おばあさんに聞こう作戦 前編 映り込む者
なんとびっくり部門で1位になってました。驚きましました。
前話の後書きでもうネタが無いと書きましたが、ひねり技を使って続きを書いてしまいました。
せっかく気に入ってくれた人がいるのに、もったいないなと。
と言うわけで、ひねり技を繰り出した結果長くなってしまったので、前後編に分けました。
「夏のホラー?何だっけ?」
「ほら、小説投稿サイトの特集だよ」
「ああ、あれか」
「病院の話、聞いたろ」
「それが?」
「他にないかなって」
「えー、無いよ。基本的に私、健康優良児だし」
「そうでした」
つゆりは笑いながら冷やし中華を啜った。
「美味しい」
にこにこ顔のつゆりに満足して、俺も冷やし中華を啜った。
「貸しだかんな」
「えー、心が狭いー」
「当番制にしようって言ったのはつゆりだろ」
「うー、そうだけどー」
食事当番を順番にしようと言い出したのはつゆりだ。どちらかと言えば、俺の方が料理が好きなこともあって俺は快諾したのだが、何かと理由をつけてつゆりは自分の当番をごまかそうとするのだ。
「じゃあ、今回のはちゃらにするからさ」
「え、ほんとに?」
「おばあちゃんに何か病院での思い出がないか聞いてよ」
「それくらいなら、いくらでもー」
スマホを手に取ろうとするつゆりに、視線でめっとする。てへへと照れてつゆりがスマホを置いた。食事中にスマホをいじらないのもつゆりが決めた約束だ。
「なんで病院限定なの?」
「さあ?」
「病院はたくさん見えるって知ってるのかな?」
「違うんじゃないかな。たぶん、病院を舞台とした怪談が多いからじゃないか?」
「ふーん」
結局すごい勢いで冷やし中華を平らげて、さすがに食器洗いはしてくれた。
「さてと」
手を拭いてつゆりがスマホを持って隣に座った。つゆりがおばあさんに電話を掛ける。なかなか出ないと思ったら繋がって何やら会話しているが、どうもおばあさん本人ではないようだ。
「え?入院?」
「どした?」
「おばあちゃん、入院したって」
「マジか」
◇
「熱中症かあ」
「おばあちゃんクーラーつけるの嫌いだからさあ。前にも言ったんだけどなあ」
「お年寄りの室内での熱中症って多いみたいだね」
「もー、一応用心のための入院だって言うから大丈夫だと思うけど」
「お見舞い、行く?」
「でもたぶん明日には退院出来るだろうって。点滴入れるための入院みたいなものだから」
「じゃあお話も聞きたいから、その退院の時にうかがうとかは?」
つゆりが思案顔になる。
「あー、それならお母さんも明日パート休まなくて済むか」
「俺もつゆりも明日は暇じゃないか。行こうよ」
「じゃあ、お母さんに連絡してみる」
結局こちらの申し出通り、午前中に病院へ行って、おばあさんが退院する手続きをしてそのまま家まで送ることになった。
◇
「つゆり、石っておばあちゃんからもらったんだろ?」
「うん、そうだよ」
「なんで、お母さんからじゃないの?」
「あー、お母さんは見えないの」
「え?そうなんだ。てっきり見える一族なのかと思った」
俺はクーラーの設定温度を一度下げた。俺もつゆりも汗だくだ。
「言ってなかったっけ。隔世遺伝みたい」
濡れた髪が頬に張り付いている。指でそれをそっと直す。
「そうなんだ。おばあちゃんは石を何度も使ったのかな?」
「うん、そうみたい。なんかその筋では有名だったとか」
「あー、退魔士とか、霊媒師みたいな?」
「そういう職業みたいなことはしてなくて、噂を聞いておばあちゃんを頼ってくる人を助けてたみたいな」
身体がひんやりとしてきたので、設定温度をもとに戻す。
「そういうところマメだよね、上梨」
「つゆりがずぼらなんだろ」
「ずぼらとかひどいなー」
つゆりが言いながら肩を甘噛みしてくる。
「噛むなよ、こら」
「んふー」
機嫌を直すために頭を撫でてやる。
「幽霊が噛んだり、手形付けたりって話ってどうなの?」
「普通は無いよ」
「普通はってことは、特別にはあるんだ」
「ほら、高校時代の文化祭の時」
「え?文化祭?何だっけ?」
「えー、嘘でしょー」
また甘噛みされてしまった。
◇
「カット」
「ほーい」
俺は戻って来たつゆり達にドリンクを乗せたトレイを差し出した。
「ありがとー」
