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物憑き 【取引】

酒々井つゆり視点です。




「連絡、来ないね」

「そうだなあ。こっちから連絡してみようか?」

「でも病院にも寄るかもって言ってたしなあ」


 私としては早く決着して帰るなら帰るで、早く行動したいのだ。


「ひょっとしてじれてる?」

「え?うん、まあね」

「もしかして、単位危ないの、あるの?」

「な」


 鋭い上梨の登場だ。


「ないよ」

「本当は?」

「うー、ある」


 もう観念するしかないのだ。出会った頃は、結構大雑把な男の子だったように記憶しているのに、気が付いたら私の心を読むような言動が頻発する素敵な男性になっていた。認めざるを得ないんだもん。


「明日の講義なの?」

「うん」

「朝一番じゃ、厳しいか。じゃあやっぱりこっちから連絡してみるよ」

「ありがとう」


 小さくなって返事をするばかりだ。ぽんぽんと笑顔で私の頭を優しく叩いて上梨が連絡を入れる。


 私はベッドに座ってその上梨の横顔を見つめるだけだ。


「出ないな」

「あ、じゃあ武田さんに連絡してみる?」

「交換したの?」

「うん」

「じゃあ、そっちから」

「分かった」


 私はアドレス帳から教えてもらった武田さんの電話番号を選択した。

 耳を当てるが呼び出し音がむなしく響くだけだった。


「ダメ、みたい」

「うーん。心配だなあ。こうなると」


 すると上梨のスマホに着信が来た。


「はい、上梨です。はい。ロビーですね。すぐに行きます」

「誰?」

「桐野さん、ロビーにすぐ来いって」

「何だろう?」

「さあ、結構な勢いだったから、すぐ行こう」

「分かった」


 私達はすぐに部屋を出た。エレベーターの中でちゅっとキスをしたのはご愛敬ってことで許してほしい。


 ロビーに出ると桐野さんたちの前に年配の男性が座っていた。


「こちら、須賀原の会社の社長さん」

「初めまして、酒々井です」

「上梨です」

「ああ、石を使う若者二人だね」


 知っているのか。須賀原さんが話したということは信頼できる人物ということなのだろう。


「実は困ったことになっていてね」

「待って、社長。ドロテアの二人も来るから」


 そう言っていたらエレベーターから二人が出てきた。


「英語じゃないとだめですか?」

「日本語で。少しは通じるし」

「分かりました」


 社長さんが私達を見回して口を開いた。


「実は須賀原と武田が、倉庫から出て来ないのです」

「出て来ない?」

「ええ、今回の台座を倉庫に置きに行って、それっきり」

「中の様子は分からないのですか?」


 上梨が口を挟むと、社長が頷いた。


「中の温度湿度を管理している地下の倉庫でして、窓も無いのです。内側からは鍵が掛からない仕様なのですが、なぜかドアがびくとも動かなくて」

「すぐに行こう。いい?」


 ひかりさんが即決した。私達も異論はない。


「道具は持ってる?」

「はい」

「No」

「取って来な」


 フィリップさんが一人、急いでエレベーターへと向かった。


「車はある?」

「ありますが、6人となると」

「じゃタクシー呼んで」

「わ、分かった」


 ひかりさん、社長さん相手にズバズバ言ってる。すごいなあ。すっかり社長さんもひかりさんのペースに取り込まれている。


 フィリップさんが必要な道具を持って降りて来る時にはすでにタクシーも待っていて、私達はそれに乗り込んだ。4人は社長さんの車に乗って先行する。


「あの車について行ってください」


 そう言って上梨が私に向き直る。


「須賀原さんのことだから、大丈夫だと思うけど」

「うん、もしかしたら厳しい状況かもしれないんだよね」

「そうだ。つゆり、ひかりさんの言っていたおばあさんの悪魔退治の話、見当ついている?」

「うん、何となく」


 私は石を入れている袋から一つを取り出す。これじゃないかな?


