物憑き 【巡り合わせ】
前半は桐野ひかりさん視点。後半は須賀原さん視点です。
「こちらが依頼主のゾフィーさん、フィリップさん」
「あらあら」
「これはこれは」
私たちの反応に銀之助が戸惑いの表情を浮かべた。
「え?知り合いでしたか?」
「知り合いってほどじゃないけどね」
「エキスプレスで同じ車両に」
「ん?じゃあ、先日の新幹線での騒動の場にいたのって、ひかりさん?」
「私は寝てただけ。出張ったのは未散よ」
まさかあの時の美少女が依頼主だとは思わなかった。男性の方じゃなくて少女の方だというのも驚いた理由の一つである。
「あの時のソードガールは今日はいないのかね?」
フィリップと紹介された男性が聞いて来る。なんだよ、そのソードガールって。アニメじゃないんだから。
「別件でね。そうそう銀之助。依頼を引き受けるかどうかは詳細を聞いてからと言ったけど、引き受けるよ」
「え?いいんですか?」
「今言ったように別件も抱えててね。未散を向かわせたけど、私も追っかけたい」
「はあ、急いでるってことですか。しかしすいません。実は向かう予定の家と連絡が取れなくて」
「銀之助」
「すいませんって言ったじゃないですか。今別ルートでコンタクトを取ろうとしていますから、少し時間をくださいよ」
思わず嘆息した。世の中思うようにはならないものだ。焦っても仕方ない。未散の力を信じて行かせたのは私だ。
「では、あちらで少し早いですが、お昼ご飯でも食べながら」
会話を聞いていたフィリップが申し出ると、なぜかゾフィーが笑顔を浮かべた。
なんだい?お腹減ってるのかい?
「ここはナポリタンが」
「知ってる。当然ナポリタンで」
私は即答した。このホテルは以前にも銀之助と利用したことがあるじゃないか。あの時の依頼主の成金親父はスケベな顔で私を見て来て、私は大好きなナポリタンを待つことなく席を立ったのだった。
結局あの成金親父の経営していた会社は不渡りを出して痛い目にあったと聞いた。自業自得だ。従業員には申し訳ないが。
「では私達も」
ゾフィーがニコニコ顔で言った。ナポリタンは日本の料理だと聞いていたが、外国でも知られているのだろうか?
「こちら、ゾフィーさんもこのホテルのナポリタンが気に入ってくれましてね」
「ええ、とっても。日本の料理はとても美味しいですね。昨晩はとんこつヌードルも頂きました」
上品に笑う美少女の口からとんこつというワードが出るのがなんだか不思議だった。
「それはよかった。ではナポリタンが来るまで、事情を聞きましょう」
「では私は少々連絡を」
銀之助がスマホを手に席を立って少し離れた。話していた別ルートってやつだろう。
「ひかりさんはあのソードガールの、お母さんではないですよね。年の離れたお姉さんとかですか?」
「姉よ。ちょっと訳ありなのよ。そこは聞かないで」
「分かりました。腕前は一流だとお聞きしました。コーディネーターのキリノを信頼しているので、彼が太鼓判を押したあなたも信頼してお話します」
フィリップが真剣な顔で言う。ゾフィーも真剣な顔をしているが、ちらちらと視線を送るのはナポリタンがよほど楽しみなのだろう。
その後、ドロテア家、ウィッチクラフト、そして今回の相手である「ダイアルデバー」についての話を聞かされた。
相手は物憑きか。動かない相手なので、桐野家には相性がいいと言える。どれだけの強さか分からないが、実力者だと言うこのゾフィーという少女と連係出来れば首尾よく祓える気がする。
「あ、来ましたね」
ナポリタンが四つと飲み物がテーブルに置かれた。目を輝かせていたゾフィーだったが、なぜか皿をフィリップの前に差し出した。
フィリップがナポリタンのピーマンを取り除いて自分の皿に移している。
いきなり親近感がわいた。
私は自分の皿のピーマンを銀之助の皿に移し始めた。
それを見てゾフィーが満面の笑みになる。
「ひかりさん、あなたも?」
「ええ、ゾフィー。あなたとは話が合いそうね」
うんうんと頷くゾフィーの横で、複雑な表情のフィリップであった。いいのよ、フィリップ。栄養面の偏りがとか言いたいんでしょうけどね。ピーマン食べなくたって生きて行けるのよ。
銀之助はまだ電話中だ。
「先に頂きましょう」
そう言って私はフォークを手に取った。
「ひかりさん」
口に巻いたナポリタンを正に入れようとしたその時、銀之助が話しかけて来た。
何よ、もう。
「電話、代わってもらえますか?」
はい?
