廃病院は心霊スポット?
意外に自分が二人を気に入ったのと、意外に読まれたことに気をよくして続きを足しました。
でも、やっぱり怖くないなあ。
「廃病院?」
「うん、なんかお化けが出るって噂らしいよ」
「ふーん」
酒々井つゆりの反応は塩だった。
大学の友人が所属するサークルが開催するキャンプに俺とつゆりは参加していた。あまり気が進まない話だったが、人を集めないとそもそも盛り上がらないんだと。参加予定だった男子数名がドタキャンしたそうで、人数を埋めるために、参加費を実費だけにするからと泣きつかれたのだ。
つゆりはそれでも楽しみにしてくれていたので、俺としてはOKしてよかったと思っていた。
しかし参加してみれば要するにキャンプという名の合コンなのだ。すでにカップルである俺とつゆりにとっては、ただのキャンプとなっていたが。
バーベキューを楽しく、そして美味しく終えて、火を囲んで怪談となった。
俺はつゆりの影響もあって、ほとんどの話を完全な作り話として聞ける状態だったので、楽しみとしては、よくできた話だなあとか、この人は話し方がうまいなあとか、そんな感じで楽しんでいた。
つゆりは俺とは違ってそんな楽しみ方も出来ないみたいで、「そんなのいない」とか「ありえねー」とかぶつぶつ言っていた。一度は話してる男が「お前だー」みたいに驚かせようとして、他の女子は「きゃあ」とか言ってるのに、つゆりが「あはは」と笑ってしまって、天使が通ってしまった。
そしてある男子が近くに心霊スポットで有名な廃病院があると言い出したのだ。
はっきり言って何の興味もないのだが、男子が一定数行かないと女子も来ないとか、わけの分からない理論で強引に俺も行くことになってしまった。
仕方なくすでにテントの中で着替えようとしていたつゆりに声を掛けたところだった。
「行ってくれば?」
「俺だけ?」
「大丈夫だよ、上梨、アホみたいに強いし」
「アホとか言うなよ」
「あはは、ごめん。でもほんと、大丈夫だって」
「でも何か出るらしいんだ。俺、見えないし」
「廃病院とか廃墟とかってよく心霊スポットとか言われるけどさあ」
「実際はほとんどいないんだろ?」
「そう言うこと」
これもつゆりから教えてもらったこと。お墓はほとんどいない。廃墟はよくホラー映画なんかの話題になるけど、お墓以上にいない。むしろ普通に本屋で本を読んでたり、なぜか横断歩道をずっと往復していたりとか、街中の方が「見える」らしい。
「でも、ほら、もしいたらそれはやばいんだろ?」
「あ、うん。めったにいないから逆に」
これもつゆりに教えてもらったことだ。以前お墓で出会った奴はやばかった。つゆりの持っていた石のおかげで何とか祓ったけれど。
「ほら見ろ、愛する彼氏がそういうのに出会ってもいいのかよ」
「もー、ずるいなあ」
そう文句を言いつつも着替えを止めて元の服を着てくれた。
◇
「全然近くないじゃんか」
そんな文句が出始めた、歩いて20分以上。やっとその廃病院が姿を見せた。
門扉は破壊されてその役目を果たしていない。立ち入り禁止の看板と、入ると罰せられると言う警告も、門扉とともに地に落ちていると説得力が無い。
いけないことと分かっていながらも我々は確信犯的に敷地に足を踏み入れた。
「地下に霊安室があるんだってさ。そこに行くと誰かに話しかけられて、逃げ出すと、スマホに「戻ってこい」って入るんだってさ」
俺もつゆりも「ふーん」としか反応できなかった。一体どうやってスマホに連絡入れると言うのだろう。幽霊がスマホを持ってるということなのだろうか。
ドアも壊されて、窓ガラスも全て割られている。建物の中の床も瓦礫が多く、壁や天井もずいぶん崩落しつつある。俺としては幽霊よりもそっちが心配だった。
「つゆり足元と頭、気を付けて」
「帽子持ってくればよかった」
俺は被っていたキャップをつゆりの頭に被せた。
「えへへ。いいの?上梨気を付けてね」
「ああ、大丈夫。俺、石頭だから」
「何それ、初めて聞いた」
つゆりが笑った。
俺たちはこんな感じだが、他の連中は結構雰囲気に飲まれていた。
「なんか、いる感じがする」
そう一人の女子が言い始めた。思わずつゆりを見るが、つゆりはきょとんとした顔で首を振るだけだった。
「まじか、地下へ降りるの止めるか?」
一番の言い出しっぺの男子がビビり始めた。腰が引けてるぞ。
「まだ、大丈夫じゃないか?俺、ちょっと霊感あるけど何も感じないし」
え?
