物憑き 【井出羽の三人組】
井出羽のジャージ軍団、三人組の楓さん視点です。
「うわ、これはひどいね」
「聡おじさん、よくがんばったなあ」
「まったくだね。金剛杖の打ち方が綺麗だからかもしれないね」
「ああ、確かに」
私達三人は聡おじさんの抱えている案件の手伝いをするために、ある家を訪れていた。
埼玉県までわざわざ来ることになったが、車中では三人で文句ばかり言っていた。今回の件を任された聡おじさんに対しても、もう少し一人でがんばってほしいなんてことを言っていたが、あれは訂正しないといけないだろう。
ホテルで合流した聡おじさんはげっそりとやつれていた。私達が来るまで必死に一人で支えていたようだ。それを見て、まず私達は当主の判断が正しかったことを思い知った。
そして依頼主の家を訪れて、この状態を見てことの重大さを理解したのだ。
「祓えると思う?」
部屋の真ん中に置かれた西洋製のアンティーク人形は、その存在感だけで鳥肌が立ちそうだ。
すでにこの家の家族はホテルに避難生活をしていると聞いている。それはそうだろう。こいつと一緒の家に住むなんてありえない。
そこそこの資産家であるこの家の幼稚園の息子が、この人形を見るなり火が付いたように泣き始めたことが異変の始まり。
夜中に声が聞こえ、家具がいつの間にか移動し、そして家の中で飼っていた犬が死んだ。
異常を察した家主が霊能力者を呼んだらしいが、そいつがインチキ霊能力者で役に立たずに、結局体調を崩して逃げるようにいなくなってしまった。
奥さんが石川県出身で、井出羽家にここで話が来たわけだが、事情が詳しく分からなかったので、聡おじさんが派遣されたのだ。聡おじさんは早々にこの人形の異常さに気付いて、まずは何とか抑えることに専念したが、それもギリギリで当主に助けを求めたわけだ。
「でも何だろうね。こいつすごいけど」
「うん、なんか本体が無い感じ?」
「物憑きの残りみたいな?」
「残りでこれって異常だけどね」
「言えてる」
さて、どうしようか。
私は修を見た。普通。
続いて柚を見た。こっちも普通。
ふーん。これだけの人形を目の前にして大したものだ。私もだけど。オヨバズという場を踏んだことで、自信が芽生えたのかもしれない。あるいは当主の言ったように、力が向上しているのかもしれない。
「三人で祓ってみるのも悪くないとも思うけど、ここは当主が言ったように残り二人を待ちましょう」
「うん、何だか祓えそうな気がする。でもそれが危険な気がする」
「賛成。聡おじさんのあの様子を見たら、当主の言うことには従った方がいいと思う」
「よし、じゃあ抑えることに専念しよう。幸い、五方陣護法の金剛杖はこのままで行ける。私が中央。修はあっち、柚はあっちへ」
二人が頷いてそれぞれ配置についた。金剛杖と言っても、金属の棒である。私達は木の棒の金剛杖を扱うことは出来ても、金属となるとまだ上手に使えないことがあったが、今では使える気がする。
あのオヨバズを抑えた時に、それぞれ助けに入ってもらったが、あの時何かスイッチが入った気がしたのは事実だ。ものすごい疲れたけれど。
私は真ん中に立つ。人形の目の前だ。金剛杖を掴む。
二人を見てタイミングを合わせた。
「入レズ、逃サズ。五方陣護法」
◇
「ふう、これで一晩は越せるかな」
「どうする?ホテルに戻るか?」
五方陣護法で人形を封じ込めることには成功している。やはり聡おじさんが金剛杖をしっかりと配置してくれていたことが大きかった。すごくすんなりと気を込めることが出来た。
三人だけで行ったが、思った以上にうまく出来たと思う。部屋の外には瘴気は一切漏れていない状態を作り上げることが出来たわけだし。
「夜になるとうんぬんって言ってたから、夜にもう一度来てみよう。まずは遅くなったけど昼飯食おうぜ」
修の言う通り、お腹が減っていた。柚も激しく頷いている。もちろん私にも異論はない。
家に鍵を掛けて、近くのファミレスへと向かった。まだ平日ランチをやっている時間でよかった。サイドメニューも頼んでもりもりと食べた。
「よっと、お待たせ」
ドリンクバーのお代わりに行った修が戻って来た。
「さて、じゃあお腹も落ち着いたところで状況整理しましょう」
「今のところ二人が来るまで抑えていられそう」
柚が即答した。
「気になるのは夜に動くってことかなあ」
これは修。確かに変異は主に夜に起きていると言っていた。
「声が聞こえるとか、家具が動くとか、全部夜らしいわね。日暮れ前に家に戻って、監視した方がいいでしょうね」
「泊まりは嫌だなあ。せっかくホテル取ってあるのに」
「ホテルの晩飯、時間決まってるんだぜ。時間までに戻れないかなあ」
私は思わず嘆息した。気持ちは分かるが、それを言ってはダメだと思う。
「優先順位を間違えないでよ。二人とも気が緩んでるんじゃない?私達三人だからって、普段言えないことを言えると思ってない?」
「そりゃ、まあ、この三人だからこそ言えるってのはあるじゃんか」
修が悪びれずに言う。こちらとしては事実でもあるから苦笑するしかない。
「もちろん、やることはきっちりやるわよ、楓。心配はしないで。希望的観測を言ったまでだから」
いやいや、本気だったでしょ、柚。
「あの人形に感じる違和感は何だろうな?」
ぽつりと修が言った。
「それそれ。物憑きなのは分かるけど、おかしいよね?」
柚も同意する。もちろん私も頷いている。
「前に絵の物憑きを祓う場面に立ち会ったじゃない?あれは今回ほどの強さじゃなかったけど、もっと憑いているものの正体がはっきり分かったよね」
二人がうんうんと頷く。
「今回の人形はぼんやりしている。どうしてなんだろう?」
「当主に聞いてみる?」
思わず場に沈黙が訪れた。今、天使でも通った?
「今のところ五方陣護法で抑えられてるわけだし。今夜の様子を見てからで、いいんじゃない?」
「そうか、そうだね。うん、そうしよう」
「賛成」
「了解。さて、日暮れまでもう少し時間があるけど、何か希望は?」
修がさっと手を挙げた。
「はい、修君」
「この先にゲーセンがあるから、そこで時間を潰そう」
「子供か」
結局私達は彼の希望通り、ゲーセンで時間を潰すことにした。ジャージ姿の大人三人組に、店員は訝し気な視線を送ってきたが無視だ。もうそういう視線には慣れているのだ。
「取れたあ」
修はクレーンゲームで身体に大砲みたいなのをくっつけた美少女フィギュアをゲットして大そう喜んでいた。
ふーん、そういう女が好きなのね。私とは随分イメージが違いますけど。
「人形の案件扱ってるのに、人形取るとか」
柚も別の意味であきれていた。
ちなみに修君は狙った物を取るのに千円以上突っ込んでいます。