出演者達はドリンクを受け取り一息ついている。
文化祭の出し物の抽選に負けて飲食店を開けないことになった我がクラスは文化的出品という振り分けになってしまった。何をどうしてこうなったのか、映画製作に乗り出してしまっている。
そして彼女のつゆりは出演者に選ばれ、俺は雑用をしているわけだ。
「オッケー。じゃあいったん教室でチェックしてみよう」
やれやれ。やっと室内か。俺は諸々の荷物を担いで教室へ向かった。
「ごくろうさま」
つゆりが軽い荷物をさっと持ってくれた。
「ありがとさん」
俺の言葉に小さくブイサインを見せるつゆりが可愛い。
「じゃあ、接続頼む、上梨」
「はい、はい、お任せあれ」
ビデオカメラからカードを取り出し、パソコンに動画を転送して、そこから教室のテレビに接続した。
動画再生ソフトを起動して、動画を順に再生する。
「どうなの、このストーリー」
いつの間にかパソコンを操作する俺の横につゆりが座っていた。
「まあ、いいんじゃないの?こんなもんでしょ」
「うーん、リアリティ無いよね」
「出演者がそういうこと言わないの」
「はーい」
物語は陰湿ないじめを受けていた女子が、数名のクラスメイトの助けを借りていじめっこ達をこらしめるという話。
まあ、はっきり言って、面白くない。
しかしじゃあお前が脚本を書けと言われても困るので、黙っているのだ。
映像では校庭のどこかに隠されたかばんを探す女子に気付いた面々が一緒になって探そうとする場面が映っている。
「よく映像に本来見えないものが映りこむってことがあるじゃんか」
「ああ、それはあるみたい」
「へえ。じゃあ心霊写真とかも?」
「あはは、それはない。ほとんどない」
「そうなの?」
よく心霊写真特集とかやってるじゃんか。
「えーっとね。ほら、そこ」
つゆりが指さすのは前の椅子の背もたれ部分。
「椅子だろ?」
「じゃあ、ここが目、目、これが口」
「ああ、人の顔か」
「そういうこと」
「思い込みってこと?」
うんうんとつゆりが頷く。
「シュミ、ん?シミュラクラン?シミュラクラ?確かそんな現象」
「あいまいだなあ」
俺はスマホで調べてみた。
「シミュラクラ現象だって。脳の働きで人の顔に見えるようにプログラムされてるって現象か」
「それそれ。煙とか水しぶきとか、葉っぱとか木の節とか」
「トンネルの染みとか、霧とか」
「そうそう、分かってますねえ上梨君」
さらに調べてみる。
「へえ、パレイドリア現象ってのもあるぞ」
「何それ、知らない」
「人の顔も含めて動物とか何かの物体に見える現象だな。月にウサギの姿を投影するのもそれにあたるみたい」
「ふーん。まあ、人間の脳はそれくらいあいまいってことね」
「そうなるな」
いつの間にか雑談の声が大きくなってしまったようだ。
「こら、そこ、いちゃつかない」
監督に注意されてしまった。つゆりがペロッと舌を出す仕草が可愛い。
まだ動画は12本も残っている。まだまだ時間が掛かりそうだ。俺はぼんやりと画面に視線を移した。
校庭の茂みの中や倉庫の後ろなどを協力して探している場面だ。
つまらん。
「さっき普通はって言ったろ」
「また叱られるよ」
だってつまらないんだもの。
「中には本物があるってことだよな、それって」
「うん、ある」
「呪われたりすんの?心霊写真番組だと、よく除霊が必要ですみたいなこと言ってんじゃん」
「うーん、写真はたぶんほとんど無害なはずだなあ。危険なものである可能性がまず低いこと。仮に危険なものを写したとしてもそれはその場所にいるのであって、写真の中にはいないから」
「とりついたりしないのか?」
「うーん、無いとは言わないけど」
「可能性は低いと?」
「とりつくような強いのだとすると、たぶん写真を撮影した時点で何か起きていると思う」
つゆりが神妙な顔をしている。
「おい、そこっ」
監督からの少し怒りのこもった声を浴びて、俺達は今度こそ黙った。
◇
「あ、いるなあ」
「マジで?」
今日の最後の撮影と言うことで、昇降口に集まっていたら、つゆりがぼそりと言った。
視線の先は昇降口の外だ。
「やばい?」
「ううん、通りすがりみたいな。私達がわいわいしているのを何となく見てる」
「こっち見てるのか」
