとしていることが分かっての言葉だ。
「ケチ」
「ケチじゃない」
オヨバズ編で地味だった鹿嶋さんの脚光を。と思って書きましたが、喜多佳ちゃんが何だか動き出しちゃいました。




