【閑話】社長と須賀原ちゃん
「お、戻ったね、須賀原ちゃん」
「はあ、どうも。遅れまして」
「いやいや、いいんだよ、いいんだよ。ささ、応接室へ」
「あ、ちょっとこれからアポがあって」
「えー。そうなのー?」
うちの社長は俺の仕事に理解がある。いや、理解があるというレベルではない。興味津々なのだ。
「定時に一度戻れるんで」
「お、そうか。じゃあ飲みに行っちゃおう」
「分かりました」
社長は満足そうに頷いて社長室に戻って行った。
この社屋に霊が出ると言うことで、祓いに来たのがきっかけだった。大した霊ではなく、悪質さもそれほどでもなかったので、祓うこと自体はあっさりと終わった。
その女性の霊は、夜に社員がみんな帰った後にオフィスを徘徊して、PCの電源を入れまくるのだった。事情が分からずに監視カメラを設置したら誰もいないオフィスでPCが次々と起動していくのを見て、俺に話が舞い込んだのだ。
俺はオフィスでお経を唱えながらその霊と一晩を過ごした。今の会社が入る前にここに入っていた会社の女性社員だったようで、ノルマに追われて身体を壊して亡くなってしまった人だと、後で調べて分かった。
彼女は結局、最後にはお経を唱える俺の前に立ち、散々泣いた後で、少しだけ笑って消えて行った。
この顛末を聞いた社長が俺に男惚れしたわけだ。元々そういうジャンルに興味があった社長は、仕事が片付いた後も連絡を寄越しては食事をご馳走してくれた。言える範囲で話をしていく中で、当時俺が勤めていた会社の有給が無くなりそうだみたいな話をしたら、あっと言う間に引き抜かれた。
俺は自分のデスクに行って、必要な書類を鞄に入れた。
「じゃあ、出てきます」
「ああ、気を付けて」
部長はちらっと社長室を見て、ご苦労さんと口の形だけで付け足した。俺はペコリと頭を下げてオフィスを出た。
サラリーマンの収入の方が多い俺だから、今回の報酬はとてもありがたかった。ぶっちゃけて祓う仕事は慈善事業みたいな感じだし。時間ギリギリになりそうなので、俺は普段乗らないタクシーに手を挙げた。
行き先を告げてシートに身を沈める。
俺には、今回一緒に祓った連中のような派手さもない。基本的にはお経をあげて祓うだけ。まあ、人に憑いている場合には、当人のケアをすることが多いが。
酒々井さんは、以前ご一緒した時に、お経だけでそれだけ出来るのはすごいことだと言ってくれた。思い返せば、あの言葉のおかげで今でも俺は祓う仕事を続けられている気がする。
どうもオヨバズという凄いのを祓ったことや、上梨君のような破格の逸材に出会ったことで、なかなか気持ちの切り替えが出来ていないようだ。
「仕事、仕事っと」
自分に言い聞かせるように呟いた。
「イギリスの?」
「ええ、先方がそう言うので、もう一度企画展をプロットから直さないといけないんです」
「急だなあ。マネジメント出来てんの?スケジュールの」
俺は予定通り帰社してそのまま社長にさらわれる様に行きつけの居酒屋の個室に連れられていた。
しかしまずは報連相だ。サラリーマンとしての務めを果たさなければならない。
「大丈夫だって言ってましたけどね」
「アンティークだろう?難しいんだぞ」
「そのリスクも承知だと言われてしまったので」
「仕方ないなあ。次のあっち方面の仕事は?」
「今のところは」
「そうか、じゃあ申し訳ないけど、須賀原ちゃんに任せるよ」
社長がそう言って話に蹴りをつけて、呼び出しベルを押した。
「でもこの案件は、新人の高野内とのコンビでやってたんで、あいつとも」
「いやあ、それがさあ、高野内の親からしばらく休むって連絡が来ちゃってさあ」
「へ?」
今年入社した高野内は、結構見込みがあると思っていたのだが。
「いや、会社が嫌とかじゃなくて、本当に体調不良らしいんだ。実際に病院にもかかってて、診断書も必要なら出すとまで言われてね」
頼んだ生ビールが運ばれてきて、いったん会話を止めて、食べ物を注文した。
「じゃ、お疲れさん。乾杯っ」
「乾杯っ」
ぐびぐびと半分ほど飲む。喉に刺激が心地いい。
「検査入院してるって言うから、お見舞いに行ってくるよ」
「あ、じゃあ俺も」
「いやいや、須賀原ちゃんにはさっきの案件、一人で何とかしてもらわないといけないから」
「はあ、まあ、そうですね。じゃあ社長に様子を見てもらって、必要そうなら私もお見舞いに行きます」
「うん、それでいいよ」
その後もスケジュールの件を細々と詰め終えたところで、食べ物が運ばれてきた。
「さて、じゃあ、聞かせてくれるかな?」
「いつもの通り、他言無用です。それから固有名詞は変えてますんで」
「うんうん。分かってる。さ、さ」
俺は社長の勢いに苦笑しつつ、どこから話そうかと考えた。
「実は今回の仕事は、以前に一度断ったものだったんです」
「ほうほう」
社長が身を乗り出すように食いついてきた。
本当に好きだなあ。しかし社長は話を聞き終えてのコメントで結構参考になることを言ってくれることもある。
上梨君のことを、社長は何とコメントするだろうか。それが少し楽しみでもあった。
【閑話】としつつ、伏線を張るのは反則だろうか。