オヨバズ 完結編 【呪詛】
「屋上へ」
ホテルの外に出ようとすると、支配人がそう言った。エレベーターには全員は乗れない。
「若者は階段で」
上梨の言葉に私は頷いた。ジャージ軍団は私達よりも早く階段を駆け上っていた。それに私達も続く。
「こっちです」
階段を上がり切ったところが屋上の入り口になっていた。普段は立ち入り禁止になっているようで、表示がドアに貼り付けてあった。
屋上に出てすでに到着している人達のところへ走った。
「あれだね」
おばあちゃんが指さすところに確かにドローンが浮遊していた。
「カメラで建物を撮影しているみたいだな」
「どこで操縦しているの?まさか山の中じゃないよね?」
「もっと遠くから飛ばしてるんじゃないかな?警戒してホテルとかは使わないようにしてるみたいだし。どこか見通しのよいところからカメラの映像も頼りに飛ばしてると思う」
上梨がドローンとは違う方向の手すりに駆け寄って、目を凝らす。私も横に並ぶが見つけられない。
私たちの横にジャージ軍団が並ぶ。
「あそこだ。川辺」
ジャージ軍団の男性が叫んだ。川辺?
いた。確かに数人の男女が川辺からこちらを見てる感じだ。
私はおばあちゃんのところに戻った。
「離れた川岸にいた。って何してんのあれ」
私は堂神さんに従っている男女が竹の筒を掲げているのに気が付いた。
「あ、あれって」
「何もするんじゃないよ、つゆり。あれが堂神のやり方さ」
「何してんだ?あれ」
上梨は「見えない」のだ。彼らの掲げた筒から出てきたものが。
「堂神は呪詛を使う」
おばあちゃんが険しい顔で言った。
◇
突然ドローンがコントロールを失って、山の中に落下していった。
「勝手なことを」
おばあさんが苦々しく言った。
「何を言う。あのままにしておけば呪いが飛んだかもしれないぞ」
堂神さんの言いたいのは、たぶんドローンからの映像を受け取っているところへ呪いが飛ぶ、ということなのだろう。
「あいつらはドローンを取りに行くわよ、きっと」
桐野さんが言い放った。なるほど、確かに高そうなドローンだった。山の中に原因不明で墜落したとあれば、取りに行こうとする可能性は高い。
「ふん、その前に祓えばいいのさ」
ぷいっと堂神さんは屋上のドアから中へ入って行ってしまった。
「あの、筒から何か出ていたんだよね?」
「うん、黒くて強いもの。おばあちゃんは呪詛だって」
「呪詛って呪いだよね?人が操れるものなのか?」
つゆりが分からないというふうに首を振った。当然俺達の視線はおばあさんに集まった。
「行くよ」
しかし俺達の視線に気づいてもおばあさんは何も答えなかった。なんだか静かに怒っているように見える。
その雰囲気に飲まれて、俺もつゆりも黙って付いて行った。
◇
「山道の入り口は離れたところから見張らせているが、実際は足元さえ気にしなければどこからでも山には入れる」
町長さんの顔色が悪い。
「やはりここは無理を承知で祓いに行くしかないかねえ」
「あのドローンが墜落して、山の気が乱れましたからねえ」
加茂さんが言葉を継いだ。
「乱れたの?」
つゆりに聞くがつゆりもそこまでは分からなかったようで、小さく首を振った。
「上梨君」
俺はおばあさんに呼ばれた。つゆりも付いて来ようとしたが、おばあさんはそれを手で制した。俺が近づくと、ぐいっと肘を引かれた。
「前にも言ったけどね。どうしてもダメだった時はあんただけでも逃げるんだ」
「逃げませんよ」
「まだ、結婚したわけでもない。他人であるつゆりに義理立てして命を落とすことはないよ」
俺の肘を持つ手に力がこもった。俺はその手に自分の手をそっと添えて引き離した。
「逃げませんよ」
「馬鹿だねえ」
最後には笑ってお腹にぼすっとパンチされた。意外に効いた腹を押さえながらつゆりのもとに戻る。
「おばあちゃん、何だって?」
「うん?つゆりを守ってくれってさ」
「何それ」
勘のいいつゆりが疑問の視線を向けて来る。その頭をわしわしとするとつゆりがその手を取った。
「上梨、私まだ半人前だから」
「分かってるって。二人で一人前。それでいいじゃないか」
逃げるなんてとんでもない。俺はつゆりを絶対に守りたいのだ。
「はいはい、青春してないで。お二人さん」
桐野さんがあきれたように言って来た。
「ねえ、あなた、彼女に力を流し込めるって言ってたわよね」