「封?」

「うん、これだと思うんだけど」


 ひかりさんの言葉から思いつくのはこの「封」の石。


「これって霊を石に入れるってやつだよね?えーっと」

「うん、あの時に使った石」


 思わず顔が少し赤くなる。この石を使った時に、二人は特別な関係になったのだ。


「あの時は部屋から引きはがすのに使ったけど。そうか、台座からデアデビルを引きはがすのか」

「うん、たぶん、おばあちゃんも絵から悪魔を引きはがして祓ったんだと思う」

「なるほど、台座に隠れているみたいな奴だもんな」


 なんとなく仕組みは分かるけど、自信はもちろん無い。何しろ初めてだから。


「自信ない?」

「あ、う、うん」


 上梨が鋭い。頷くしかない私の手を上梨がそっと握った。ふわっと手から上梨の気が流れ込んで来る。


「大丈夫。だってさ、おばあさんも、きっとその時が初めてだよ」

「え?あ、そうか。そうだよね」

「おばあさんが初めてでも出来たんだ。つゆりにもきっと出来る」

「んーっと、上梨の力を借りれば出来る気がする」

「もちろん、そこはお任せあれ」


 私は上梨の手をぎゅっと握り返した。上梨の気が入り込んで、私の中の気も、急速に練られていくのが分かる。


「あそこ入りましたけど」

「ついて入ってください」


 運転手さんの言葉に上梨が答えた。到着したようだ。社長さんに渡されていた一万円札で支払いを終えて車を降りた。


 すでに社長さん達は建物に入って行っている。入り口で未散ちゃんが待っていてくれる。すでに手には木刀を持っている。


「上梨、「見える」かな、まだ?」

「もう「見えない」と思う」

「分かった。「開眼」する」

「あの社長さんとセットで」

「分かった」


 上梨もあの社長さんを信頼に値する人物だと踏んだようだ。


「地下だそうです」


 未散ちゃんの言葉に頷いて続く。階段を降りるとスペースがあり、そこにひかりさん達が立っていた。


「あのドアだ」

「特に変化は無いですね」

「社長、開けてみて」

「お、おう」


 社長がドアノブに手を掛ける。ドアノブは回るがドアは動かない。


「瘴気の類は無し。上梨」

「俺ですか?」

「あんたしかいないでしょ。他に誰が出来るってのよ」


 上梨が私を見る。ごめん、ひかりさんの言葉には私も同意なんだ。頷いて返すと上梨が納得したようだ。


「しっかり気を練ってからだよ」

「はい」


 上梨がドアの前に立つ。


「あ、待って。先に「開眼」を」

「何?もう見えないの?」

「ええ」

「じゃちゃっちゃとやって」

「社長さんもいいですか?」

「え?何を?」


 社長さんが事情を飲み込めずにきょとんとする。


「えっと、私の石で「開眼」という処置を施します。これをすると普段「見えない」ものが「見える」ようになります」

「ほんとかあ!」


 大声に思わずびくっと引いてしまった。


「そんなことが出来るのかあ?聞いてないぞ」

「そ、そうですか」

「い、いやすまない。興奮してしまって。ぜ、ぜひお願いする。だ、代金は?」

「えっと、無料です」


 私は石を手にして気を込めた。


「開眼」


 社長さんがきょろきょろしている。


「何も見えないぞ」

「そりゃ、ここにはいないし」

「そ、そうか。倉庫の中か」


 上梨が再びドアの前に立つ。


 手にした杖をいったん私が預かる。


「んっと。失礼」


 上梨が手を前後に動かしながら腰を前後に動かす。これは合気道の準備運動の一つだ。大学の演武会で見たことがある。これを集団でやる光景は少々滑稽で、会場にいた観客は少し笑っていたが、本人はいたってまじめにやっていた。


