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【余話】 果物は平積みで

【余話】は気楽に書けてます。




「余計な物に触るなよ」

「分かってるよ。あ、コーヒーは砂糖ミルクで」


 俺は思わず嘆息した。


 部のOB会へ向けての会報を作成したのだが、日程が急に変更になり修正が必要になった。しかもすぐに印刷して発送しなければならないと言うので、俺が急ぎ修正してプリントアウト。それをこいつが持って行くことになった。


「うちはどっちも砂糖入れないんで、コーヒーシュガーとかしゃれたもんがないからな。普通の砂糖ぶち込んだから」


 俺はコーヒーを渡し、PCを起動した。修正そのものは楽なものだ。すぐに終わるだろう。


「ここが二人の愛の巣かあ」

「そんな言い方すんな」


 すぐに修正を終えてプリントアウトする。振り返ると彼は机の上に平積みしてあったりんごを積み直していた。


「あ、それ、そのままで」

「え?なんで?積んだ方が場所取らないじゃん」

「いいの」

「変な奴だなあ」


 ほら、修正終わったんだから、コーヒー飲んでさっさと大学に戻れよ。


 俺は平積みしたりんごを見ながらコーヒーを飲んだ。あの日のことを思い出しながら。







「梨、食べる?」

「ああ、食べたいな」


 俺とつゆりは待ち合わせをしての帰り道。スーパーマーケットに寄って食材を買い出ししていた。


 田舎から送ってもらった梨が無くなって数日。梨の旬が去る前にさらに食べておきたいところだ。


「あ、いる。珍しいな、こんなところに」

「へえ、どんな?」

「子供。男の子」


 つゆりの視線の先は果物が陳列されているところだ。店員さんが商品を補充している。梨を上手に積んで並べようとしているが、ころころと転がってしまってうまくいっていない。


「ひょっとしてあれ」

「うん、男の子がちょんってつついてる」

「珍しいな、そういう物にいたずらするのって」

「そうねー」


 そう言いつつつゆりの顔は笑顔だ。恐らく男の子の仕草とか表情が可愛いのだろう。俺には「見えない」が。


「ねえ、上梨。代わりに積んであげたら?」

「俺?俺が積めばいいの?」

「うん、上梨半端ないから」

「あ、そう」


 俺は店員さんの横に並んで転がり落ちた梨をキャッチして、一番上にそっと置いた。梨は転がらなかった。


「あ、どうも」


 店員のおばさんがお礼を言って戻っていった。


「ね」

「なるほど」


 つゆりが笑顔で俺が置いた梨とさらにいくつかを取ってかごに入れた。


「ちなみに、男の子はどこへ?」

「さあ?どこだろう。ぴゃーって逃げちゃった。上梨が置いたら」

「逃げるパターンもあるのか」

「うん、滅多にないけど。上梨みたいに強い人がいると逃げ出すのもいる」


 結局、男の子は店内にいなかったようで、俺とつゆりは買い物を終えて外へ出た。

 つゆりが突然立ち止まる。何か、買い忘れか?


「どした?」

「さっきの子」

「男の子?まだいたのか」

「うん、お店の入り口に立って、誰か待ってる」

「待ってる?」

「そんな風に見える」


 つゆりの表情から何となく男の子の様子が想像できる。


「寂しそう?」

「うん、とっても」

「そうかあ。祓ってあげた方がいいかな?」

「それは、まあ、そうなんだけど」


 歯切れが悪いな。


「あ」


 つゆりが声を上げて、自転車置き場を見た。そこには女の子を後ろに乗せた母親がいた。


「ひょっとしてお母さん?」

「うん、そうみたい。嬉しそうな顔してる」


 つゆりによればその後母親と一緒に店内に男の子は入って行ったらしい。いたずらはしていたけれど、悪いことはしないように見えるとのつゆりの言葉を信じて、祓わないことにした。




「あの男の子は前のブランコの子みたいに、場所が限定されているわけか?」

「うん、そうだね。場所が限定されると、そこから動けなくなるものもいるんだ」


 買い出しした食材を冷蔵庫にしまいながら話した。


「それってさ、地縛霊ってやつ?禍家まがいえなんかも」

「禍家は、呪いだから違うかな」

「地縛霊は?」

「うん、それはまあそうなんだけど」


 んーっとつゆりがいい例を思い出そうとしているようだ。俺が先にひらめいた。


「あ、前におばあさんから聞いた、運送会社の駐車場の」

「あー、それそれ。普段は場所が限定されていても、何かの拍子に移動することってあるんだよ」

「北海道まで行ってたんだっけ?」

「そうそう」


 つゆりが梨を居間のテーブルに器用に積んで戻ってくる。冷蔵が必要ない果物はいつもテーブルに置いて、食べごろを見極めるのが俺とつゆりの定番だ。


「で、今日の晩御飯は何―?」

「買い出し直後だから、食材も選び放題。何か食べたいのある?」

「お魚」

「了解」


 つゆりが嬉しそうに笑ってトイレへと向かった。俺はお米をジャーに入れてスイッチを入れた。


 その時ちらっと居間が見えた。


 つゆりが器用に積んだ梨が、ころっと転がって落ちた。


「おい、つゆりー」


 しばらくしてつゆりがトイレから出てきた。


「何よー。トイレに入ってるときに呼ばないでよ。ん?上梨、なんで梨持ってんの?」

「ああ、転がった」

「転がった?積み方が下手だった?」

「いや、たぶん、あの男の子」

「ええー」


 つゆりが見回すが何も見えないらしい。


「上梨が転がすの止めさせたから、いたずらしに来たのかなあ」

「スーパーマーケットから出張して来たのか」


 思わずつゆりと顔を見合わせて笑った。


 その日以来、俺とつゆりは果物を積まないように心がけている。





果物つついちゃダメだぞ。

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