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物憑き 【禍家】

京都の寺の次男坊、須賀原さんの視点です




 とんでもない代物だ。


 とても俺一人で何とかできる物ではない。


 そのアンティーク人形が持ち込まれた家は、俺が訪問した時には禍家まがいえに変貌していた。

 以前打ち合わせで一度だけ新人の高野内と来訪した時には、品のいい外壁の屋敷だったのに。その外壁は薄汚れてくすんで見えるし、ぼやっと濁って見えるのは瘴気のようだ。きれいだった芝生は全て黄土色に枯れている。


「須賀原ちゃん、相当やばいの?」

「やばいですね。これは私だけじゃ手に負えません」


 社長が入院した高野内のお見舞いに行って、彼が精神的におかしくなっていると告げたのが一昨日。翌日お見舞いに俺が行った時には、彼は病院を抜け出していた。


 その高野内がクライアントであるこの家に来ていると知って、俺と社長はこの地を訪れた。しかし俺は何とか敷地には入れたが、玄関のドアを開けることが出来ずに、社長に開けてもらったのだ。鍵は掛かっていなかった。


「感じないってのは恐ろしいことだな。何となく気分が悪いと言うか、重たくなる感じはするけど」

「社長、そこには入らないでくださいね」


 社長が開いた玄関には瘴気が澱んで、じんわりと外へと漏れて来ていた。


「しかし入らないことには高野内がいるのか確かめられないぞ」

「スマホ鳴らしてみてください」

「お、そうか」


 社長が高野内の番号へ電話を掛けると、屋敷の奥で音が鳴っているのが分かった。


「いるじゃないか。おーい、高野内」

「社長、入らないでって」


 中に一歩踏み出した社長の腕を掴んで抑えた。すでに瘴気が社長の足を包むように蠢いている。


「しかし、中にいるんだぞ。須賀原ちゃんは高野内のあの姿を見ていないだろう?」

「見ていませんが、入っちゃダメです」

「呼ぶのは?呼ぶのもダメか」

「この中にいて平気な人間はいません。高野内がこの中にいるとしたら、憑かれています」

「な」


 社長の顔が狼狽した。


「そうか。分かった。須賀原ちゃんを信じるよ。ではどうしたらいい?」

「まずは会社に戻りましょう」

「ここでは何も出来ないんだな?」

「私が留まっても、祓えません。だとしたら誰かを呼ぶしかありません」

「分かった、戻ろう」


 俺と社長は歩いて数分のコンビニへと戻った。社用の車には武田が待っている。車を停める都合上、一応コンビニで買い物をさせて車内に置いておいたのだ。


「あ、おかえりなさい」

「ああ」


 武田は高野内と同期入社の新人女性だ。短い髪が快活な印象を与えるが、実は大人しいらしい。しかし地道な仕事も厭わずにやるとのことで、社内の評判は悪くない。会社には縁の下の力持ちが必要なのだ。


