オヨバズ 完結編 【桐野】
桐野家の付き人、桐野未散視点です。
「もう少し待てば温泉も誰もいないわよ」
「はい。でもお部屋のお風呂で十分です」
「ふーん。まあ、未散がそう言うならいいけど」
「ひかりさんはどうしていたんですか?」
「私?」
桐野家の女子は16歳まで男子と同じように育てられる。服装も男性の物を着て、髪を伸ばすことも許されない。今時、こんな時代錯誤な家風も無いと思うが、それも代々の歴史を知れば仕方ないことだとも思える。
桐野ひかりさんは私のいとこにあたる。ひかりさんのお父さんが私のお父さんの兄なのだ。
「私は結構堂々と女湯に入ったなあ。脱げば男じゃないって分かるし」
「はあ」
「何よ、煮え切らないわね。じゃあ一緒に行ってあげるわよ」
「え?でも、もうひかりさんは」
「サウナに入ってアルコール抜くわ。さ、ほら」
即決即行動はひかりさんの長所でもあり、時々短所だ。もちろん今回の付き人である私は、ひかりさんの決定に逆らうことなんて出来ない。
ひかりさんのお姉さんが引退したことで、ひかりさんが桐野家への依頼を一手に引き受けている。もう一人、ひかりさんに勝るとも劣らない実力者がいるが、今は外国に行っている。
そのひかりさんはお姉さんの引退後、私を付き人に指名する回数が増えている。
主に九州の中で終わる案件が多いので、こうして泊りがけになることは珍しい。
「もう少し、肩の力を抜きなさいよ。やることはしっかりやりつつ、楽しめるときには楽しんでいかないと」
「はい。気を付けます」
「その返事がもう固いんだよねえ」
「すいません」
脱衣所で浴衣をあっと言う間に脱いで、先にひかりさんが入っていく。スタイル抜群な身体を隠しもしない姿に、自信を感じる。
私はサラシを解いてひとまとめにした。スタイルのいいひかりさんとどうしても比べてしまう。脱衣所には衣類が置いていないので、ここには今私達だけなのに、タオルで身体を隠しながらお風呂へのドアを開いた。
温泉は気持ちよかった。こんなきちんとした温泉は小学生以来だ。今回の案件は相当大変なものになるとひかりさんにあらかじめ聞かされていたが、そんな覚悟を吹き飛ばすような悪霊だった。
緊張感で強張っていた筋肉が温かいお湯にほぐされていく。
「はあー」
思わず声が出てしまった。
私は今、付き人の立場なので、霊を祓うことは基本的にしないが、桐野家の技量については分かっている。「斬魔一刀」は桐野家の扇の一つである。「斬魔一刀」そのものを出す必要がそもそも滅多にないのに、それで祓えないとなると私は見たことが無いし、聞いたこともなかった。
明日もう一度祓うというが、大丈夫なのだろうか。
「はひー、あっつー」
ひかりさんが小さなサウナのドアを開けて出てきた。ざぶざぶと水を身体に掛けている。
「よっと」
湯船に浸かる私の横に足だけを入れてひかりさんが座る。
湯船の中のすらっと伸びた足にどうしても目が行ってしまう。
「未散」
「はい」
「私はあんたに見込みがあると思って付き人にしてる」
「ありがとうございます」
「まだまだ未熟だけど、たぶん素質だけなら私よりも上」
「それは」
さすがにありえない。ひかりさんは桐野家の代々の中でも五本の指に入る傑物だと言われている。
「素質だけよ。これから未散がどう自分を鍛えていくか次第」
「はあ」
「だから、今回はいい経験になると思ってたんだけどね。ちょっと相手が悪かった。すまない」
「いえ、そんな」
ひかりさんに頭を下げられるなんて、逆にこっちが恐縮してしまう。
「ま、それにしてもあいつはすごいね」
「彼ですよね。どれだけ修行したらあんな風になれるんでしょう」
「はは、そうだよね。未散もそう思うよね」
「え?」
「彼はね、素人だよ」
「ええ?酒々井家ゆかりの方じゃないんですか?」
「全然。若い娘が孫娘で、その彼氏だって」
「し、信じられません」
「はは、私もだよ。いるんだね、ああいうのが。世の中広いや」
あの彼が本格的に修行や訓練をしたら、一体どうなるのだろう。例えば桐野家で剣の修行をしたら。
ひかりさんが足を湯船からざぶっと上げた。
「未散はどこまでできるんだっけ?」
「えっと、先週の稽古で「光明の太刀」まで」
「そっか。じゃあ、いざとなったら自分の身は自分で守れるね」
「え?」
「明日は絶対祓う。祓うよ」
思わずひかりさんを見上げた。ひかりさんは私を見ていなかった。お風呂場の大きな窓の向こうの暗闇に向かって、挑むような視線を向けていた。
私は温泉に入っているのに、ぶるっと震えた。
閑話な感じなので、もう一つ投稿します。




