物憑き 【魔法円】
「あら、いい部屋だね」
「奮発してくれたみたいだね」
私と上梨は部屋に入り、その部屋が立派なことに喜んだ。結局経費は須賀原さんの会社持ちということになったみたいだ。どんな部屋かと思っていたが。
「ご飯も期待できるかな?」
「お風呂は温泉じゃないんだって。どうする?」
「もうすぐご飯だよね。私シャワーだけ取り敢えず浴びて行くかな」
「じゃあ、俺もそうするよ」
「一緒に入る?」
「ほんとに?」
「嘘です」
私はバスタオルを探してシャワーを浴びに浴室に入った。基本的に大浴場に入ることを想定してるらしく、浴室は小さい。しかしシャワーを浴びる分には広さも関係ない。
さっぱりとして部屋を出ると、上梨がベッドで寝息を立てていた。
なんだかんだと彼には負担を掛けている。約束の時間まではまだあるから、寝かしておきましょう。私はドライヤーで髪を乾かしに戻った。
◇
「遅かったわね」
「すいません。寝ちゃって」
上梨が頭を下げた。もちろん私も。
上梨を寝かしておこうなんて余裕をかましていたが、私も添い寝したらそのまま寝入ってしまったのだ。
「もううちらはそろそろ終わりだよ」
桐野ひかりさんと未散ちゃんはもう食事が終わりそうだ。ゾフィーちゃんとフィリップさんはまだ食事中という感じ。
「さっさと料理を取って来な。私はもう一本だけ」
「ちょっとひかりさん」
「大丈夫よ。あと一本だけ」
「さっきもそう言いましたけど」
ひかりさんは高級そうな日本酒の瓶を二本空にしていた。
「じゃあ急いで取ってきます」
上梨と一緒にテーブルを離れた。ホテルの夕食はバイキング形式で、チケットでお肉と魚のメインディッシュが選べる仕組みだ。それぞれシェアしようと言うことになり、私は魚、上梨は肉をもらいに行った。
「お待たせしました」
「あら、それだけでいいの?」
「いえ、お待たせしているみたいなので。また後で取りに行きます」
「ふーん。ま、いいわ。それじゃ今日はお疲れ様」
「オツカレサマー」
フィリップさんも少しお酒が入っているようで、頬を少し赤くしながらジョッキを上げた。
ハイボールだろうか?
「This is whisky and soda」
私の視線に気づいてフィリップさんがジョッキを少し上げた。
「ハイボール?」
「Yes, in Japanese. This is highball」
ハイボールは和製英語なのかな?
「こら、適当言うな、フィリップ。ハイボールは英語でも使うだろうが」
「What?」
「ハイボールはあまり使わないけど、英語にもあるよ。ウイスキーウィズソーダとか、アンドソーダとか言った方が通じるってのは確かだけど」
「へえ」
お酒に詳しいひかりさんについ納得なのであった。
「酒の話はいいよ。未散、例の話を」
ひかりさんが未散さんを見る。未散さんは慌てて食べていたアイスをテーブルに置いた。
「えっと、では。先に夕食を頂いていた時に、彼らからあった話を」
「あ、すいません、ほんと」
そう言いつつ肉を切りそれを口に運ぶ上梨である。また、前のようにエンジンが回転を上げているのかもしれない。
「ドロテア家というのが彼らの一族で、古くからウィッチクラフトと呼ばれる悪魔祓いなどをしていました」
「ウィッチってことは魔女?」
「No! 違います。魔女ではない」
ゾフィーさんが魔女という言葉に反応して怒った。
ひかりさんがやっぱりねと言う顔をしていたので、どうも魔女と言う言い方は地雷のようだ。
「調べてみたんですが、どうもイギリスの先住民族ケルト族の伝統を引き継いだ一族の様です。自然の精霊、魂と対話するとされています。儀式を行って悪魔祓いを行うこともあるようで」
「巫女さんみたいなイメージかな?」
「ああ、日本の神道に近いイメージでいいと思うぞ」
ひかりさんが美味しそうに日本酒を飲んでいる。未散さんはため息だ。
「一時はキリスト教から邪教扱いされることもあったみたいですが、その力が認められて今ではイギリスのそっち系の中では確固たる地位があるみたいです。でも最近はそれほど熱心に活動しているわけではないと」
「この仕事、人気がない。最近は力、ない人も、増えたし」
ゾフィーさんは結構日本語を話した。
「日本語、上手じゃないですか」
「全然。まだまだこれから」
謙遜しているが、相当話せる方じゃないかな。日中は遠慮していたのだろうか。
「どこかで習ったのですか?留学とか?」