「うん、たまにいるんだよね。人懐こいのが」
「そういうの人懐こいって言わないだろ」
カメラの準備が整って監督から動きの説明がされている。俺は昇降口の外へ目を凝らした。もちろん何も見えない。
撮影が開始されたが、つゆりはちらちらと昇降口の外へ視線を向けてしまってNGを出していた。
「ね、上梨、映ってるかも」
「え?外の奴?」
「うん、もしかしたら」
「なんでさ」
「ずっとこっち見てたもん」
つゆりの予想は当たった。
教室に戻って昇降口で撮影した分をチェックした。
「誰だ、あれ?」
演技する連中の向こう。昇降口の外におっさんが立っていたのだ。
「学校の職員じゃないよな」
「そもそもあんな人いなかったよな」
「ひょっとして幽霊じゃないの?」
「え、幽霊ってこんなにはっきり映らないでしょ」
そう。すごくはっきり映っていたのだ。透けてもいない。ぼやけてもいない。単純に映り込んだ部外者、そう見えるのだ。
俺はつゆりと顔を見合わせて苦笑いするのだった。
◇
「あー、やばい」
「え?また?」
「うん、これ、よくないなあ」
つゆりの視線の先は教室の入り口だ。教室内での撮影をしていたら、また例のおっさんが現れたと言うのだ。
「校舎内だぜ」
「うん、だから、やばいかも」
「どういうことだよ」
聞こうとしたが、撮影になってしまった。
そしてまたおっさんが映り込んだのだ。
しかし今回は画面のはじにちらっと映っただけだったので、俺達以外誰も気づかなかった。
「で、何がやばいって?」
「うん、この撮影班に興味をもったみたい」
「粘着されてるってことか?」
「うん、うっかりついて行くこととかはあるんだけど、これだけ興味をもたれると、映り込むだけじゃ終わらなくなるかも」
「何かしてくるのか?」
「そればっかりは分からない。あれ次第」
俺はふと、つゆりを意識した時のことを思い出した。
「駐輪場で変態がいるって言ってたよな」
「ああ、最初の時」
「あれも近い感じ?」
「あれは手あたり次第の変態」
「あ、そう」
よく違いが分からないが、まあ、いいか。問題は今のおっさんだ。
「祓う?」
「そうだね、たぶん上梨なら祓えると思う」
「つゆりじゃダメなの?」
「うーん、ダメじゃないけど」
「けど?」
「上梨の方が半端ないから」
「あ、そう」
何しろ自分に見えていないので、祓えてると言われてもちっとも自覚がもてないのだ。
◇
その日の撮影は、ラストシーンの手前。いじめっこに団結して立ち向かうシーンだった。
その日までつゆりの見ているおっさんは常に撮影につきまとっていたらしい。幸いカメラワークの外にいたので、映ることはなかったのだが。
「あー、やばい」
「え?」
「教室の中にいる」
「マジかよ」
「祓うか?」
「どうしよう。何もしなければいいんだけど、なんか彼女を睨んでる」
彼女というのっはいじめっ子のボス役の女生徒だ。
「危害を加えそう?」
「もしかすると」
「呪いとかじゃないのに、危害を加えることってあるのか」
「私も知らないんだよお」
つゆりが困っていた。別に彼女は幽霊退治を生業とするスーパー女子高生ってわけじゃないのだ。
「じゃあ、危なそうなら言って」
「うん、お願い」
こうして撮影に入った。俺はつゆりが視線を送る先に注意していた。
いよいよ芝居が佳境に入った。いじめっ子役の女子がいじめていた女子に対して「いじめられて当然だ」「いじめられる方にも問題がある」みたいなことを、一気にまくし立てる場面だ。
なかなかの演技上手で、鬼気迫る演技と言えた。素人目だけども。
「はん、何言ってんのよ。いつもペコペコしてるじゃないの。何かと言えば、ごめんなさい、ごめんなさいって。謝ればいいと思ってんの!?」
つゆりが彼女の言葉に狼狽えた表情を見せる。いや、違う。彼女の後ろにいるおっさんに対しての表情だ。
「言ってやるわよ。あんたにも問題があるのよっ。その性格を直しなさいよっ。あんたなんていじめられて当然なのよっ!」
つゆりが俺といじめっこ役の後とを交互に見る。
「あんたなんてねえっ。死ん」
「上梨っ」
ぱあんんんんっ
「死ん…じゃえ…ば?」
「カット。何してんだよ、上梨っ」
「あー」
「それに酒々井も。お前が先に呼んだろ」
「え?えーっと」
そもそも祓えたのか?