「これ、一応お二人の分も買っておきましたけど」


 そう言って差し出したのは鶏のから揚げだった。


「社に持ち帰って、好きな奴にあげてくれ」


 社長がそう断ると、武田が変な顔をした。


「なんだ?不満か?」

「いえ。その、臭くないですか?」

「臭い?唐揚げが」

「違います。えーっとお二人が?」

「俺達?臭いか?まさか加齢臭とかじゃないよな?」


 くんくんと運転席の俺に後ろから近づいて武田が鼻を鳴らした。


「須賀原さんじゃないみたいです」


 そう言って今度は助手席に座った社長に近づいた時だった。


「あ、社長です。社長臭いですよ」

「え?俺?」

「えーっと、失礼を承知で聞けば、社長もらしてませんよね?」

「もらすかあ」


 社長が武田をぶつ振りをした。うひゃあと武田が後部座席で小さくなる。


「待て、武田。そう聞くってことは、そっち系の臭いがするんだな?」

「はい、トイレの臭いです」

「なるほど」

「なんだよ、須賀原ちゃん。どういうことだよ。俺、漏らしてなんかないぞ」

「あ、社長、分かってます。大丈夫です。いくら社長がお年でも脱糞までは」

「脱糞とか言うな、武田、クビにするぞ」

「あー、パワハラですか?」

「ぬう。この生意気新人め」


 大人しいと聞いていたが、意外に話すじゃないか、武田。しかも海千山千の社長に切り返すとは。


 しかし霊障の際に臭いが伴うことがあるのはこっちの世界では常識だ。と言うことは、もしかすると…。俺は周囲を見回した。


「おい、武田。あそこを歩いてるおばあさん見えるか?」

「え?えーっと、はい。お孫さんを連れているおばあさんですよね」

「お孫さん?何言ってるんだ、武田。おばあさん、一人だぞ」

「あ、すいません」


 やはりな。武田は「見える」のだ。


「ん?須賀原ちゃん?え?本当に孫連れてるのか?」


 社長の言葉に俺は頷いた。


「え?え?じゃあ武田も「見える」ってことか?」

「ふえ?」


 後部座席に身を乗り出すような社長の迫力に武田がビビる。


「見えるのか、武田?」

「み、見えるって?」

「おばあさんのところに孫が「見える」んだな?」

「は、はあ。実は」

「なんてこった」


 社長が天を仰いだ。


「社内に、二人も「見える」者がいるなんて、最高だっ」

「は?」


 武田が社長の喜びぶりに引いている。


「武田は、小さい頃から見えていたわけ?」


 俺は遠慮しようと思っていた鶏のから揚げを一つ口に放り込んで聞いた。長くなるかもしれない。


「えっと、その、実は高校生の時からです」

「え?後から?そう言うのってあるのか?」

「ええ、稀ですが」


 俺は社長の問いかけに頷いた。後天的に「見える」ようになることはある。一番多いのは臨死体験をした後に「見える」ようになること。他にも精神的にショックを受けたり、主に頭部に怪我をした場合など。

 そして「見える」のが一時的で、その後「見えなく」なることもある。武田が高校生からと言うのなら、彼女はずっと「見える」タイプなのだろう。


「何があったんだ?高校生の時に」

「あ、えーっと、実は溺れまして」

「臨死体験か?」

「そんな感じじゃなくて、私としては少しの間意識を失っただけだと思ってるんですけど」

「死んだおばあちゃんが、まだこっちに来るなとか、そう言うのは?」


 社長の問いかけに武田が笑った。


「私、おばあちゃん生きてますから」

「あ、いや、そういうことじゃなくて」

「見ていません。見たのかもしれませんが、覚えていません」

「そ、そうか」


 社長もとうとう唐揚げに手を伸ばした。興奮を収めるために、何かしないといられないのだろう。


「で、どうなんだ?須賀原ちゃん、武田は祓えるのか?」

「それはまだ何とも。それにあの家に連れて行くのは危険ですよ。ただ「見える」だけならば、抵抗力も無いですから」

「そういうものなのか?「見える」だけなんているのか?」

「その逆もいるって、この前話したじゃないですか」

「ああ、例の「祓う」力だけ飛びぬけている彼の話か」

「あのー」


 勝手に会話を進める俺と社長に武田が割って入った。それはそうだろう。話の中心になっていながら、どんどん知らない話に逸れて行くのだから。


「どうだろう、須賀原ちゃん。我が社に二人目の逸材だ。この際、いろいろと教えてみては?」

「いいんですかねえ。人生変わってしまう可能性ありますよ」

「あのーってば」


 武田が運転席のシートにしがみついて軽く揺すった。


「待ってくれ、武田。社長、ここでずっと話すのもなんですから、いったん落ち着いて、会社に戻って話しましょう」

「そうだな。そうしよう。武田、いいな?」

「いいも何も、ずっと二人で話してて、私は蚊帳の外じゃないですかあ」

「悪かったって。じゃあシートベルトを」


 俺はやや高揚する気持ちを抑えるように、ぐっとハンドルを握りしめた。





誤字報告ありがとうございます。お世話になっております。

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