【余話】 猫は見ていた
評価、ブクマありがとうございます。子猫の可愛さはたまりませんね。
「いやーん、可愛いー」
つゆりが目尻を下げて抱き上げているのは子猫だ。
拾って来たわけではない。いや、正確に言うと拾って来たのは俺達ではない。同じ部活の男が、拾ったのだ。
獣医にも連れて行って異常がないことを確認して、予防接種もしてもらったと言う。意外にきちんと対応したんだなと感心したのも束の間、「一日預かってくれ」と言われて目が点になった。
「うー、やっぱりペット可のアパートにすればよかったあ」
つゆりは子猫にメロメロで、嫉妬を覚えるほどである。子猫はすり寄ってくるつゆりを嫌がりもせずに相手をしている。預かった哺乳瓶でミルクをあげた時に、ふみふみする動きには俺もだいぶ萌えたのは事実だが。
ペット不可のアパートだが、一日預かるくらいならいいんじゃないかと大家さんに聞いたら、「一日だけですよ」と快諾してくれた。
その子猫が部屋の窓の方を見ていた。
「ねえ、つゆり。あっちに「見える」?」
「ううん」
「子猫は何見てんだろうね?」
「私もそのこと聞いたことある、おばあちゃんに」
「へえ」
ふいっと子猫は窓を見るのを止めてつゆりをかまい始めた。
「近所の猫が空中を見ていることがあって、あれは何か見えてるのかなって思って聞いたんだ」
「まさに今の状況だな」
「うん。で、猫って人間に見えない光が見えるんだって。確か犬とかも。あ、犬は臭いだって言ってたかな?」
「光?人の可視光線と、猫の可視光線は違うってことか?」
「うんうん、だから人には何も見えないけれど、猫には何か光が見えてるんだって」
「なるほど。じゃあ別に「見える」わけじゃないんだな」
つゆりが含み笑いをする。
「それが中には「見える」猫もいるみたい。人と同じで、「見える」猫と「見えない」猫がいるんだって」
「へえ。まあ、言われてみればそうか」
「あなたはどっちですかー?んー、可愛いー」
この可愛がりは明日まで続くのだろうか。俺は小さく嘆息して晩御飯の準備を始めた。つゆりが当番じゃなくてよかった。
「はい、出来上がり」
テーブルに味噌汁を置いて、晩御飯を並べ終わった。俺が晩御飯を作っている間、ずっとつゆりは子猫と戯れていた。
「はーい。じゃあ、ちょっと待っててねー」
そう言いながら自分の太ももの上にちゃっかり子猫を乗せている。
「あ、これ、美味しそう。って、あー」
つゆりが部屋の端に視線を向けた。「見える」ものが入って来たらしい。どうやら悪さをする類のものではないようで、放置するつもりのようだ。いわゆる通り道にしただけなのだろう。
つゆりの視線が部屋の端から、窓の方へと動いて行く。
「見えない」俺には何が通っているのか分からない。
「女の子がウキウキ、スキップしながら通って行った」
「ふーん。つゆり」
「ん?」
「その子猫も「見える」みたいだぞ」
「え?」
「今、つゆりの視線の動きと全く同じ動きを子猫がしてたぞ」
太ももの上の子猫とつゆりがまるでシンクロしているかのように、視線を動かしていたのだ。
「きゃー、なんていい子なのー」
つゆり、まずは飯を食ってくれ。
◇
つゆりは涙を浮かべつつ、子猫との別れを惜しんだ。
子猫ロスになるかと思いきや、そこは割り切っているようで安心した。
「あー、可愛かったなあ。将来絶対猫飼おうね」
「そうだな、つゆりがちゃんとお世話するならいいかもな」
「ちゃんとしますよーだ」
いーっとするつゆりが可愛い。
家に向かって歩いているとベビーカーを押すお母さんとすれ違った。
「赤ちゃんも可愛いなあ。赤ちゃん欲しいなあ」
「子猫も赤ちゃんも成長するって分かってる?」
「むー。上梨は、ひょっとして私のことを馬鹿にしているのかなあ?」
あ、やばい。本気で怒りそうだ。
「赤ちゃんもさ、小さいとき、何もないところ見てることあるだろ?」
「ん?そう言えばあるねえ」
「昨日、猫の話が出たから調べてみたんだ。そしたら赤ちゃんもしばらくは、普通は見えない光の変化を見ることが出来るんだって」
「へーえ」
「もしかしたら「見える」のかもしれないけど、赤ちゃんだから聞けないんだよね」
「ひょっとしたら、赤ちゃんの時に「見えた」ものが、成長しても「見える」のが私みたいな人なのかもね」
「おお、そういう可能性もあるか」
つゆりは自分の仮説に俺が感心したのが嬉しいようで、機嫌が直った。
「あー、将来赤ちゃん欲しいなあ」
そう言ってつゆりが手を繋いできた。俺は同意の気持ちを込めて、その手を握り返した。
赤ちゃんも見ていた。