オヨバズ 完結編 【依頼】
「え?「オヨバズ」の温泉から?」
「そう、あくまで内密にだよ」
俺とつゆりは珍しくおばあさんに呼び出されていた。テーブルにお茶が並ぶと、すぐにおばあさんが切り出した。
祓ってほしいと言う依頼が来たが、それが例の「オヨバズ」の温泉の町長さんからだと言うのだ。
「やっぱり問題が出ちゃったのかあ」
「ま、今までは村の一部の者だけの秘密に出来たんだろうけどね。こういうご時勢だからね」
つゆりが俺を見るので、俺が言葉を継いだ。
「でも、おばあさん。「オヨバズ」は祓うのがとても難しいと聞きました」
「その通りだよ。あれは個人で祓える相手じゃない。昔、尻尾を巻いて逃げ出したくらいだからね」
「そうなると今回また依頼されても結果は同じじゃないですか?」
「そう言ったんだよ。そしたら、今回は同じように祓えないと言って帰った連中を集めると言うんだよ」
なるほど。祓えますと適当な返答をした連中ではなく、「オヨバズ」の強さをきちんと理解して祓えないと答えた連中ならば、信頼性は高い。そのメンバーが揃えば祓える可能性は出て来ると考えるのは合理的な思考だ。
「で、おばあちゃんは引き受けたの?」
違うだろう。おばあさんは引退したと言っている。俺達を呼び出した理由もそれだろう。
「後継者でもいいかと聞いたら、太鼓判を押してくれるならいいと言ってきてね」
「うえ、私?」
「いや、二人セットだね」
やっぱりか。
「交通費、宿泊費は向こう持ち。行って祓おうとすれば10万円。もし祓うことに成功すれば100万円だとさ」
「100万円?」
「それはまた破格ですね。それだけのっぴきならない事態だってことなんでしょうか?」
おばあさんが頷いた。
「詳しくは現地でってことだがね。何でも「オヨバズ」のいるところにテレビ局が目を付けたらしくてね。それをきっかけにややこしいことになりかけているらしい。「オヨバズ」のことが世に知れれば、温泉にとっては死活問題になりかねないからねえ」
「あ、それ私達が見たやつ」
つゆりが詳しい状況をおばあさんに聞かせた。おばあさんはお茶を飲みながら神妙な顔をして聞いていた。
「なるほどね。確かにそれがきっかけだろうね。捜索願が出たか、あるいは別のスタッフが派遣されたか。まあ、現地で聞くんだね」
「え?もう行くの決定なの?」
「行かないのかい?」
おばあさんの視線につゆりが視線を逸らした。俺には「見えていない」ので、その怖さが分かっていないが、つゆりが怯えたほどの相手だ。安請け合い出来ないのは当然だ。
「自信ない」
ぽつりとつゆりが答えた。
◇
「無理に引き受けることはないと思うぞ」
「うん」
おばあさんの家から帰った後も、つゆりは意気消沈した様子だ。普段は顔がほころぶ豚の生姜焼きを目の前にしても、元気が出ないようだ。
結局つゆりは考えさせてとおばあさんに答えて、肝心の答えを保留している。ただ返答は急がないといけない。何しろ召集されているのは今週の金曜夜だ。
「まあ、食べようよ、まずは」
「うん、いただきまーす」
つゆりがやっと箸を取った。味噌汁を一口飲んで、豚の生姜焼きに取り掛かる。もぐもぐするつゆりに表情が戻る。
「あ、おいし」
「よかった」
「いや、上梨の豚の生姜焼きはいつもおいしいけど」
「はは。つゆりが少し元気になってよかった、のよかった」
「うー、ごめん」
唸ったつゆりだが、その後は笑顔になった。箸も元気よく豚の生姜焼きをつゆりの口に運んでいく。
「私の石って一度使うとしばらく使えないでしょ」
「ああ、そうだな」
「だからあの「オヨバズ」も、一か所に固まってくれないと「破魔」を使えないと思うんだよね」
「一度に祓うとすればそうだな。そして一度に祓わないと意味がない」
「うん。でも一か所に集まったら「オヨバズ」の力ってものすごいことになるから、きっと上梨の力を借りても祓えない気がする」
ジレンマだ。祓いたくても祓えない状況をつゆりは冷静に分析していたようだ。
「失敗したら、こっちにも間違いなく力が向けられると思う」
「それも怖いな」
「うん、怖い。あんなに怖いのは見たことない」
「やっぱり断る?」
「うー」
怖い上に、困難なのだから、すぐに断ればいいのに、なぜそうしないのだろうか。
「つゆり」
「祓えるなら祓いたい。ものすごく長い時間あそこにいて、また、人の命を奪っていくなんて。可哀そうすぎる」
「うん」
「でもね」
そう言った切りつゆりが俯いて黙ってしまう。
「俺はつゆりの判断に任せるから」
俺の言葉にはっとつゆりが顔を上げる。なんで泣きそうな顔なんだ?
「上梨。私、怖いんだ」
「うん、分かってる」
「違う」
「違う?」
「私が怖いのはね。上梨を失うこと」
俺は息を飲んだ。失うなんて表現がつゆりから出てきたから。
「それほどの強さ、なのか」
「うん、「オヨバズ」そのものも怖いけど。もし一度に祓えなかったら、上梨の身にも何か起きちゃうかもしれない」
「それはつゆりも、だろ?」
「そうだけど」
「俺に何か起きてる時は、つゆりにも何か起きてる時じゃないか」
つゆりがぽろっと涙を零した。
「そんなの、嫌」
俺は立ち上がってつゆりの横に座り直した。つゆりがこてっと頭を預けて来る。俺はその肩を抱いた。
「俺も嫌だ。俺にとってつゆりはとても大切な存在だから」
「私も」
つゆりがぎゅっと俺の腕を掴んだ。
◇
「断る?」
「うん、ごめんね、おばあちゃん」
「いや、謝ることじゃない。しっかり考えた結果だろ?」
「うん、考えた。やっぱり「オヨバズ」は怖い。そして私は上梨君を失うのはもっと怖いんだ」
おばあちゃんは私を優しい目で見つめている。結局私は、話を聞いた翌日におばあちゃんに今回の依頼を断ることを伝えに来ていた。
「断るのも勇気だよ、つゆり。情に流されて出来もしないことを安請け合いするもんじゃない。それに大切な人がいればその人を守りたいと思うのは自然なことだよ」
おばあちゃんは優しい口調だったけど、出来もしないことと言う言い方には引っかかった。私と上梨、そして力のある人達が集まれば、出来ないことではないかもしれない。もちろん出来ない可能性だってあるけれど。
「おばあちゃん、ごめん。困ってる人がいることも分かってるし、誰かが死んじゃうかもしれないことも分かってる。でも、ごめん」
「いいさ。これもまた運命だよ」
私の頭を優しく撫でてくれるおばあちゃんの言葉の意味を、私はもっとしっかり考えるべきだった。
完結編は大分これまでとテイストの違う話になります。