「いいえ。日本のアニメで」
「へえ、すごい。どんなアニメ見るんですか?」
「酒々井」
「あ」
ひかりさんにジト目で注意されてしまった。アニメの話は、後にしよう。
「ごめんなさい。アニメの話はあとでゆっくり。未散ちゃん、どうぞ」
「はい、私も混ぜてください。で、今日ゾフィーが持っていた短剣が、その儀式で使われる、えっと、何ナイフでしたっけ?」
「アセイミー。アセイミーナイフ」
「そのアセイミーナイフを使って、悪い物を祓うそうです。地面や床に魔法円を描いて力を高めるとか」
「魔法円って、魔法陣のこと?」
「上梨ぃ」
びっとひかりさんに指さされて上梨が怯む。
「は、はい?」
「魔法陣ってのはなあ。日本のアニメとか小説とか、ゲームなんかで使われるようになった架空のものなんだよっ」
「え?本当に?」
「そ、魔法陣じゃなくて魔法円」
「魔法円のことを魔法陣と呼んでるんではなく?」
指摘し終わって日本酒の残りを瓶からグラスに注いでいるひかりさんにおずおずと聞いた。
「上梨ぃ」
「はい、すいません。ごめんなさい」
「間違っちゃいない。しかしこのゾフィーちゃんのような専門家を前に魔法陣なんていけないねえ」
「いえ、別に魔法陣でもいいです」
「ほえ?」
当のゾフィーちゃんがいいと言っちゃった。
「ジャパニメーションに出て来る魔法陣は、概ね魔法円と同じ。もちろん、使われている文字、模様は適当な物がほとんど」
「ほら見ろ。適当だろうが」
「私も空中に、マジックサークル出してみたい」
「あ、そうかいそうかい」
くいっと日本酒をあおってひかりさんは少し不貞腐れた。なんか可愛い。
「何、笑ってんのさ」
「いえ、別に」
未散さんも同じように微笑んでしまい、ひかりさんに小突かれていた。危ない、危ない。
「話を戻します。で、ウィッチクラフトのやり方にもいろいろあるのですが、ドロテア家では相手の名前を口上に入れると効果が増すそうです」
「悪魔祓いの映画で見たことがあります。相手の名前を知ることが大事だとか何とか」
「ええ、そのためにあえて会話をすることもあるでそうです」
「でも、今回の人形の名前は「ダイアルデバー」って言ってたけど?」
「あいつは「ダイアルデバー」と言う。でも違う。「ダイアルデバー」だとダメ、だった」
ひかりさんが訝し気な顔をする。
「偽名ってこと?」
「ギメイ?」
「嘘の名前ってこと」
「Yes. 「ダイアルデバー」は、たぶん、嘘の名前」
「悪知恵の働く人形だこと」
未散ちゃんがひかりさんを睨む。ひかりさんがさらに追加で日本酒を頼もうとしていたから。
「わかったわかった。もう終わりにするって」
「ほ、ん、と、う、に、ダメですからね」
未散ちゃんが少し怒っている。怒っても可愛いけれど。思わず上梨と顔を見合わせて笑ってしまった。ゾフィーちゃんもハイボールを飲みまくっているフィリップさんに何やら苦言を呈したようで、フィリップさんがソーリーソーリー言っている。
「ですので、明日はまずあの人形と会話がしたいと。上の人形は別の霊が入っているけれど、何かヒントが引き出せるかもしれないと」
「名前なんか聞かなくたって祓える」
「いいえ、たぶん無理、です。普通の霊、じゃない」
「ふーん。ま、やってみてからでいいよね?そっちが先でもいいけど」
「Sure」
「あ、そう」
名前を聞かないと祓えないなんて話は聞いたことがないけど。おばあちゃんなら何か知っているのだろうか。
「どうも我々が言う霊とは違うみたいなものがいるらしいんです。日本語に当てはめれば悪魔、でしょうか」
未散ちゃんが言う。悪魔?
「確かに悪魔って霊じゃないと思うけど。そんなのってあるの?いるの?」
「私も知りません。少なくとも桐野家の伝承、口伝の中にはありません」
未散ちゃんの話を聞いて、なぜかひかりさんが視線を彷徨わせた。何か知っているのだろうか?
「おばあさんから聞いたことは?」
「ないなあ」
そう答えるしかない。しかしイギリスから来た人形だ。いや、台座か。ならばイギリスのやり方に従うのも手だろう。名前を聞く段取りがあって、困る気もしない。時間が長引くのは困るか。
「短時間で、出来るだけ」
「ラジャー」
ラジャーって言うんだ。カッコいいな。いつか私も使ってみよう。
上梨が変な顔をして私を見ている。まさかラジャーを使う決意がバレたとでも?
「つゆり、魚、全部食べちゃったのかよ」
「あ」
しまった。シェアするって言ってたのに。