オヨバズ 完結編 【須賀原】
お寺の次男坊、須賀原さん視点です。
朝風呂には朝風呂の爽快感がある。覚醒しきっていない細胞がいい感じで起きて行く。
お湯を手に取って顔を拭きながら足を伸ばした。
「あ、須賀原さん」
誰が入って来たのかと思ったら、上梨君だった。
「やあ、上梨君。早いね」
「そう言う須賀原さんこそ」
最初に彼を見たときにはてっきり彼が酒々井家の跡継ぎだと勘違いしてしまった。隣のつゆりさんが霞むほどの力が時折、溢れるように光って見えるのだ。
そして注視すればその光は一段と輝きを増すのだ。
『困ったら酒々井を頼れ』
そう言われていたのは酒々井さんが稀代の力を持っていたからに他ならないのだが、その酒々井さんを凌駕する力の持ち主だと言えた。
それなのに、彼は「見えない」のだと言う。
彼はきっと「見えない」まま、今までに数知れず霊を祓って来たに違いない。無意識のうちに。
「調子はどうですか?」
「ばっちりさ。俺もこういう時はよく食べる方だけど、上梨君もよく食べるねえ」
「はあ、普段はこんなに食べないんですけどね。なんか昨日からお腹が減っちゃって」
「ふーん」
身体を流した上梨君が横に入ってくる。
「あー、気持ちいいー」
ぐっと上梨君が全身を伸ばす。
「ちょ」
「え?」
そうか。上梨君には「見えていない」んだっけ。今、彼が伸びをした瞬間に湯船全体がふわっと光ったのだ。
破格。
まさにそんな形容がぴったりの男だ。これで「見えない」と言うのだから笑うしかない。
お湯があんな風になると言うことは、水との相性もいいと言うことだ。鹿嶋さんは水を使うようだが、今の話を聞いたら何と言うだろうか。
「その、上梨君は普段からそんな感じなの?」
「えっと、そんな感じって?」
「ああ、その、力みなぎる感じ」
「あー、なんだかここに来て、調子が上がってる感じですね。特にみなさんとご一緒してから」
「ふむ」
五輪が回ったのかもしれない。チャクラなどとも呼ばれる身体の中枢が、我々力のある者たちとの接触によって動き始めた可能性がある。特に桐野さんなどは、普段から結構力を出している。垂れ流しているとも言えるけれど。
もし五輪が動き出したとすれば、その使い方をこの上梨君が掴んだらさらにすごいことになることが予想される。うちの寺に来て修行してくれたらと思うと同時に、ちょっと怖くもある。これだけの素材をうまく導ける自信が無いのだ。
このまま酒々井さんの元にいた方がいいかもしれない。お孫さんのつゆりさんとの相性も抜群のようだし。
「須賀原さんは数珠を使いますよね?」
「ああ使うね」
「あれってつゆりが使うような石とは違うって言ってましたけど」
「念ずるときに使う珠なので、「念珠」とも言うね。お祓いに使う法具だよ。あの珠を数えながらお経を唱えるんだよ」
「へえ、でも須賀原さん、数えてませんでしたよね」
「ああ、もう覚えているし、結構早口で唱えないと危険な相手だったからね」
「お経ってある程度唱えないと効果が発揮できないんですか?」
「いや、普通はすぐに効果が出るんだけどね。お経は言霊をもつけれど、大事なのは唱える者の力だから」
朝からのぼせるわけにはいかない。俺は湯船の縁に腰掛けた。
「力のない者がお経を唱えても、お経の力を十分に発揮できないってことですか?」
「物分かりがいいね。その通りだよ。言霊としての力だけでは、強い霊は祓えない。お経にきちんと力を持たせられるかどうか、それが大事なんだ」
「そういう言霊の力のある言葉って他にもありますか?お経みたいに長くなくて覚えられそうなもの」
上梨君も湯船から上がって縁に腰掛けた。
「念仏はまさにそうだけどね。つゆりちゃんが使ってるのも、ひかりちゃんが使ってるのもそうだよ」
「と言うと、「破魔」とか「斬魔一刀」とか、そういう掛け声もってことですか?」
「その通りだよ。別にあれは技の名前を格好つけて言ってるわけじゃないんだ。言葉そのものにある程度の力があるからああして叫んでいるのさ」
「つゆりはあまりそのところ分かってなくて言ってるみたいですけど」
「え?そうなの?はは、さすがは酒々井さんのお孫さんだね」
ずいぶんと話し込んでしまった。
「じゃあ、お先に失礼するよ」
「はい、いろいろ教えてくれてありがとうございます」
脱衣所へのドアを開けて振り返る。
上梨君はこちらに背を向けて、湯船の縁に腰掛けている。とてもいい姿勢だ。
そして湯船が光っている。
気合十分ってことなのだろう。こっちは自信が無くなるが。




