【余話】 こっくりさん狂騒曲
作中の所見には、諸説あります。登場人物独自の所見とご理解ください。
二人の高校時代のお話です。
「なー、上梨」
「ん?」
「お前、酒々井と付き合ってんの?」
「何、急に?」
俺とつゆりは付き合っているが、一応公にはしていない。あくまで学校ではクラスメイトとして接している。
動揺を表情に出さないようにポーカーフェイスを貫くが、出来ているだろうか。
「なんか公園で仲良くベンチに座ってるの見たやつがいるんだよ」
「ふーん」
しまった。何かこういう時の言い訳を考えておけばよかった。あるいは、こういうのをきっかけに公にすることも話し合っておけばよかった。
「あれは、酒々井の自転車のチェーンが外れてたのを直してやったんだよ」
「ふーん、本当かー?」
「うるさいな。ほら、先生来たぞ。席にもどれよ」
クラスメイトを追い払って、ちらっとつゆりを見ると、心配そうな顔をしていた。勘がいいなあ。
◇
「他の場所にする?」
「えー、私結構ここ気に入ってるんだけどなあ」
俺もだ。俺達が帰る時間帯だとだいたい誰もいない。こっそりキスをするにも最適の公園なのだ。
「やっぱり公にするか、じゃあ」
「ま、別に隠すことでもないもんね」
「ただ、俺はバッシング受けるだろうなあ」
「え?なんで?」
本人は全く自覚無しか。
「つゆりはね。実は男子に人気あるんだよ」
「うえ?ほんとに?」
何だよ、「うえ」って。男女の隔てなく接するつゆりのファンは実は多いのだ。髪を短くしているので快活なイメージが先行するのだが、グループを作る時なんか、自分は引っ張りだこのくせに必ず誰か余っている人はいないかを探して声を掛けている。
そういう優しいところを分かってる男子も結構いて、ふざけて作った恋人にするならランキングで第3位に入っていたのだ。
もちろん第1位は、美少女と名高い樫野さんだ。
「人気あるんだよ」
なんだかつゆりの顔をまっすぐ見られない。
「あー、ひょっとして焼きもちー?」
「だったら何だよ」
「うふふー、嬉しいかも」
「は?」
ちゅっと頬にキスされた。
「大丈夫ですよー。酒々井つゆりは上梨にぞっこんですからねー」
こいつ、臆面もなくそんなことを。
「あれー?上梨君はー?」
上目遣いに覗き込むつゆりがすごく可愛い。
「俺もぞっこんだよ。分かってるだろ」
「んふー。偉いぞ、上梨君。よくぞ言いました」
敵わないなあ。この笑顔を見ると文句も言えない。
◇
「ねえ、上梨」
「ん?」
「こっくりさんの話、聞いた?」
「ああ、放課後やってなんかあったとかなかったとか」
いつもの公園で、つゆりに缶ジュースを渡して答えた。俺はコーヒーだ。
「何その曖昧としか言いようのない情報は」
「だって、興味ねえもん」
つゆりがやれやれという仕草をする。
「あんなのインチキだろ?」
「のんのん。きちんとやればそういうお告げみたいなのは分かるんだって」
「へえ。意外だな」
「でも、遊びでやってるようなのは最悪」
「なんで?」
「本当のこっくりさんは「狐」、「狗」、「狸」の文字を当てて、「狐狗狸」と書くんだけどね」
意外と詳しいのか。おばあさんからの受け売りだろうな。
「狐と狸は人を化かすと言われてるよな。犬は狛犬とか?」
「そうそう、そんな感じ。そういうものの力を借りて占いをするのが起源なんだって」
「今はなんか狐だけになってない?」
「うん、やり方も全然違ってて、本当は米と塩と水をお供えして、お盆を3本の木で支えて3人で占うんだって」
「硬貨使わないのか?」
遊びのこっくりさんで誰もお供えしてないよな。
「うん、あの50音の紙も使わないんだって。もう正式に出来る人は日本に少ししかいないんじゃないかって言ってた」
「おばあさんが?」
「あ、しまった。そ。おばあちゃんの受け売りでしたー」
まあ、受け売りでも知識は知識だ。
「でも遊びのこっくりさんでも、硬貨が動くことあるじゃん」
「あれは誰かが動かしてるんだよ」
「そうなの?勝手に動くことは無い?」
「うーんとね。参加者の潜在意識が動かす場合と、えーっと何だっけな。筋肉が疲れちゃうの。硬貨に指を添え続けると」
「なんだそりゃ」
「で、筋肉が勝手に硬貨をちょびっと動かすと、そこでまた無意識に力が入るんだって」
「へえ。でもそれだと文字を追って動かないだろ」
文字を順に追って言葉を作る理由にならないんじゃないか?
「そこでさっきの潜在意識が効果を及ぼすらしいよ」
「なるほど。なんか納得だな。途中で指を離すと呪われるとか言うのは?」
「自己暗示だって」
「やっちまった、という気持ちが不安を増大させたり、失敗を大げさに捉えたりするわけか」
「そうそう。上梨君、賢いねー」
つゆりの空になった缶を受け取り、ゴミ箱に入れる。
「でもねー。よくないのが寄ってくることあるんだよね」
「マジか」
「だから放課後やったって聞いて、ちょっと心配してるんだよね」
「そうか、参加者誰だっけな。ちゃんと聞いとけばよかったな」
「いいよ、明日「見える」だろうし」
「それもそうか」
何も「見えない」といいけどな。
◇
翌朝、俺は先に教室にいた。すでに昨日の放課後にこっくりさんに参加したメンバーも聞いて、何が起きたかも聞いていた。
つゆりが教室に入ってくる。きょろきょろと見回すが、何も「見えない」ようだ。
俺は席を立って、つゆりの席に行った。
「おはよ、上梨君」
「おはよう、酒々井さん」
俺は声のトーンを落とした。
「参加したのは男子5人。もう登校してるけど、何も「見えない」だろ」
つゆりが改めて教室を見回して頷く。
「で、占ってたのが、人気ナンバーワンの樫野が誰を好きか、だと」
「何それ、馬鹿みたい」
「全くだ。で、その場にまだ樫野さんがいて、そんなの止めてって動いてた硬貨を払い落としたんだって」
「うん」
「そしたら男子5人が、樫野が呪われるみたいなことを言ったんだって」
「訂正、最低だ」
まあな。俺もそう思う。
「そしたら樫野が急に青ざめて気分が悪いって言って帰ったんだって」
「自己暗示じゃないの?」
「ま、それも樫野が登校すれば分かるけど」
肝心の樫野はいつになく登校が遅く、ぎりぎりに教室に入って来た。顔色がとても悪い。
「あちゃあ」
つゆりが呟いた。どうやら「見える」ようだ。
「何?」
「おじいさんが付いてきてる」
「やばい?」
「うん、あまりよくないなあ」
「じゃ、祓うか」
「うん」
俺とつゆりは教室の前に立った。
「せーのっ」
ぱんんっ ぱんんっ
教室のみんなが何事かと俺達を見る。
「はい、注目」
俺はちらっとつゆりを見る。頷いたと言うことは無事に祓えたようだ。
「俺と酒々井は付き合うことにしました」
女子からは歓声が、男子からはブーイングが教室に響いた。
「はい、男子うるさい。手、出すなよ」
さらにブーイングが大きくなった。
俺はつゆりと顔を見合わせて笑った。
それを見た女子がきゃーっと男子のブーイングをかき消す歓声を上げた。
ま、うまいことやったろ。もうこっくりさんとかすんなよ。
こっくりさん、止めましょうね。