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おばあさんに聞こう作戦 後編 少女の愛

後編です。

おばあちゃんの思い出話が中心です。




挿絵(By みてみん)


「全然元気じゃないの」

「だから言ったろうが。大げさなんだって」


 おばあちゃんが溌溂と腰をぽんと叩いた。


「でも実際に熱中症になったんだからね。クーラーかけてよね」

「うるさいんだよ、あれ」

「我慢してください」

「しかしなあ」

「だーめ」


 漫才みたいだなと思いつつ二人のやり取りを見ていた。


「ねえ、上梨からも言ってよ。クーラーつけて寝るのは今じゃ常識だって」

「ねえ、おばあさん。扇風機と併用してくださいよ。タイマー掛けて寝入ってしばらくしたら切れるようにしてもいいですから」

「ぬう。しかしなあ、本当に寝るときにはうるさいんだよ」

「おばあちゃんっ」

「分かった、分かった。付ける。付けるよ。それでいいだろう」

「当然ですっ」


 荷物を俺が持ち、病院を出た。


 バス停でバスを待つ間につゆりが話題を切り出してくれた。


「ねえ、おばあちゃん。病院での出来事って何かない?」

「出来事ってなんじゃ?」

「ほら、前に私が病院で遭遇した殺人事件みたいな、見えた話」

「そんなの聞いてどうするんじゃ?」

「参考のために」

「ふん、まあいい」


 おばあさんは遠い目をして何かを思い出している風情だ。俺とつゆりは言葉を待った。待っているうちにバスが来てしまった。そこそこ混んでいて、おばあさんは優先席に座れたが俺達は吊革につかまった。


 結局家まで話は聞けずに来てしまった。


「今、お茶入れるね」


 つゆりがお茶を入れてくれる間に居間に座り、俺はクーラーをつけた。ちらっとおばあさんを見るが、昼間は平気なようだ。


「さてと、病院の話だったな」

「うん、ある?」

「病院はよく見える場所だからね。そりゃいろいろあるさ」

「うんうん」


 おばあさんがお茶を飲んで、湯呑をそっとテーブルに置いた。


 急にセミの鳴き声が大きくなったように思えた。





 フラダンスのサークルの仲間が急に入院した。実は末期がんだった。


 お見舞いに行ったベッドで急にやつれた彼女を見たときには、明らかに死期が迫っていると感じた。


 そしてその部屋にもう一人、死期が迫っている少女がいた。


 抗がん剤の副作用で髪が抜けてずっとキャップを被っている少女はずいぶんと痩せていて、それでも健気に笑顔を浮かべていた。


 その笑顔の相手は若い医師に向けられていた。


「今日は調子が良さそうだね、美幸ちゃん」

「うん、今日は外に出てもいい?」

「そうだな、無理はダメだよ。時間も決められた時間だけね」

「よかった。今度のお薬はよく効いてるのかな?」

「うん、そうかもしれないね。がんばろう」

「うん、がんばる」


 その美幸という少女の視線は明らかに恋する乙女のものだった。


 彼女は若い医師に恋して、そしてそれを拠り所にして病魔と闘っていたのだ。


「あの子ね、もう余命宣告よりも半年も生きているんだって。私も負けないようにがんばらないと」

「そうだね、がんばらないと」


 そう相槌を打ったが、少女も友人もそう長くない。そう思った。


 廊下を徘徊する見える者を避けながら病院を出た。





 その後二度ほどお見舞いに行ったが、少女も彼女もどんどん具合が悪くなっていった。

 少女はそれでも医師を信じて必死に闘っていた。本来医師はそのような患者からの心情には応えてはいけないはずだが、若い医師は一線を越えて「大好きな美幸ちゃんにがんばってほしい」などという言葉を吐いていた。