◇
「須賀原さん」
「あいよ」
「なんだか例の企画展について話が聞きたいって方が」
武田が受けた電話を指さしながら言って来た。なんだと?
「どちら様?」
「なんでも人形について調べている方だとか?」
「名前は?」
「桐野さんと」
え?桐野?
応援を頼んだ話は、取り敢えず未散ちゃんを派遣することで終わっているはずだ。それに企画展について知りたいとは?それになぜ会社の電話に?
電話のボタンを押そうとしたら二つ点滅してた。
「あ、二番です」
「はいよ」
二番のボタンを押して電話に出る。
「もしもし、須賀原です」
「どうも、桐野と言います」
予想とは違って男性の声だった。てっきりひかりさんだと思っていた俺は内心動揺していたが、声は普通に出せた。
「企画展について知りたいとか?」
「ええ、そちらでアンティークの企画展を開催するという話を聞きましてね」
「その企画ですが、現在ある事情で止まっていましてね」
「へえ、どんな事情ですか?」
頭に警告灯が灯った。
「それはクライアントに対する守秘義務があるので答えられませんね」
「そうですか。私もクライアントの依頼で今お電話差し上げている次第でしてね」
「はあ」
「外国の方でして、イギリス製のアンティーク人形を探しているんです」
こいつ、何を知っているんだ?
俺の方を心配そうに見ている武田に気付いて、大丈夫だと手を挙げた。
「企画展で外国のアンティーク人形が出る予定でしたよね?」
どこまで答えるべきか。
黙っていると向こうが言葉を継いだ。
「ズバリお聞きします。何かおかしなことが起きていませんか?」
「おかしなこと?」
「実はその人形を持っている方に連絡を取ろうとしたんですがね。以前は取れていたのですが、今繋がらないんですよ」
「着信拒否されているんじゃありませんか?」
「それはありませんね。公衆電話からも掛けてみましたから。呼び出し音が鳴るのに誰も電話に出ないんです」
なかなかそつながい相手だ。こっち方面にも詳しいのだろうか。
そこまで考えてぴんと来た。もしかすると。
「あのつかぬことをお伺いしますが、桐野ひかりさんとはお知合いですか?」
今度は相手が息を飲む雰囲気が伝わって来た。正解か。
「え、ええ。確かに知り合いですが。そちらはどんな知り合いですか?」
「何度かお仕事を一緒に。京都の須賀原と言えば分かると思います」
「あ」
どうも改めて聞いて、思い当たるところがあったようだ。
「あの、須賀原さんでしたか。失礼しました。お寺の次男の、ですよね」
「ええ、サラリーマンの須賀原です」
「でしたら話が早いです。実はその人形の行方を追っています。あれは盗難品なのです。クライアントの元から盗まれ、転々とした後、日本に売られました」
「そうだったのですか」
「異常、起きていますよね」
「起きています。クライアントは憑かれて、家は危険な状況です」
「まさか、禍家ですか?」
禍家と言う言葉がすんなり出ると言うことは、やはり彼もこっちの事情に詳しい人だと言うことだ。
「その通りです。実は桐野家に応援を頼みました。今回は別件が先に入ったので。桐野未散さんを派遣して支えてくれることになっていました」
「ああ、その案件だったのですか。じゃあ同じ案件を別々に抱えていることになりますね」
「ならば早々に合流した方がよさそうです。先に未散ちゃんが向かっていると聞きましたが」
「ええ、すでに電車に乗って向かっています」
俺は時計をちらっと見た。迎えに行く時間まではまだ少し余裕がある。
「相当危険だと認識出来ているのですが、あの人形は?」
「その人形、「ダイアルデバー」はいわゆる呪われた人形です。私の依頼主の家の倉庫で長いこと封印されていました」
「やはりそう言った類の人形でしたか。桐野ひかりさんはそこに?」
「はい、います。代わりましょう」
電話が受け渡される気配がする。
「はい、誰?」
えらい不機嫌なひかりさんの声が聞こえて来た。
なんで怒ってるんだ?
ちっとも主人公の二人が出て来ないことについては、私も困っております。




