オヨバズ 完結編 【集結】
「なんだい、つゆり、その顔は。温泉に入ってしゃきっとしといで」
起きてから隣の部屋を訪れると、開口一番つゆりがダメ出しをされてしまった。
「うー、入ってきますー」
ちなみに俺はつゆりがなかなか起きないのですでに入ってきている。
俺だけが部屋に招き入れられておばあさんと話をすることになった。
「わざわざ来てもらってすまないね」
「いえ。でも驚きました」
「はは、そうかね。年寄りの冷や水と笑うかね?」
「とんでもない。その行動力に驚いたんです」
浴衣をぴしっと着て背筋がぴんとしているおばあさんはとても凛々しく見える。
「まあ、これも因縁、いや運命かと思ってね」
「でも、石もつゆりに譲ってしまったから、きっと前よりも手強いはずですが」
「そうだね。しかしまあ、「見える」者の頭数が増えるだけでも役には立つだろう。石は渡したが、まだ別の手もあるしね」
「もう説明は終わったんですか?」
「いや、今朝一番で到着する者もいるってことでね。朝食の後になったよ」
俺は少しほっとして入れてもらったお茶に手を伸ばした。おばあさんはお茶を飲む姿も様になってる。
「誰か、呼ばれてる人に会いましたか?」
「ああ、何人かにね。どうせ打ち合わせで紹介されるよ」
「その、言い方があれですけど、きちんとした人達ですか?」
「中にはちょっと問題があるのもいるみたいだけどね。私が見た連中は全員本物だったよ」
「そうですか」
それを聞いて安心した。
「その「オヨバズ」とは、どんな存在なんですか?」
「あれは呪いだよ、とても強力なね。確か禍家のことは知ってるよね?」
「はい、知っています」
「ここはね、強いて言えば「禍山」と呼ぶような場所だよ」
「山そのものが呪いの塊みたいな感じですか?」
「そうだよ。初めて来たときに、私は山に数歩しか入ることが出来なかった。その迫力に気圧されてね」
おばあさんの思い出すような表情に少しの後悔が混じっているように見えた。
「その、正直祓えるんですか?」
「集まった連中の実力と、やり方次第だね。何しろ相手は年季と数が違う」
「前に、年月が経っても残っているのは手強いと聞いた気がするんですが」
「その通りだよ。だからこそ「オヨバズ」はとても強い。いくら実力者が揃っていても、楽観なんて出来ないね」
その後もおばあさんと話をしていると、ようやくつゆりが温泉から戻った。濡れた髪を乾かしきる時間を惜しんだのか、しっとり濡れた髪がまとめられている。このうなじの破壊力がすごいのだ。
「さあ、じゃあ朝ごはんへ行くかね。そのまま会場で説明があるはずだ」
何やら難しい名前のついた食堂へ、3人で向かった。俺は少しだけ歩くのを遅らせて、つゆりのうなじを堪能させてもらった。こんな時でも男は男なのだ。
◇
朝ごはんはビュッフェスタイルだった。俺としては温泉卵をぜいたくに2個使って作った卵かけご飯で大満足だった。
食べながら視線を巡らせて、食堂にいる人を観察する。老若男女が揃っていてバラバラだ。俺達を含めて全部で15人ほどだ。ただし俺達のように同じテーブルに数人で座っているグループもいる。そのかたまりで考えると、全部で6グループだろうか。
「酒々井さん、お久しぶりです」
テーブルにわざわざ挨拶に来た人もいた。一見普通のサラリーマンに見える中年男性だ。
「須賀原じゃないか。久しぶりだね」
おばあさんの知り合いのようで、口角がほんの少し上がっていた。
「最初は断ったんですけどね。酒々井さんが来られると改めて教えられましてね。それならと急遽参加することにしました」
「本命はこっちだよ」
おばあさんが俺達を指す。須賀原さんは驚いた顔をしつつ、俺達に頭を下げた。
「後継者ですか。お孫さん?」
「はい、酒々井つゆりと言います。こっちは、その、彼氏です」
「え?そうなんだ。すごい彼氏連れてるね」
「いや、そんな」
「そうなんです。すごいんです」
俺が謙遜したのに、つゆりは逆に力説してしまった。「見えない」俺としてはとても肩身が狭い。
「須賀原は奈良の寺の息子だよ」
「お坊さんなんですか?」
「いやいや、それは兄がやってます。私はサラリーマンですよ」
印象そのままだった。しかしおばあさんと顔見知りで、ここに呼ばれたくらいだから、実力は確かなのだろう。
「酒々井さん、須賀原ー、お久しぶり」
今度はきれいなお姉さんが現れた。長い黒髪が艶々としている。おばあさん人気者だな。お姉さんにはお付きみたいな男子が付き従っている。中学生くらいか。端正な顔立ちで、まるで女の子のように見える。
彼の持つ二つのお皿に乗せられた料理が綺麗に盛り付けられているところに二人の几帳面さを感じる。
「やあ、ひかりちゃん。あ、今は桐野さんと呼んだ方がいいのかな。相変わらずお綺麗で」
「おっさんに褒められてもね。酒々井さん、引退したって聞きましたけど」
「ああ、そうだよ。今回はこっちが本命」
「お孫さん?可愛いわね。こっちは彼氏かしら。どこで見つけるのよ、こんなのを」
こんなのって言われた。口さがない性格のようだ。
「桐野さんも以前にここに?」
「いいえ、それは姉よ」
「まつりちゃん?お姉さんもお元気で?」
「結婚して子供を作ったから引退したのよ。知ってるでしょ。すっかり所帯じみちゃって」
ここで支配人の方から、最後の方の到着が恐らく食事が終わるころになるから、予定通り食後もここにいるようにとアナウンスがあった。
支配人は以前にここに来たときに話しかけてきた中年男性だった。
「あの人、ホテルの支配人だったんだね」
「ああ、町長さんも来てるぞ」
「ほんとだ」
支配人は食堂から出て町長さんとひそひそ話している。
アナウンスを合図としたように須賀原さんと桐野さんはそれぞれのテーブルに引き上げて行った。
「お知り合いが多いんですね」
「まあ、人には知られていないが狭い世界だからね」
「さっきの桐野さんはどういった方なんですか?」
「ああ、あれは鹿児島の女さ。口は悪いが酒も強い」
「なにそれ、おばあちゃん」
つゆりが笑った。
「九州の本物筆頭は桐野家さ」
おばあさんも笑いながら言った。
「あそこにいるのも知り合いだ。ま、あまり仲良くは無いがね」
おばあさんが指さした先には、おばあさんと年齢の近そうなおばあさんが座っていた。テーブルには孫みたいな男女の若者が座っている。俺達より少し上だろうか。
「仲悪い人なんているんだ、おばあちゃんに」
「そりゃいるさ。ま、見解の相違ってやつだよ」
「祓い方ですか?」
「ま、いろいろさ。一緒に行動してりゃそのうち分かるよ」
思わせぶりなおばあさんの言葉に俺とつゆりは顔を見合わせた。