物憑き 【ソフィー】
気合の連続投稿。
前半は酒々井つゆり視点です。後半は新キャラのゾフィーさん視点です。
「杖をもらったの?」
「うん、もらったと言うより、預けてもらった感じ」
「ふーん。使い勝手良さそう?」
「まだ何ともなあ」
そう言いながらも杖を構える姿はすごく様になっていると思う。これは恋人びいきでなく。
「部屋の中で振り回したら、ダメだからね」
「分かってますって」
素直に上梨が杖を布袋にしまった。その布袋を大事そうに壁に立てかけた上梨の口角がちょっぴり上がっている。
「まだオカルトハンターいたの?」
「いたのどころか、住み込みなんだってさ」
「え?ほんとに?何がしたいんだろう?」
上梨が苦笑いして横に座った。私は自然と身体を預けた。
「なんだかね、実験体になってるんだって?」
「実験体?」
「うん、加茂さんの実験」
「じ、人体実験?」
上梨が笑って私の頭にこつんと自分の頬を当てた。
「まあ、確かに人体実験だけどね。「見る」力も「祓う」力も無い人が、祓うことが出来るのかって実験」
「そんなの無理でしょ」
「いやいや、加茂さんの持っている品々をうまく組み合わせれば、無理とは言えないかもしれない」
上梨はそう言うが無理だと思うなあ。
「こう、顔の前に垂らす布があるんだけど、それをつけると、ぼんやりとだけと「見える」ようになるんだ。これ、俺の実体験」
「え?本当に?」
「ああ、でもそれは本当に「見る」時にしか使えない。だって普段からそれをつけてたら、周りが何も見えなくなっちゃうから」
「ああ、不便なわけね」
「うん、ずっとは無理だね」
それでも使いどころを見極めれば、「見えない」人にとってはとても役に立つと言える。そんなものまであるなんて、加茂さんは本当にすごいんだな。
「あ、そう言えば、おばあちゃんが、明日来てほしいって」
「ふーん。何だろう?」
「分からない。ただ、来いって」
「嫌な予感しかしないなあ」
「あ、やっぱり。こうやってもったい付ける時って怪しいもんねえ」
明日は学校だから、放課後になる。思わぬ報酬が手に入り、おばあちゃんは全部を私たちにくれたので、バイトのシフトは減らしてある。店長にはすごく残念がられたけれど。
その分の時間は、修行みたいな形に使えたらいいねと上梨と話している。
「まあ、行ってみるしかないな」
「ですね」
私はさらに上梨に体重を掛けて寄りかかった。
「ん?」
「倦怠感は収まったんだよね」
「ああ、もうバッチリ。あっちもそっちもこっちも」
「あはは、どこだか分かんないよ」
「教えてあげましょう」
上梨は部屋の明かりを消して、私をベッドへと運んだ。
◇
「ゾフィー様」
「どうしたの、フィリップ」
「日本のトイレはすごいですな」
「そうね。さすが技術大国だけはあるわね」
部屋に入って来たフィリップは開口一番トイレの感想を伝えて来た。私はもちろん予備知識として知ってはいたから、「ひゃう」と小さく叫んだだけで済みましたけどね。
「エクスプレスも静かで素晴らしかったですし」
「まあ、乗客には驚いたけれどね」
「ですなあ。まさかあんな女性がいるとは、何でしたっけ?やまとなーで?」
「大和撫子ね。まあ、あの人はちょっとそういうのと違うと思いますけれど」
木製のソードを少女が使ったことをフィリップは大そう気に入ったようだった。黒髪美少女というのも、ジャパニーズらしくてフィリップにはストライクなのだろう。
妻子持ちのくせにジャパニメーションに興味があるのだから。まあ、それも私の影響ですから、文句などありませんが。
「例のコーディネーターがロビーに来ています」
「あら、早いのね。では、参りましょう」
ドアを開けてエスコートされながら私はフィリップを連れて部屋を出た。アニヲタであっても、当然のことながらフィリップの所作は堂に入っている。
「名前は何と言いましたっけ?」
「キリノです。日本ではそのジャンルに詳しいコーディネーターとのことです」
「情報は得られたのかしら?」
「それは聞いてみないと」
「分かりました」
