物憑き 【ナポリタン?】
酒々井つゆり視点です。
「消えた?」
禍家が普通の家に一気に変貌した。
「お見事」
須賀原さんが親指を立ててひかりさんに向けた。
フィリップさんに後ろから抱かれたままのゾフィーちゃんは、目をぱちくりさせている。
ゆっくりとひかりさんが台座に近づいて行く。私と上梨も続く。台座から感じた圧は、すでに跡形も感じられない。
私は「浄間」を解除して、息を吐いた。朝ごはんをしっかり食べていてよかった。持ちこたえられた。
「祓えた、と思うがなあ」
「これ、どうするんですか?」
「取り敢えず会社の倉庫に。その後ドロテア家に引き取ってもらえれば、あっちで破壊してくれるでしょう」
須賀原さんがそう言いながらスマホを取り出した。
「取り敢えず救急車を呼んで三人を回収してもらいます。みなさんは一度ホテルに引き上げてください。会社の倉庫に運び込んだらまた連絡します」
「分かった。たぶん祓えているけど、初めてのパターンだ。用心してよ」
「ご心配ありがとう」
屋敷の住人である夫婦のうち、トイレに籠っていた奥さんは混濁しているが意識はあった。旦那さんと社員の男性は意識不明だが、脈拍呼吸などは危険なレベルではないとのことだった。
その知らせを私たちはパスタ屋さんで聞くことになっていた。
それというのもタクシーでホテルに戻る前に、どこかでお昼ご飯を食べようということになり、その際にゾフィーちゃんが「ナポリタン」を熱望したからだ。
イギリスにナポリタンは無いと思うから、アニメで見たのだろうか。
京都で評判のパスタ屋さんだということで予約の電話までして行ったのだが、当のゾフィーちゃんはあまり喜んでいなかった。
「これ、ナポリタン?」
「この店のナポリタンはこれ」
ひかりさんがゾフィーさんに答えた。そのひかりさんもナポリタンを食べていたが、二人ともピーマンを全部避けていた。この店のナポリタンは昔ながらのナポリタンではなく、煮崩したトマトが入っていたり、ピーマンを始めとする色とりどりの野菜が入っていたりと、だいぶ創意工夫されていた。
どうも二人はそれが気に入らないようだった。
「何でも工夫すりゃいいってもんじゃないのよ」
文句を言うひかりさんに未散ちゃんが困り顔だ。
「それ、美味しい?」
とうとうひかりさんは未散ちゃんのカルボナーラに目を付けた。
「シェアしますか?」
「シェアじゃなくて、交換よ。交換」
「ええ、まあ、いいですけど」
未散ちゃんがナポリタンを食べて一言。
「これはこれで美味しいですよ」
「じゃあ、交換してよかったじゃない」
結局ゾフィーちゃんもフィリップさんと途中でお皿を交換していた。
「あの台座はどうすんのさ?」
それは私も聞きたかった。
「焼くとか?」
「もう祓ったから焼けるでしょ?」
ひかりさんが上梨の言葉に同意する。諸々あった物を最後は焼いて処分完了とするのはよくあることだ。
「ということは、祓う前は焼けないこともあるってことですか?」
「あるわよ。そもそも燃えないってことから、燃やしたはずなのにいつの間にか元に戻ってるなんてありえないことまでね」
「思い切り、非科学的ですね」
「科学が追い付いてないだけよ」
さらりと核心的なことをひかりさんが言った気がする。
「で、台座は?」
「最後の手続き、その後、燃やす」
最後にまだやることがあるのか。まあ、もう祓うことは終わった。私としては今日のうちに帰宅の途につきたいところだ。しかし乗り掛かった舟でもあるから、須賀原さんが無事に倉庫に保管し終えたことを聞いてからにしようと思う。
「相手の名前、聞かないで、祓うの、すごい」
ゾフィーちゃんがひかりさんを褒めた。
「日本だと、あまり相手の名前をどうこうってことないからねえ」
「どうして欧米では名前が大事なんですか?」
「そりゃ、上梨。相手が霊じゃないからだよ」
「え?」
思わず固まってしまった。
霊じゃないの?
いや、霊でしょ。
「今日のは霊じゃない?」
「たぶんね。まあ強くなった悪霊って可能性もあるけど」
「え?え?」
「何よ、おばあさんから聞いていないの?」
「知りません」
やれやれとひかりさんが口元を拭いて水を含んだ。
「酒々井さんは、悪魔を祓ったことがある」
えーっ!?
「そんなの知りません」
「ふーん。てっきり話してるかと思ったのに」
「あまりつゆりのおばあさんって話してくれないんです。聞けば応えてくれるんですけど」
「なるほど、そういう育て方もありだもんね」
何やら納得しながらひかりさんが話を続けた。
「あれはまだまつりが現役で、私が付き人についた時だった」
みんなの視線がひかりさんに集まる。
ひかりさんが私達を見回す。
「その前に、飲み物の追加、いい?」