「いったー」
いじめっ子役の女生徒が首筋を押さえた。
「あ、血」
彼女の手には首についた傷口から流れた血がべっとりと付いていた。
「え?何?どうして?」
「ちょ、保健室、保健室」
首の傷を押さえるハンカチがみるみる赤く染まっていく。
「いったん撮影は中止っ」
ざわつく撮影現場で、俺はつゆりに近づいた。
「祓えた?」
「うん、それはバッチリ」
俺は頷いてカメラに近づいた。みんなに気付かれないようにカメラを持って別の教室へ向かう。つゆりもついて来る。
データをパソコンに転送して調べる。もちろん最新のデータだ。
「これだな」
「うん」
いじめっ子の背後に例のおっさんがバッチリ映っていた。まるで演者のようにはっきり見える。
いじめっ子がセリフを言うたびに、その表情が険悪になっていく。そして明らかな怒りの形相。
そしていじめっ子が例のセリフを言おうとした瞬間、そのおっさんが手をいじめっ子役の女子高生の首に伸ばしたのだ。
「上梨っ」
ぱあんんんんっ
俺が手を叩いた瞬間、おっさんは雲散霧消した。あっけなく。
俺はつゆりを見た。つゆりが頷いた。
俺は動画を削除した。
◇
「ああ、あれか。確かに首に怪我していたな」
「思い出したか」
つゆりの頭をまた撫でて、甘噛みを解除してもらう。
「出血のわりに大した怪我じゃなかったんだよね」
「うん、保健室の治療で終わったし」
確かにあれは見える者がリアルに危害を加えた例だったな。
「あれは、撮影をリアルな出来事と勘違いしたってことだったよね」
「たぶんね。祓っちゃったし、その後も出なかったから、分からないけど」
データが消えていたって言うんで、みんなが不思議がったし、そもそもなんで俺が急に手を叩いたのかと、つゆりが俺の名を呼んだのかで大分追及された。
俺の目の前に蜂が飛んでいて、それを思わずつゆりが注意して、俺がそれを叩いて潰したってことにした。
だいぶ苦しい言い訳だったけれど、ひたすらそれで突っぱねた。
まあ、無事に再撮影も出来たのでやがてその話題も出なくなった。
そして我々の映画はそこそこのお客の入りと、そこそこの評価を得て終わった。
結論はやっぱり文化祭は飲食店に敵わない、だった。
「シャワー先に浴びていいよ」
「つゆり、お前、そう言って寝るなよ」
「寝ないよー」
「この前寝てただろ」
「今日は寝ないよー」
怪しいもんだ。
俺はベッドから出てつゆりを見た。ひらひらと手を振るつゆりの目がすでに閉じているのが分かって苦笑した。
ブックマークをしてくださる方も多くて嬉しい限りです。
後編は本日中に投稿しようと思っています。
おばあちゃんの過去話になりますが、読んでいただければ幸いです。