オヨバズ 完結編 【鹿嶋】
鹿嶋パパ視点です。
「ああ、大丈夫だよ。お土産買っていくから」
『そんなのいいから。無事に帰ってよ、お父さん』
「ありがとう。気を付けるよ。おやすみ」
『おやすみなさい、お父さん』
電話を切って、テーブルに置く。充電ケーブルを接続して、ベッドに座った。
娘の言葉は励みになるが、今日はやけに心配された。
鹿嶋家の長女である娘は、高校に進学した頃から勘が鋭くなった。それはもちろん高校進学と同時に、彼女に私の仕事内容について話したことも関係しているのだろう。
娘がすんなりと私の仕事について理解してくれたのは、彼女が「見えている」ことも大きいだろう。
とは言え彼女の場合ははっきりしたものではなく、ぼんやりと黒い塊が見えたり、何かが横切ったように見えたりと、そういった感じだったようだ。
幼い頃、健在だった母親に「あまり人前でそういうことを言ってはいけない」と言われたことを律儀に娘は守り続けた。だから娘は私の話を聞いてほっとしたと言った。自分だけおかしいんじゃないかと思っていたらしい。
私は充電したままスマホに画像を呼び出した。
画面から、今は亡き妻が微笑みかけてくれる。
娘が最近妻に似てきたなと思う。
愛する妻が死んだ本当の理由を娘は知らない。進路を考える高校入学の際に、私の仕事については打ち明けることを妻と約束していたが。その妻を私の仕事のせいで失ったとは、とても言えなかった。
一時はこの仕事を断って、神社の仕事だけに専念していたが、やはり困っている人達を見ると、放ってはおけなかった。いつの間にか前と同じように依頼を引き受けていたが、慎重に、そう、慎重に祓うようになった。
水と塩。元々鹿嶋家でよく使われていた物だけでなく、他にもいろいろな手立てを試みている。
こういった点では先駆者である加茂家と出会えたことは光明だ。この件が落着したら、詳しく話を聞きたい相手だ。
あの上梨という若者のように、ものすごい力を持つわけでもない私は、いろいろと工夫する必要があるのだ。
ふと、彼が「春雷驚龍鍋」を使ったらどうなるのだろうかと考えた。
部屋のドアがノックされる。
私は妻の画像を閉じて、ベッドから立ち上がった。
「はい?」
「すいませんっ。加茂師匠の遣いで来ました」
確かオカルトハンター豪君の声だ。
ドアを開けると彼がぺこりと頭を下げた。娘に彼のことを話したら、知っていた。どうも動画配信では有名人だったらしい。娘も私の仕事の中身を知ってから、そうしたことについて自ら調べることもあったようだ。
なんでも彼は呪われて死んだという噂になってるらしい。生きていて、今、一緒に行動していると言ったらとても驚いていた。サインでももらおうかと聞いたら、そんなのはいらないと一蹴されたが。
「なんだい?」
「あの、加茂師匠が水を、出来れば「神水」を少しもらってこいって」
「ふーん、分かった。そのペットボトルに?」
「あ、はい。この半分くらいでいいそうです」
彼は手に空の500mlペットボトルを持っていた。
「じゃあ、入って。すぐに入れて来るから」
「いえ、そんな。ここで待ってます」
「分かったよ」
私は空のペットボトルを受け取って部屋に戻った。持参した「神水」をそのペットボトルに半分ほど注ぎ込む。
この量だと言うことは、墨をするのにでも使うのだろう。
「はい」
「ありがとうございます」
彼はしっかりと頭を下げて廊下を小走りで戻って行った。
「さてと、こちらも準備しとくかな」
今日は神に捧げた「神水」があっさりと「穢れ水」になってしまった。残りの「神水」に「藻塩」を溶かして、さらに強化する必要があるだろう。
ペットボトルの中の水に塩が溶けて行くのを見ながら、浮かぶのは妻の顔とそれに重なる娘の顔だった。
「お土産は何がいいんだろうな」
閑話なので、本日ももう一つ投稿します。