オヨバズ 完結編 【面子】
「あ」
食事を終えてコーヒーを飲んでいたら、最後の人物が到着した。それを見て、私は思わず声を上げてしまった。
「あの人だよ、上梨」
「ああ、しかも見ろよ。荷物持ちしているのはオカルトハンター豪じゃないか?」
「あ、ほんとだ。少し雰囲気変わったけど」
「なんだい、そのなんとかハンターってのは?」
上梨が事情をおばあさんに説明した。
「だから本物だと思うんですよね、あの人」
「本物も何も、加茂家だよ」
「え?加茂家?おじいちゃんの家系?」
「そうだよ。つゆりも小さい頃に会ったことがあるけど、まあ、覚えちゃいないだろう」
なんと、オカルトハンター豪の動画に出ていたのは、つゆりのおじいさんの家系の人だったのだ。確かお札とかを使って祓う家系だったはずだ。
「おばさん、お久しぶりです」
「ああ、元気そうで何よりだ。動画に出てたんだって?」
その加茂さんはやっぱりおばあちゃんに挨拶に来た。
「ええ、この豪君に騙されましてね」
「ちょっと師匠。もう勘弁してくださいよ」
師匠?オカルトハンター豪は加茂さんのことを師匠と呼んでいた。弟子入りしたの?
「弟子を取ったのかい?」
「いえいえ、押しかけられてるんですよ」
おばあちゃんの反応に、上品に加茂さんが笑った。オカルトハンター豪は、押しかけ弟子豪になっていたようだ。
「さあ、では椅子を持って集まってください」
支配人が声を掛けた。私達は椅子を持って車座になった。おばあちゃんの分は上梨がさりげなく持ってくれた。
代表者が前に座り、それ以外は後ろにと言われたので、おばあちゃんに前に出てもらった。
「では、今から打ち合わせを始めます。質問は挟んでいただいて構わないですが、長くなるようなら後回しにします」
全員が頷いた。続いて町長さんが立った。
「この度は私たちの呼び掛けに応えていただいてありがとうございます。藁をもすがる思いで一度は断られたみなさんに声を掛けた結果、これだけの方に集まっていただくことが出来ました」
深々と町長さんが頭を下げた。ここで支配人さんが交代する。
「ほとんどの方が事情をご存じだと思いますが、この温泉街の裏手にある山は呪われています。昔、人減らしが行われたことで、老人と小さな子供たちが上にある沼に沈み、沈まされました」
全員がある程度知っている事実のようで、呪いという言葉にも特に反応は無い。
「その昔から、山に入ると子供の霊が出て、話しかけて来るようになりました。生きて山から戻った者の話です。しかしその者もやがて山に魅入られたように山に入っていったり、あるいは自殺する者がいたり。まあ、そんな感じなので、我々は山を立ち入り禁止にしていました」
私は上梨と見た山の入り口で、ロケハンの二人が揉めていた姿を思い出した。
「先日、テレビ番組の下見に来た者がいました。彼らは我々が止めるのも聞かずに山に入りました。男は戻りませんでした。女は戻ってきましたが、また山へ入りました」
「え?」
思わず反応してしまった。視線が集まってしまい、思わず上梨を見た。上梨は指を口に当ててしーっとした。
おばあちゃんも上梨も、今の話が間違っていることに気付いていても黙っていたのに。私は顔が赤くなるのを感じた。
「続けなさい」
おばあちゃんが支配人さんに続きを促した。
「おほん。では。ここは温泉街です。呪われた山があるなんて噂が立てば死活問題です。我々は二人が行方知れずになった事実を隠匿しようとしました」
「はん、このご時世に」
茶々を入れたのは桐野さんだ。足を組んだ姿勢が偉そうだけど、様になっている。すらっと伸びた足が割れた浴衣から覗いている。
「おっしゃる通りです。下見のスタッフは、住人の反応がおかしい、山に何かあると、入山する前に連絡を入れていたようです。二人からの連絡が途絶え、戻らないことから、まずは宿泊したホテルに問い合わせが来て、続いて役所にも問い合わせが来ました」
