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オヨバズ 完結編 【流儀】




「何これ。まるで禍家じゃないの」


 山道の入り口に着くと、桐野さんが言った。彼女は白いシャツにサルエルパンツというゆったりしたパンツを履いている。お付きの男子は棒みたいなのが入ってる袋を抱えている。


 井出羽のジャージ軍団はここでもジャージ姿だった。ジャージ軍団も山道の入り口を見て、ひそひそと険しい表情になって話し合っている。


 やはり招かれた人は全員が「見えている」ようだ。今日祓うことになったらつゆりに石で「開眼」してもらわないといけないだろう。


「ふむ。ちょっと試していいかな?」


 鹿嶋さんが、何やら容器に塩を入れてそれをひっくり返して盛り塩を作った。特に変化はない。しかし、鹿嶋さんが一歩二歩と後ろに下がったところで、塩が一瞬で真っ黒になった。


「これはこれは。うちの藻塩でこれですか」


 藻塩は確か海藻を使って作り出す特別な塩のことだ。


「応急処置だけしておきます」


 そう言って加茂さんはお札を取り出した。山道入ってすぐの木2本にぺたりと貼り付けた。


「さあ、呪いの強さの片鱗は分かったと思います。ホテルに戻りましょう」


 加茂さんの言葉に反対の意見は無くて、みんなが頷いた。


「相変わらずすごいね、この山は」


 おばあさんがぽつりと言った。


「その、俺には見えていないんですけど、どんな感じなんですか?」

「そうだな。山道の空気の中に墨汁が漂ってる感じかね」

「山道だけなんですか?」

「ああ、濃いのは山道だね」

「たぶん上に行けば行くほど濃くなる」


 最後はつゆりの言葉だ。


「山全体がぼんやりと滲んでいるような?」


 俺の言葉に二人が同時に頷いた。







「さて、あの山を見て、まだ自分たちに任せろって?」


 再び食堂に集まったところで、桐野さんが言った。ジャージ軍団は少々勢いを削がれたようだ。


「ごめんなさい。聞いていた以上でした。私達だけじゃ相当厳しいと言わざるを得ません。協力が必要なのは間違いないでしょう」


 井出羽の女性が今度は立たずに答えた。


「ふん。分かればいいのよ。で、誰がリーダー役?」


 てっきり自分がやると言うのかと思ったら、そうではなかった。俺としては肩透かしだ。


 そして、沈黙の中、気付いた。須賀原さん、桐野さん、加茂さんが、おばあさんを見ていることに。その視線におばあさんも気づいたようだ。


「私?言ったろ。本命はこっちだよ」


 おばあさんはそう答えたが、どうもはいそうですかとはいかない雰囲気だ。


「困ったら酒々井を頼れ」


 須賀原さんがそう言った。桐野さんもその言葉に頷いた。


「どうだろう、酒々井さん。もう後ろの二人が後継者のようだけど、まだ場数は踏んでないように見える。実際に祓うのは後ろの二人かもしれないが、リーダー役を酒々井さんが担ってくれればありがたい」


 隣の加茂さんがそう言った。うんうんと須賀原さんと桐野さんが頷いた。


「そういうことなら考えなくもないがね。堂神のところはいいのかい?」

「まあ、仕方ないよ。どの道一人二人で協力したって祓えやしない」


 好き嫌いを乗り越えて、ドライに判断してくれたようだ。


「あんたらは?」


 おばあさんは鹿嶋さんとジャージ軍団を交互に見た。


「異議なしです」

「よろしくお願いします」


 こうして酒々井のおばあさんが率いるアンチ「オヨバズ」チームが結成されることになった。


「じゃあ、まず」


 おばあさんの言葉に視線が集まる。


「お茶をもらおうかね」







 ホテルの人がいいお茶を入れてくれたようで、おばあちゃんは嬉しそうだった。

 桐野さんが紅茶を希望したので、それに便乗して紅茶を飲んでいる人もいるし、コーヒーも入れてくれたので、それを飲んでいる人もいた。上梨もそうだ。

 私はいいお茶だと聞いて、お茶にしていた。確かに美味しい。


「お互いの力、そしてその使い方を言える範囲で伝え合おうかね」


 一通り行き渡ったところでおばあちゃんが口を開いた。


「まず、はっきり「見える」のは?」


 なんと、手を挙げなかったのは、上梨と元オカルトハンター豪だけだった。


「ふむ。こりゃすごいね。うちの孫が石を使ってしばらく「見える」ようにできる。祓うとなれば、二人にも「見える」ようになってもらおう」

「ま、マジっすか?」


 大きな声で元オカルトハンター豪が叫んでしまい、加茂さんに睨まれて慌てて口を押さえていた。


「酒々井家は手強い相手には石を使う。この石は一種の増幅器みたいなもんだと思う。祓う力を強めてくれるが、一度使うとしばらく使えない欠点がある。この孫の彼氏の力は「見える」のなら分かると思うが、この力を孫に流し込んでさらに祓う力を強める」


 会場に「ほう」と感心するような雰囲気が流れた。


「じゃ、私」


 桐野さんがすっくと立った。彼女が手をさっと差し出すと、お付きの男子が袋から何かを取り出した。


 棒じゃなかった。剣だ。刀かな?同じだっけ?