ロビーには背広姿のきちっとした青年が座っていた。
「初めまして、桐野です。英語がいいですか?日本語でも?」
「日本語も話せますが、英語が話せるなら英語がありがたいです」
フィリップが答える。
「分かりました。ここでは何ですから、あちらへ」
テーブルが設置されている場所に移動して、私は紅茶を頼んだ。二人はコーヒーだ。紅茶は意外なほど美味しかった。もっとひどいものが出て来るかと思っていたので、日本でも美味しい紅茶が飲めると分かって嬉しかった。
「早速ですが、前置きは抜きで、依頼の話をしていいですか?」
「はい、お願いします」
基本的にはフィリップが応対してくれる。キリノと名乗った青年は最初こそちらっと私を観察したようだが、フィリップが応対すると分かると、彼に向き合って話し始めた。
「イギリス製のアンティーク人形、これで間違いないですね」
「はい、そうです」
「写真は無いのですね?」
「はい、ございません」
写真など、残してあるはずがない。あんなものを撮影したら、何が写るか分かったものではない。
「ダイアルデバーという名前は伺っていますが、今のところそのような名前では見つかっていません」
「台座に名前が刻まれているのですが」
「台座は外される可能性がありますから」
「そうですか」
フィリップが落胆する。私も内心落胆していた。やはりそう簡単には見つからないのか。
「いわくつきの人形と言うことですが、恐らく普通のアンティークとして輸入されていると考えました」
「おそらくそうです。倉庫から持ち出した者は、ダイアルデバーがそのような人形だとは分かっていないはずですから」
フィリップの言葉にキリノが頷いた。
「と言うことで、いわくつきの物品収集家ではなく、アンティーク収集家や輸入業者を当たってみました」
「おお」
「その中で可能性がありそうなのが3件。個人が二人、業者が一つです」
残念ながら用意された資料は漢字が多くて私にもフィリップにも読めなかった。
「そちらからの情報で九州という言葉が出たと言うことで私をご指名くださったみたいですが、この中に九州はありません」
「そうなのですか。日本に他に九州という地名はありますか?」
「心当たりはありません」
「そうですか。三か所はどこになりますか?」
「東京、東京の隣の埼玉、そして京都ですね」
「案内していただけますか?」
「構いませんが、その」
ここでちらっとキリノが私を見た。
「そうなるとさらにその人形に関する情報が欲しいですね。私もこうした案件を多く扱っている身なので。その危険さは分かっているつもりです。そしてこちらのゾフィーお嬢様がどれほどの力をお持ちなのかも出来れば教えていただきたいところです」
安請け合いする相手も困るが、ここまで初対面で聞いて来るのも珍しい。
「いかがいたしましょう?」
「構わないわ。この件については私が一任されています。クライアントに対する守秘義務も、日本ではしっかりしているのでしょう?」
「もちろんです」
「では、あなたを信頼してお話します。ですから、あなたが得た情報も逐一伝えてくださいな」
「了解しました」
長い話になりそうだ。私はメニューを手に取った。
「サンドイッチでも食べようかしら」
「ここはナポリタンが評判ですよ」
「ナポリタン?イタリア料理?」
「いえ、日本オリジナルのパスタです。スパゲティですよ、トマトソースの」
「へえ、珍しいわね。ではそれを頂くわ。あなたちも付き合いなさい」
確かに美味しそうなパスタが出てきたが、グリーンペッパーが入っていた。
気付いたフィリップがグリーンペッパーを私の皿から自分のさらに移してくれた。
「美味しいわね。でも口元が汚れるわ」
なぜかキリノがにやにやしている。
「何か?」
「いえ、似たようなことをする人を知っていましてね」
その人がどんな人か知らないが、話が合うに違いない。この世からグリーンペッパーなんて無くなればいいのに。
「では食べながらで失礼します。私から説明させていただきます」
フィリップさんは剣を持って美少女が戦うアニメが大好きなようです。