「はい」
「それって私にも出来る?」
「さあ、どうでしょう?つゆり以外にやったことがないので」
「やってみて」
桐野さんが手を差し出してきた。俺がつゆりを見ると、彼女は頷いて返した。
「では、失礼します」
俺は桐野さんの手を持って、そこに力を流し込もうとした。
「うん?」
「ダメ?」
「はい、なんか入りませんね」
そんなやりとりをしていると須賀原さんが笑いながらやって来た。
「そりゃ、無理だよ。こういうのは相性があるからね」
俺は桐野さんの手を放して、つゆりの手を取って力を流し込んでみた。すんなり入った。つゆりも頷いている。
「ね。君たちの相性が抜群なんだよ。恐ろしいほどにね」
言われたつゆりが嬉しそうだ。
「桐野さん、お手をどうぞ」
「え?ああ、はい」
須賀原さんが桐野さんの手を取って数秒。桐野さんの眉が片方上がった。
「あら」
「はは、私の方が相性がいいようで」
「おっさんと相性がよくてもね」
「でもこれでも相当効率は悪いですよ。このカップルの効率に比べたら」
「ふーん。ま、いいわ」
俺はこの二人に疑問をぶつけてみることにした。
「あの、堂神家って、呪詛を使うんですか?」
二人とも一瞬、顔に嫌悪の表情が浮かんだ。しかしすぐに平静を取り戻す。
「まあ、やり方には賛否があるわね。あ、賛成はいないか」
桐野さんが皮肉を込めて答えた。同意を求めるように須賀原さんを見る。
「そうだね。祓う力は破格だけどね。やっぱりやり方には批判的な意見が多いね」
「その、人が意図的に行う呪いって藁人形くらいしか知らないんですけど」
俺の言葉に桐野さんがつゆりを見た。つゆりも頷いて答えた。
「おばあちゃんは聞けば教えてくれるけど、逆に聞かなければあまり教えてくれないんです」
「ふん。酒々井さんが教えてないことを、私らが教えていいものかしら?」
今度は、桐野さんは須賀原さんを見た。須賀原さんは判断を投げられて苦笑した。
「聞けば教えてくれるんだから、誰から聞いてもいいでしょう。事実については。それにほら、酒々井さんは取り込み中だし」
確かにおばあさんは加茂さんや村長さんと何やら話し合っている。
「それもそうか。じゃ、立ち話も何だから、座りましょ」
桐野さんに促されて椅子に座る。それでいて説明は須賀原さんに任せたようだ。
「んと。じゃあ、呪いについてだけど、霊が悪意のあるものに変化しての呪いは分かってるんだよね?これは祟りとも言われるけれど」
「ええ、禍家とかですよね」
「そうだね。それとは別に人が発生させる呪いがある。代表的なのはさっき君が言った藁人形だね。丑の刻参りとも呼ばれる」
「はい、それは一般的なレベルでは知っています」
「うん、他にも蟲道では、蛇やムカデなどを一つの容器に閉じ込めて共食いさせて強力な毒を作る」
「蟲毒の方が分かるんじゃない?」
桐野さんが言葉を継ぐが、どちらも知らない。
「すいません、それはどっちも知らないです」
「まあ、いいさ。で、呪いは、相手を痛めつけたり、不安定にさせたり、破滅させたりするものだ。その対象は普通、人だけど」
「その対象を霊にするってことですか?」
須賀原さんが頷いた。
「その通り。堂神家は呪いを霊に向ける」
「藁人形で霊を呪うんですか?」
つゆりが分からないと言う顔をして聞く。須賀原さんはそんなつゆりに優しい笑顔を向けた。
「いやあ、それはないな。呪詛にもいろいろあってね。例えば犬を使うのは犬神、猫を使うのは猫鬼、狐だと尾先。さっき屋上で筒から出していたのは犬神だよ」
「犬の霊みたいなものですか」
俺の問いには桐野さんが答えた。
「もっとたちが悪いわよ。あいつら犬を地面から首だけ出して埋めるんだ。目の前に餌を置いて。飢えが極まったときにその首をはねる。するとその首は犬神に変化するのよ」
「動物虐待ですよね」
「その通りよ」
吐き捨てるように桐野さんが言った。よほど気に入らないことらしい。
「さらに堂神家は使役霊を使うんだ。これは人の霊だよ。まあ、もう悪霊レベルだけどね」
「人が悪霊を操ることなんて出来るんですか?」
「普通は出来ない。だが堂神家は出来る」
「なぜですか?」
なぜか喉がとても乾いていた。
須賀原さんがゆっくりと俺の問いに答えた。
「堂神家は呪われているからさ」
「呪詛」の定義については作中の設定です。諸説あります。