 黒塗りの鞘からすらっと抜かれた白刃が、照明を反射して光る。


「桐野家は刀で祓う」


 桐野さんが刀を構えると、その刃が薄っすら光を帯びる。


「単体相手なら任せて。でも集団で来られるのはちょっと苦手」


 手の内を苦手も含めて言う姿に清々しさを感じた。上から目線だけど、こういうサバサバした感じは素敵だ。


「では私。須賀原家はお経や念仏を唱えます。この数珠も使いますが、酒々井家のように増幅器という感じじゃないですね」


 じゃらっと太い数珠を須賀原さんが見せた。


「さっきの桐野さんと逆で、ピンポイントではなく、その場を浄化する形です」


 いろいろな流儀があるものだなと感心してしまう。上梨もガッツリ食いついている。


「加茂家では、お札、依り代、いろいろな物を使います。恐らくいろいろな流派のいいとこどりをご先祖がしたんだと思います」


 さっきもお札を木に貼っていたので、これはみんなも分かっていたところだろう。


「鹿嶋家もいろいろな物を使いますが。私はこれです」


 鹿嶋さんは鍋みたいなものを取り出した。


春雷驚龍鍋しゅんらいきょうりゅうなべ?」


 桐野さんが言った。その言葉に鹿嶋さんは笑顔になった。


「よくご存じですね。これに水を入れて擦って音を出します。除霊と言うよりも場の浄化に効果があると思っています」


 全然意味が分からない。鍋が楽器なの?


「あれは特別な鍋でね。今じゃ開運鍋として使われてるが、実は祓う力もあるのさ。あれは鍋に張った水に力を流し込んで、その水が震えて出す音を使って祓うのさ」


 あまりイメージが湧かないけど、おばあちゃんが知っているなら大丈夫なのだろう。


 続いてジャージ軍団の女性が立った。


「我々は山伏なので、いろいろな調伏方法を使います。九字護身法などが代表的です。我々が五人なのは五方陣護法が使えるからです」

「初耳だね」

「東西南北そして中央の五つの方向を守ります。一種の結界のようなものだと考えてください」

「なるほど、分かった。全員が入れるサイズで作れるかい?」

「もちろんです」

「頼りにしよう」


 おばあちゃんが満足げに頷くとジャージ軍団の女が座った。


 最後は堂神さんだ。みんなの視線が集まる。


「みんなしてお人好しだねえ。商売敵だろうに」

「商売にしていない人もいますけど」


 須賀原さんがそう言うが、堂神さんは意に介さない。


「あたしゃ御免だね。祓う力はある。それで十分だろ」

「いやねえ、張り合っちゃって」

「何だって?」


 桐野さんが手をひらひらさせて言った一言で、また場が張り詰めた。


「いつまで昔のことにこだわってんだか」

「事情も知らない小娘が言うじゃないか」

「事情ねえ。私が聞いてる事情は、堂神がしくじった案件を酒々井が解決した。それを逆恨みした堂神がいちゃもんつけてる、だけど?」


 ざわっと堂神さんの周りの空気が変わった。後ろの男女が立ち上がった。二人とも手に竹の筒を持っている。


「桐野。やるのかい?人間相手だって、堂神は手加減しないよ」

「あら、ごめんなさい。図星だったかしら」

「止めな」


 おばあちゃんが怖い声を出した。思わず私もびくっとなったけれど、場が一気に静まったのにも驚いた。


「桐野。部外者のあんたがとやかく言う話じゃない」

「失礼しました」


 桐野さんは冷静に堂神さんに頭を下げた。


「堂神」

「ふん」


 おばあちゃんの言葉に、堂神さんが立った背後の二人を座らせた。一触即発って感じだったのかも、今。

 こんな調子でうまくいくのだろうか。少し、いやだいぶ心配になってしまう。


「案外いい組み合わせかもしれないね。鹿嶋の鍋と、井出羽の護法で守りを固めて、須賀原と加茂で場を鎮めて、堂神と桐野、そしてうちのつゆりで祓う」


 なるほど、なんだか上手くいきそうにも思える。さすがおばあちゃんだと思ったが、自分の言葉をおばあちゃんは自ら否定した。


「しかしそれもこれも「オヨバズ」の力よりも私らの力が上回れればの話だ。ぶっちゃけて言えば、私は足りないと思ってる」


 おばあちゃんの言葉に場が張り詰める。さっきのギスギスした張り詰め方とは全く別の張り詰め方。


「なにしろ年季と数が違う。1体ならともかく、いったい全部で何体いるのか分からないというじゃないか。ちなみに、うちのつゆりは10体くらい見たそうだよ」

「本気?」


 桐野さんが聞いて来るので、私は頷いた。


「子供たちが10人ほど、憑いた相手の後ろに連なってました」


 町長さんと支配人が顔を見合わせている。その表情が歪むのを見て、私は視線を逸らせた。なんだか胸が苦しい。


「となると、出来れば一か所に集めて祓いたいところね」


 桐野さんの言葉におばあちゃんは頷いた。


「そうだね。恐らく呪いの源泉は上にある沼だ。最初の問題はそこまで辿り着けるのか、だね」


 そこでいきなり食堂に女性が駆け込んできた。町長さんと支配人に何やら囁いている。二人の顔色が変わる。


「みなさん。すいません、今、山の上をドローンが飛んでいるらしいです」

「馬鹿なことを」


 おばあちゃんがそう言って席を立つと、残りの人も一斉に立った。私と上梨も慌てて立ち上がった。





「見える」実力者大集合で、このホテルは現在日本一霊的に安全なホテルになっております。

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