 すごい。


 上梨、チートだよ。


 上梨がその動きをしていると、徐々に上梨そのものがぼんやりと光り始めた。

 社長さんが息を飲むのが分かる。


「これはすごい」


 社長さんが思わず声を出す。上梨の特にお腹のあたりに光の塊があるように見える。


「よっと」


 上梨がドアノブに手を掛けてぐるっと回して、そして引いた。


 あっさりとドアが。


 いや。


 べりべりと何かを剥がしながらドアが開いた。


 お札だ。


 そして部屋から瘴気が床に漂いながら漏れて来た。


「う、うわあ」


 社長が飛びのく。


「ふん」


 ひかりさんが鞘を付けたままの刀を振った。


 それだけで漏れて来た瘴気がぶわっと消える。


「私が」

「ダメだ」


 私が「浄間」の石を手にして申し出るが、ひかりさんに止められた。


「酒々井は切り札。ドロテア家がうまくやればいいが、そうじゃなければ、あんたが最後の防波堤だ」

「分かりました。でも」

「私と未散で何とかする。いいね」

「はい」


 未散ちゃんが木刀を構えた。


「行くよ。離れないで。須賀原や酒々井みたいに全体的に上手にカバー出来るわけじゃないからね」


 ひかりさんと未散ちゃんが刀を振りながらドアをくぐる。私達もそれに続く。


「社長さん、離れないでくださいね」

「お、おう。は、入っても平気なのかね?」

「いえ、全然」


 上梨の答えにぎょっとする社長さんだが、しかし決断したのか厳しい顔で頷いて返した。


「須賀原っ」


 先に入ったひかりさんが叫んだ。


 倉庫の中にはいくつかの梱包品がラックに並んでいた。エアコンが常時作動しているのか、少し涼しい。

 その梱包品が並ぶ倉庫の奥に須賀原さんと武田さんがいた。


「いやあ、面目ない」


 床にへたり込んでいる須賀原さんが答える。その須賀原さんの顔が真っ青だ。そして横に立つ武田さんの手には、装飾の施されたナイフがあった。血塗られて。


「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」

「た、武田っ。お前、何をっ」

「ごめんなさいっ」


 社長が問い詰めると武田さんは涙をボロボロと零した。


「ナイフを取り上げて」

「はい」


 上梨が躊躇せずに武田さんの手からナイフを取った。抵抗もせずに武田さんはナイフを渡すとその場に崩れ落ちて泣いた。


「このナイフは?」

「この倉庫にしまってあったアンティークナイフだと思う」

「どっかに置いてください」

「あ、ああ」


 上梨からナイフを渡されて社長はそのナイフを横のラックに置いた。言いつけを守って隊列から離れない。


「傷は?」

「はは、浅いもんです」


 そう答えるが、須賀原さんの服は黒く変色している。抑えている手は真っ赤だ。


「もう、血は止まってますから」

「そういう問題じゃない。なんでこうなった」

「あれ、まだ健在でした。身を潜めていたんです」

「やっぱりか。でも備えていたんだろう?」


 ひかりさんと未散さんは刀を時々振っては瘴気を払いながらだ。


 フィリップさんがゾフィーさんに袋を渡して、そこから塩をゾフィーさんが振り撒いた。フィリップさんが香炉に火をつける。倉庫にお香の香りが満ちて行く。


「あー」


 社長さんが少し残念そうな声を出した。しっかり管理した倉庫でこれはないよね。でも仕方ないから、あきらめて。


「ええ、でも不意を突かれました。武田が憑かれかけてしまって」

「防げたんだろ?」

「ええ、すんでのところで。しかし少々今日は力を使い過ぎてしまっていて」


 そんな会話の間にもゾフィーちゃんは床の塩に魔法円を描いている。


「完全に防げなかったのか」

「ええ、そしたら取引を持ち掛けられまして」

「乗ったのか、馬鹿」

「はは、武田は可愛い後輩なんでね」


 上梨も時々後ろに杖を突いている。じんわり迫っていた瘴気が消し飛ぶ。


「台座は?」

「あの箱の中です」


 お札の貼られた箱から、確かに瘴気が漏れていた。


「あの野郎。人形専門かと思ってたのに」

「ええ、とんでもない奴でした。取引で箱の中に納まってくれましたから、これで済んでますけど」

「分かった。もういい。大人しくしてろ」

「はは、お願いします」


 須賀原さんはしくしくと泣き続ける武田さんににじり寄って抱き寄せた。あ、やっぱりそういう関係?

 武田さんは須賀原さんの胸に顔を埋めた。


「あれ?そんな感じだっけ?」


 社長さんがそんなことを言っていた。





いよいよクライマックスです。長かったなあ、この話。

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