ある男子がそう言った。一番ノリノリで怪談を話していた男だ。
「だって」
「嘘でしょ。キャンプで目の前におっさんが立ってたのに気づいてなかったし」
「おっさんいたのかよ」
「いたよ、嬉しそうに火を眺めてた」
言えよ。
まあ、これであいつの霊感が非常に信頼性の低い霊感だと分かった。
「こ、ここまで来たんだ。霊安室までは行こうぜ」
そう言って階段を下りていく連中に仕方なくついて行く。階段はもっと危ない感じだったので、つゆりの手を取った。
「こ、ここが霊安室かな」
たぶん、違う。
「やばい、なんかいる。感じる」
嘘つけ。
「どうする、帰る?」
お前、ビビってんだろ。
内心突っ込みまくりながら、その壊れたドアを一緒に入った。
床には医療器具が転がっているが、明らかに霊安室って感じじゃない。
「間違いないな。ここが霊安室だ」
何を根拠にお前。
俺のあきれ顔を見て、つゆりがくっくっと笑いを必死にかみ殺していた。
「ど、どうだ?何か感じるのか?」
「分からない。でも何かいる。なんだか怒ってる」
やべえ爆笑しそうだ。つゆりの手をぎゅっと握って必死に笑いを堪えた。
「やべえよ、もういいじゃんか。戻ろうぜ。呪われたら困るし」
「ぶはっはったっ、げほげほ」
とうとう笑ってしまったのを何とか咳ということにしてごまかした。
「驚かすなよお」
抗議されてしまった。
「ねえ、なんか気持ち悪い。帰ろう」
「そ、そうだな。戻ろう」
女子が男子の気を引くように気分の不調を訴えたところで、戻ることが決まった。
バタバタと部屋を出て行く連中をしり目に、俺とつゆりはちゅっとキスをする余裕を見せてしまった。
まあ、確かに俺も調子に乗っていたのかもしれない。
病院の建物を出たとたんにつゆりが固まった。
「うわ」
視線の先は壊された門扉付近だ。
「いるの?」
「いた」
ふむ。病院の中にはいなかったけど、外にいたのならば、噂話もあながち大外れってわけじゃないのかもな。
「どんなの?」
「んとね。救急隊員のかっこ」
「なんだそれ」
すでに先に建物を出た連中が門扉に差し掛かっている。
「祓った方がいいか?」
「どうかなあ」
つゆりにも判断が出来ないらしい。と思ったらつゆりが俺の手をぎゅっと握って、そして離した。
「あ、やばい、祓って」
「ほい」
ぱあんんんんっ
随分と俺も初めての頃に比べて気持ちの込め方が上手になったと思う。よく響いたし。
「うわっ、何だよ上梨っ」
「ちょっとお、脅かさないでよお」
すげえ文句を言われた。
「蚊がいたからさあ」
定番のおとぼけをしてつゆりを見るとすごいほっとしていた。
「やばい奴だった?」
「うん」
歩きながらどんな様子だったのか聞いた。
門扉の脇に立っていた救急隊員。
その視線は明らかに近づいて来る連中に向けられていた。
そして女性が横に来た時、救急隊員の口ががばっと耳まで裂けた。そしてそのまま口はありえない大きさに開いた。顔が全部口に見えるくらい。
そのまま女性を頭から齧ろうとした。
そんな感じだった。
「そんなのいるんだね」
「うーん、元々人じゃなかったのかも」
「獣とか?」
「もしかすると、だけど。あんな風に口が裂けて食べようとするなんて見たことないもん」
◇
その後別の機会におばあちゃんに話を聞いたところ、それはやっぱり呪いに近い存在だろうとのことだった。
祓っておいてよかった。
「ねーねー、例のホラータイムってイベントどうする?」
つゆりがシャワーを浴びて俺の隣に髪を拭きながら座った。
前回のキャンプで廃病院訪問がハラハラドキドキだったようで、参加メンバーで夏のキャンパスホラータイムなんとかというイベントを企画していた。
バーベキューして夜は講義室に寝袋を持ち込むんだそうだ。夜の大学構内を肝試しで歩き回るらしい。
「大学は結構いるじゃんか」
「だよねえ。うっかり見えちゃうかもしれないのにねえ」
そうなのだ。普段は「見えない」としても、何かの拍子に「見える」ことがあるのだ。
「参加する?」
「どうだろう。今回は頼まれてもいないしな」
「そうだね」
そう言いながらんーと俺に唇を突き出すつゆり。キスをするとふわっといい匂いがした。
「つゆり、いいかな?」
「今日はゴムしてね」
「分かった」
俺は部屋の明かりを消して、つゆりとベッドに倒れこんだ。
◇
普段は「見えない」としても、何かの拍子に「見える」ことがある。
俺も前回、廃病院で手を叩いた瞬間だけ、消えていく口まで裂けた救急隊員が俺のことをきっと睨む姿が見えたのだ。
祓う瞬間に対象が俺を睨むなんて初めてだったので驚いた。
俺がこのことをつゆりに話さなかったことで、後々面倒なことになるのだが、まあ、それは別の話。
気が向いたら続きを書こうという雰囲気を漂わせて終わらせておきます。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
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