 しかし確かにその言葉を聞いた瞬間、少女の生命がさらに生きようと息を吹き返すようにも思えた。


 それでも時間の問題だ。


 少女と友人に、残された時間はどちらが多いのだろうか。





 残された時間は友人の方が多かった。


 四度目のお見舞いに行ったときに、少女の容体が急変した。


 バタバタと人が出入りして、例の若い医師が駆け付けた。


 友人のベッドの周りのカーテン越しに慌ただしく蘇生が行われているのが分かる。心肺停止してから、一度だけ心拍が戻ったが、やがてそれも止まったようだ。


 親族は誰も間に合わなかった。


 私はふと気になって、カーテンをちらっと開けて少女のベッドを見た。


 うなだれる医師。ナースがはだけた少女の服のボタンをとめて元に戻している。


「先生」

「あ?ああ」


 ナースが若い医師に声を掛けた。医師は少女の手を握ったままだったのだ。脈の確認は首の動脈でするはずだから、なぜ手を握ることになったのかは分からない。


 若い医師は少女の手をそっと胸の前に重ねて置いた。


「えっと、死亡時刻は」


 医師が時計を見て、死亡時刻を確認した。


 ぱあんっ


 思わず手を叩いてしまった。


 ぎょっとして私を見る医師とナース。


「あ、む、虫がいて」


 私はそう言ってカーテンを閉じた。友人も驚いた顔で私を見ていた。


「あら、先生、血が」


 ナースの言葉が聞こえる。


 私には見えたのだ。




 死んだはずの少女が上半身を起こして、愛おしそうに若い医師を見つめていたのだ。




 そして死んだはずの少女の手が若い医師の手を求めて動いたのだ。




「いっしょにいこう」




 そう死んだはずの少女の口が動いたように見えたのだ。





「おや、なんで傷が?」


 医師の言葉が続いた。


「先生、手当てを」

「そ、そうだな」


 医師とナースが出て行くのを待って、私は友人に別れを告げてカーテンを開けた。


 ちらっと少女を見る。


 胸の前に組まれたはずの手が、ベットの脇に垂れていた。





「死んですぐにそういう存在になる者もいるんですね」

「いや、むしろそういうのが多いはずだよ」

「死んだことに気付かないんだってさ」

「ああ、そういうことか」


 いつの間にかセミの声が止んでいた。


「おや、こんな話をしてたからかね。入って来たよ」

「あ、ほんとだ」


 つゆりとおばあさんが庭の方向を見ていた。俺には何も見えない。


「どれ、上梨。あんた祓ってみておくれよ」

「俺ですか」

「つゆりから聞いているがね。やはり目の前で見てみないとね」

「はあ、そうですか」


 俺は正座して手を構えた。


 ぱあんんんんっ


「おっとと、こりゃすごいね」

「でしょ」

「はあ、そうですか」


 おばあさんの視線が痛い。またセミが鳴き始めた。


「お前さん出身は?」

「東京です」

「父方は?」

「東京です」

「母方は?」

「島根です」

「ふむ」


 何、この会話。


「上梨の名は父の?」

「いえ、母です。母は長女で一人っ子で、父は次男なので」

「ふむ。じいさんは?母方の」

「もう亡くなってます」

「そうか。まあ、いいか」


 気になるじゃないか。そういう「まあ、いいか」はやめてほしいなあ。





「でもなんか可哀そうな話だったね」

「ああ、そうだな」

「相手を好きな気持ちが強すぎてそういう存在になっちゃうなんてさ」

「しかもおばあさんが祓ったってことは、その若い医師に危害を加えそうな存在だったってことだろ」

「そうだね、怪我で済んでたけど」


 つゆりが俺のコップに残ったビールを注いだ。いつになく部屋飲みすることにしたのは、今日あんな話を聞いたからかもしれない。


「私も上梨のこと好きだからなあ」


 頬が赤いのはアルコールのせいだろう。


「俺も好きだぜ」

「上梨がそういう存在になったら、わたし、祓えるかなあ」

「俺はつゆりがそうなっても、見えないからなあ」


 そう言いながらビールをぐいっと飲み干した。


「上梨にならきっと私もすぐに祓われちゃうな」

「そうか。じゃあ、もし俺より先につゆりが死んだら、俺は一生拍手しないよ」

「何それ、もう」


 つゆりが嬉しそうに笑った。


「じゃあ、生きてるうちに出来ることしましょうか」

「ん?」

「生きている私たちに出来ること」

「と言うと?」

「また噛まれたいの?」

「つゆりになら噛まれてもいいかな」

「うー」


 アルコールではない理由で耳まで赤くなるつゆりを抱える。


 俺は部屋の明かりを消して、つゆりとベッドに倒れこんだ。


 


読んでいただいた方、評価してくださった方、どうもありがとうございました。

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