昔ならともかく、SNSも発達した今、そう簡単に隠せるものではないだろう。
「そして先日、またテレビ局のスタッフらしき者が山の入り口を撮影しているところを目撃されました。スタッフはこの温泉街に宿泊しないで、どこか離れた別のホテルに宿をとっているようです」
「我々みたいな人は連れて来ていないの?」
またもや桐野さん。
「そこまでは。その、呪いだと気付いているかも分かりませんから。とりあえず文献などには一切残っていないはずですし」
「今回連れてきた連中の中に、感度の高いのが混じってれば、気付いたかもしれないわよ」
「はあ、そうですね」
そうか。中にはいわゆる本当に霊感の強い人がいる可能性もある。
「急いだほうがいいわね。のこのことその連中が山に入ったら、目も当てられない」
「あなた方や関係者の方々は、この呪いが非常に強いとおっしゃいました。村としては祓うことに成功していただければ、それぞれ100万円の報酬を約束します」
「ふん。お金じゃないのよ」
桐野さんが言い放った。カッコいいなあ。
「で、では、それぞれ自己紹介をお願いできますか?お知り合いの方もいらっしゃるようですが」
支配人さんに促されて、自己紹介が始まった。
「須賀原です。京都から来ました。寺の次男坊ですがサラリーマンです」
「桐野よ。鹿児島から」
「堂神です」
おばあちゃんが、仲が良くないと言った人がこの人だ。
「加茂です。こっちは手伝いです」
「酒々井です。私よりも後ろの二人が本命ですので」
おばあちゃんの言葉に私と上梨は頭を下げた。
「鹿嶋です。須賀原さんはお寺だそうですが、うちは神社です」
この人もおじさんだ。
「我々は井出羽」
五人が一斉に立った。この人達は浴衣ではなく、ジャージ姿である。
「山形から来ました。調伏は我々の専門です。ぜひリーダーシップを発揮したいと思っています」
「ふん、そこらの小物相手と違うのに、大した自信だこと」
五人組の中の女性の発言に桐野さんが皮肉で返した。
「調伏って何?」
「魔物退治みたいな意味じゃないかな」
小声で聞く私に、上梨が教えてくれた。
「山形ってことは、羽黒の山伏の系統だろうね」
おばあちゃんが振り返って小声でさらに教えてくれた。山伏なんてまた珍しい言葉が出て来て驚いた。
「イニシアチブは誰にあるの?」
桐野さんが悪びれもせずに支配人に聞いた。支配人は村長さんに視線を送る。町長さんが苦い表情で立った。
「すいません。ぶっちゃけこういう話になるとは思っていませんでした。どうしたらいいですか?こちらとしてはみなさんで協力してほしいのですが」
すると堂神さんが手を挙げた。
「年齢的にうちが引き受けてもいい。酒々井は引退だろ?」
じろりと堂神さんがおばあちゃんを見た。おばあちゃんはどこ吹く風だ。
「年齢なんて前時代的です。ここは専門家である我々に任せていただきたい」
井出羽の女性がまた立った。
「何言ってんの。ここにいるのはみんな専門家よ」
「調伏の専門家と言ったのです」
桐野さんの言葉に、場が何となく荒れて行く感じだ。
「あ、あの、みなさんで協力してですね」
支配人が慌て始める。
ぱんぱん
ここで加茂さんが手を叩いて立ち上がった。
「敵を知れば百戦危うからず。まずは山道の入り口まで行ってみませんか?以前見た人も、現状は確認したいでしょう?その後戻ってもう一度話し合いましょう。呪いに対する認識が変われば、考えも変わるかもしれませんから」
すごくもっともな意見に一気に荒れかけた場が沈静化した。
私たちは私服に着替えてエントランスホールに集合することになった。
「なんだか少しギスギスしていませんか?」
「あれくらいどうってことないよ」
「すいません。こういう場数を踏んでいないので」
上梨がおばあちゃんに言われて恐縮していた。
「引退して石も譲ったが、つゆりも場数は踏んでない。助けてやっとくれ」
「はい、それはもちろんです」
上梨が神妙な顔をして私を見つめた。
オールスターな雰囲気で。